16話 昔と今の魔法事情
よろしくお願いいたします。
ゴブリンの襲撃があった夜。
《夢見る羊》が護衛するロマーノ商隊は、街道から少し離れた場所で野営をしていた。
夕食はロマーノの従者が作ってくれた。
日持ちする商材だけで作った料理にしては、なかなか美味い。
「いやぁ、それにしても昼間のココさんは凄かった!」
食事をしながら、ロマーノは昼間の戦いを何度も話題にしていた。
そして、ついには――
「いっそのこと、私たちの専属護衛になっていただけませんか?」
などと言い出す始末だった。
そんな中。
「……」
一人だけ、食欲もなく肩を落としている男がいた。
ペソットである。
食事も終わり、皆が寝る時間になる。
ロマーノ商隊の人間は見張りをしない。
《夢見る羊》のメンバーが変則的に2人ずつ交代しながら、夜の見張りを担当することになっている。
しかし――
ペソットは、なかなか眠れなかった。
昼間に見た、マティルダの戦い。
あまりにも圧倒的だった。
そして、それ以上にショックだったのは、自分との差をはっきりと思い知らされたことだった。
(予想以上でしたね……)
(今までの私の、魔法使いとしての常識はなんだったのでしょう……?)
ペソットが魔法使いとして目標にしてきた人物。
それは、魔法学園の学園長であり、自分の師匠でもあるランパンティニだった。
だが――
今日、目の前で見たマティルダの魔法は、そのランパンティニですら真似することのできないものだった。
(私の使っているものは……本当に魔法なのでしょうか?)
(今まで学んできたことは、なんだったのでしょう……?)
(知見を広げたいなどと付いてきて……私は、なんと思い上がったことを……)
ペソットは何度も寝返りを打った。
眠れない。
考えれば考えるほど眠れない。
そんな時だった。
「ペソット、起きろ。交代の時間だ」
トーニが声をかけてきた。
「ああ……はい」
「眠れなかったのか? まだ寝るか?」
「トーニ、ありがとうございます。ですが、どうせ眠れませんから、交代しましょう」
「……魔女様のアレか?」
「……ええ。正直、自信がなくなりましたよ……」
「ああ……。剣士の俺でも凄さが分かったぐらいだからな。魔法使いのお前はキツイよな」
「……」
「……あっ! すまん!」
「いえ。正直に言ってくれた方がありがたいです」
「そっか」
トーニは少し考える。
「ダメそうなら俺が変わるから、遠慮なく起こせよ」
「トーニ……ありがとうございます。お休みなさい」
「ああ、おやすみ」
トーニはその場を離れていく。
(トーニは本当に優しいですね……)
ペソットは、少しだけ心が軽くなった気がした。
そして、見張り相手はココだった。
「ココ、トーニと交代しました」
「了解……。飯の時、元気なかったが大丈夫か?」
「大丈夫です……。反対側を見張りますね」
ペソットは焚き火に薪を追加し、反対側の見張りについた。
しばらく、静かな時間が流れる。
だが――
ペソットの頭から、昼間の光景が離れることはなかった。
あの魔法。
あの威力。
あの規模。
何度思い返しても、ため息が出る。
そんな時だった。
「ペソット、今いいか?」
ココが声をかけてきた。
「はい。なんでしょう?」
「魔女様がお前と話をしたいらしい……」
「え?」
ペソットは思わずココを見る。
「基本、魔女様は恥ずかしがり屋だからな。俺に聞いてくれって」
「ちょっと! そこは言わなくていいの!」
マティルダの声が響いた。
皆が寝静まっているため、マティルダは姿を現していた。
「ちょっと色々聞きたいことがあるのよ」
「私がお役に立てるでしょうか……?」
ペソットは困ったような顔をする。
「じゃあ、俺はあっちで見張りをしているな」
ココが元の場所へ戻ろうとした、その時――
「ちょ、ちょっと!」
マティルダの声が慌てたものになる。
命脈の鎖によって、ココが離れようとすると、マティルダまで引っ張られてしまうのだ。
「貴方、いい加減、距離のことを考えなさい!」
「あ、すいません……」
ココは慌てて戻る。
そしてペソットを見る。
