17話 王都
よろしくお願いいたします。
《黒の迷宮》の奥深くに、冒険者の格好をした3人の人物がいた。
「な、なんだ、この扉は……」
3人の目の前には、奇妙な模様が刻まれた扉があった。
いや、それは模様などではない。
まるで怒りや憎しみが渦巻き、無理やりねじ曲げられたかのような、異様な痕跡だった。
「どうやったら、こんな形になるんだ……」
扉を見ているだけで、背筋が凍るような感覚に襲われる。
「封印が解かれた……。黒の魔女の仕業に違いない!」
男の一人が険しい表情で言い放った。
「お前は恩師に報告しろ!」
「はっ!」
「お前は私と一緒に来い。ノクタリアの町で聞き込みをする!」
「承知しました!」
指示を受けた2人は、すぐさま行動を開始した。
やがて3人の姿は、迷宮の闇へと消えていった。
一方、その頃。
《夢見る羊》の一行は、長い旅路を経て、王都リューネールに到着していた。
ゴブリンの群れ30匹を撃退した後も、小規模な群れと2度遭遇したが、いずれも撃退していた。
ロマーノに余計な興味を持たれないよう、討伐は《夢見る羊》だけで行ったのだった。
護衛任務を終えた一行は、ロマーノから報酬を受け取った。
基本報酬の金貨10枚に成功報酬の2枚。さらに、今後の付き合いも考えてほしいということで、追加の2枚まで渡された。
なかなか商魂たくましい男である。
それでも、最後までココを専属の護衛にしたいというロマーノの懇願だけは、きっぱりと断った。
こうして一行は、冒険者ギルドへ依頼完了の報告に向かっていた。
王都の大通りには、大小さまざまな建物が立ち並んでいた。
道幅も広く、馬車が何台も行き交っている。その脇では、荷車を引く商人や買い物袋を抱えた人々が、忙しそうに行き交っていた。
通りの両側には、武器屋や衣料品店、食料品店などが軒を連ねている。店先では店員が客を呼び込み、あちこちから威勢のいい声が聞こえてきた。
「やっぱり、王都だな……。すげーな!」
トーニは田舎者丸出しで、キョロキョロと辺りを見回している。
「あっちの武器屋、かなり品揃えがいいぞ! 後で見に行ってみたいな!」
店先に並ぶ剣や盾を見つけると、トーニはすっかり夢中になっていた。
「私が魔法学園に通っていた頃と、あまり変わらないですね……」
ペソットは懐かしそうに街並みを眺めていた。
「……あそこの出店、美味しそう……」
アーシャは、すでに食べ物に目を奪われている。
屋台からは焼きたての肉の香ばしい匂いが漂い、店先には色とりどりの果物や焼き菓子が並んでいた。
「いらっしゃい! 焼きたてだよ!」
店主の威勢のいい声に、アーシャは思わず足を止めた。
「あの服、カワイイわね。あっちの人の服もいいわね……」
ジーナは、通りを歩く人々の服装に夢中だった。
衣料品店の店先には、色鮮やかな布や装飾品が並んでいる。ジーナは通りすがりの女性の服にまで目を向け、あれこれと品定めをしていた。
それぞれが思い思いに王都の景色を楽しんでいる。
「凄い建物が多いですね……」
ココも、立ち並ぶ大きな建物を見上げて感心していた。
『ルーンヴェルの王都の方が、10倍は凄かったわ』
マティルダが、あっさりと言い放つ。
「そんなに凄かったのですか?」
『そうね。例えば夜になると、魔晶石の灯りが街中にともっていたわ。1年中、夜でも明るかったのよ。それに、魔道具を使って水を浄化する施設もあったわ』
「へえ……」
ココは感心したように頷いた。
『まあ、王都を離れれば、今とそれほど変わらなかったけれどね』
「そうなんですね」
『ただ、王都では外であんな美味しそうな食べ物は売っていなかったわ。そこは今の方が上ね』
「はは……。魔女様は食いしん坊なんですね」
『くっ、食いしん坊じゃないわ! そう、私は美食家なのよ!』
マティルダは、慌てて言い直した。
『この精神体で一番辛いのは、そこなのよね……』
「だったら、早く体を取り戻しましょう。そうしたら、みんなで美味しいものをたくさん食べましょう!」