「ペソット、魔女様の近くに寄ってくれ! 近すぎるのはダメだが!」
「余計なことを言わないで!」
「持ち場を離れて大丈夫でしょうか?」
ペソットはマティルダの近くまで歩いていく。
「……大丈夫。私もいるから!」
マティルダが胸を張る。
「で、聞きたいこととは?」
「町で食事をしながら、貴方が話していた付与魔法のことを詳しく聞きたくて」
「はい?」
「はい? じゃないわ!」
マティルダは少しムッとする。
「現代魔法のことは分からないの。色々聞きたいことがたくさんあるのよ」
そして、ココを見る。
「あの男じゃ話にならないし……」
「ココは剣士ですから……」
「そうなのよ! 魔法の話が全然できないのよ!」
マティルダはため息をついた。
だが、次の瞬間。
その表情が、ぱっと明るくなる。
「私、魔法研究が趣味みたいなものだから。現代魔法にも興味があるのよ!」
「……分かりました。ご説明させていただきます」
ペソットは苦笑いした。
こうして、夜中の魔法講義が始まった。
「なるほどね……」
マティルダは、ペソットの説明を聞きながら頷いている。
「魔法は衰退した代わりに、剣や槍による肉体の時代になった。それに伴う形で、付与魔法なるものが発明されたわけね」
「はい」
「私の時代には、剣とかで戦う必要がなかったから……」
マティルダは少し考える。
「時代とともに、魔法も変わるのね」
「うん! 面白い!」
その顔には、昼間にゴブリンを焼き払った恐ろしい魔女の姿など、どこにもなかった。
そこにいたのは――
ただ魔法を愛する、一人の少女だった。
「……」
ペソットは、そんなマティルダをじっと見つめていた。
すると――
「……魔法使いさん」
「はい?」
「その付与魔法を、私に教えてくれないかしら?」
「!」
ペソットの目が大きく見開かれる。
「わ、私が……黒の魔女様にですか?」
「そうよ?」
マティルダは首を傾げる。
「知ってるのは貴方だけよ? おかしい?」
「い、いえ……」
ペソットは戸惑う。
「黒の魔女に魔法を教えるなんて……」
「私は勝手に黒の魔女にされただけよ」
マティルダは少し不満そうに言った。
「静寂の魔女と呼ばれていたのに……」
「質問ですが、なぜ静寂の魔女だったのですか?」
「……」
マティルダが固まる。
(言えない……)
(人と話すのが苦手で、黙っていたから静寂の魔女だったなんて……)
そんな理由を言えるはずがない。
「まあ、それはそれよ!」
マティルダは強引に話を戻す。
「で、教えるの? 教えてくれないの?」
「……教えますが……魔女様!」
ペソットは少し考える。
そして――
「貴方の魔法を、私にも教えていただけますでしょうか?」
「いいわよ」
「え?」
マティルダは、あまりにもあっさり答えた。
「いいわよ」
「え? 本当にいいんですか?」
「てか、魔法の基本は貴方と同じよ」
「え?」
ペソットは再び驚く。
「私は一度に、あんなに大量の氷などを出すことはできませんが?」
「んー……イメージね!」
マティルダは指を立てる。
「そう、貴方。詠唱一回で一個とか思っていない?」
「はい。そう教わってきましたから……」
「それよ」
マティルダは楽しそうに笑った。
「別に、貴方の魔力量によっては、2個、3個出してもいいのよ」
「……創造できません……」
「私は色々な属性魔法をつまんだから、あんなものだけど……」
マティルダは少し遠い目をする。
「属性に特化して研究した人は、火球を10個出していた人もいたわね」
「……そ、そんなに……」
ペソットの目が輝いた。
「まあ、その固定観念を一度壊す必要があるわね!」
「固定観念を壊す・・・」
ペソットの悩みが、一瞬で吹き飛んだ。
「ちゃんと、私にも現代魔法を教えるのを忘れないように!」
「もちろんです!」
その後も――
2人の魔法談義は、いつまでも続いた。
ペソットが後に《古代魔法中興の祖》と呼ばれるようになるのは、もう少し後になってからのことである。
そして――
楽しそうに魔法の話をする2人の姿を、
「…………」
なんとも言えない顔で見ているココがいた。
ありがとうございました。