『大勢で食べる必要はないわ。私一人で楽しむから』
「えー! 絶対にみんなで食べた方が美味しいのに……」
『……考えておくわ』
なんだかんだ言いながらも、2人はこんな他愛のない話をするほどの仲になっていた。
「魔女様、ギルドへの報告が終わったら、まだ日も高いので、ペソットに案内してもらって魔法学園に行きましょう」
「それでいいわ」
「確か、あれが冒険者ギルドですね」
ロマーノから聞いていた場所に、冒険者ギルドはあった。
一行は中に入り、依頼完了の手続きを済ませた。
ギルドを出ようとしたとき、ココの目に依頼掲示板に貼られた1枚の依頼書が留まった。
その瞬間、ココの表情がわずかに変わる。
依頼書を見つめたまま、しばらく動こうとしなかった。
「おーい! ココ、行くぞ!」
トーニの声に、ココはハッと我に返った。
「……ああ、悪い」
ココは何事もなかったかのように、みんなの後を追った。
『……』
マティルダは、そんなココの様子を黙って見ていた。
「じゃあ、俺とアーシャ、ジーナは王都の見学と宿の確保に行ってくる!」
トーニは、すっかり観光気分だった。
「ロマーノさんが奮発してくれたけど、使いすぎるなよ」
「大丈夫だって! 夕刻の鐘が鳴ったら、ここに集合な!」
そう言い残すと、トーニたちは足早にギルドを出ていった。
「アーシャとジーナも一緒ですから、大丈夫でしょう。私たちも魔法学園へ向かいましょう」
ペソットがそう言って歩き出す。
「よろしく頼む」
ココとマティルダは、ペソットの後に続いた。
半刻ほど歩くと、3人は魔法学園に到着した。
「着きました。ここが魔法学園です」
ペソットは、どこか誇らしげに学園を紹介した。
「……デカいな……」
ココは思わず声を漏らした。
『……小さいわね……』
「え?」
ココとペソットが、同時にマティルダの方を振り向いた。
『私の時代の魔法学院は、これの10倍は大きかったわ』
「また10倍ですか……」
ココは、思わず苦笑した。
「? ……まあ、私は学園長に挨拶してきます。書庫は、あそこを右に曲がったところにありますから」
ペソットはそう告げると、学園の中へ真っすぐ歩いていった。
「では、私たちも向かいましょう」
『ええ』
ココとマティルダは、ペソットに教えられた道を進んだ。
角を右に曲がると、すぐに書庫が見えてきた。
入口には重装備の警備兵が2人立っており、受付では魔法使いらしき人物が入館手続きを行っていた。
「入館料は銀貨3枚になります」
「銀貨3枚……。入るだけで、そんなにするんですね……」
ココは小さな声で呟いた。
この世界では、本は高価なものだった。
特に貴重な書物は国家によって保管され、厳重に管理されている。
上級魔法や中級魔法の魔法書は、学園に認められた者しか閲覧できない。
さらに、古代魔法に関する書物となると、結界で守られた特別な部屋に保管されており、国王でさえ閲覧することはできなかった。
現在、ココが閲覧できるのは、初級魔法の書物や雑学書、歴史書などに限られている。
『まずは歴史書ね』
マティルダが、迷うことなく言った。
『その前に、魔女様。一つ質問してもいいですか?』
『何よ?』
『ここにある本を、全部読むつもりですか?』
『そのつもりよ。それが何か問題でも?』
マティルダは、不思議そうに首を傾げた。
『大した量じゃないし、余裕でしょ。知識は武器よ。知れば知るほど、物事を有利に進められるの。何をするにしても、知識があるに越したことはないわ』
マティルダは、知識の重要性を熱心に説き始めた。
その間、ココは自分の腕をじっと眺めていた。
ノクタリアの冒険者ギルドにあった書庫とは、比べものにならないほどの蔵書量だ。
(あの速度でページをめくるのか……。俺の腕、もつかな……)
ココは、自分の腕を励ますように心の中で呟いた。
(頑張れ、俺の腕……)
ありがとうございました。




