14話 兄妹
よろしくお願いいたします。
「に、兄さん……! その旅に、私も同行させていただけませんか!?」
アーシャの凛とした声が、酒場の喧騒を切り裂いた。
その場にいた全員の動きがピタリと止まる。
最初に口を開いたのは、血相を変えたココだった。
「な、何を言い出すんだアーシャ! 行ったこともない遠い異国への旅になるんだぞ! どんな危険が待ち受けているか想像もつかない旅に、お前を連れて行けるわけがない! 俺は絶対に認めない!」
「私も冒険者です! 危険なんて最初から覚悟しています!」
「ダメだ! 今までの迷宮探索とは危険の桁が違う!」
普段は穏やかな兄妹が、真っ向から言い争っている。
マティルダは姿を消したまま、2人のやり取りを黙って見守っていた。
「……もう、家族は兄さんしかいないんです。兄さんまでいなくなってしまったら、私……」
アーシャはぎゅっと拳を握りしめ、溢れそうになる涙を必死に堪えていた。
ココとアーシャの両親は、共に冒険者だった。
母親はココを身ごもったことを機に引退したが、父親は現役を続けていた。だが、父親はグリフォン討伐の遠征に赴いたきり、帰らぬ人となった。ココが10歳、アーシャが6歳の時のことだ。
それから母親は女手一つで仕事を掛け持ちし、幼い二人を育て上げた。
ココは亡き父の背中を追い、大工の手伝いで生活費を稼ぎながら剣の稽古に励み、やがて冒険者となった。一方のアーシャは、近所にある《光の神アナ》を信仰する神殿の門を叩き、神官としての道を歩み始めた。
しかし、その母親も三年前、流行り病によって息を引き取った。
アーシャが神殿を出て、修行という名目で兄のパーティに身を寄せたのは、たった一人の肉親である兄を支えたい一心からだった。
「……すまん。だが、それでも……」
「魔女様にお伺いします!」
ココの言葉を遮り、アーシャは虚空に向かって毅然と呼びかけた。
「……何かしら?」
マティルダの声が、冷ややかに響く。
「私も、旅に同行させていただけないでしょうか?」
「ア、アーシャ!」
「兄さんは黙っていて! 私は魔女様に聞いているんです!」
普段のアーシャからは想像もつかない鋭い一喝に、ココは気圧されて口を噤んだ。
「……正直、迷惑ね」
マティルダは突き放すように答える。だが、アーシャは一歩も引かなかった。
「魔女様。もし兄さんが大きな怪我を負った場合、治すことはできますか?」
「初期の治療魔法くらいなら、使えなくもないけれど……」
「その傷が、内臓まで達していた場合は?」
「……今の私には無理ね」
「旅の途中で、重い病気にかかったら治せますか?」
「……無理だわ」
「私なら治せます!」
迷いのないアーシャの言葉に、マティルダは一瞬息を詰まらせた。
「怪我を負わせるような戦いはさせないわ。病気にならないよう、無理な行程も組まないつもりよ」
「それは『絶対』と言い切れますか?」
「……絶対とは言えないわね」
「ならば、私の力が必要になるはずです。魔女様、いかがでしょうか?」
「ア、アーシャ……」
気迫に満ちたアーシャの問いかけに、しばしの重い沈黙が流れた。
やがて、マティルダが静かにため息を吐き出す。
「……いいわ。同行を認めましょう」
「魔女様!?」
慌てるココを制し、マティルダは淡々と続けた。
「彼女の言い分には筋が通っているわ。貴方に万が一のことがあったら、私にはどうすることもできない……そうなれば、私も消滅してしまうもの。困るのは私なのよ。ただそれだけ」
「魔女様、ありがとうございます!」
アーシャが満面の笑みを咲かせた。
(……この笑顔、やっぱり兄妹ね。よく似てるわ……)
姿の見えないマティルダは、内心で小さく呟いた。
「ただし、条件があるわ。私は貴方を守らない。私が最優先で守るのは、この男だけだから!」
マティルダは宙に指先だけを実体化させ、アーシャ、そしてココへと順番に指を向けた。
「は、はい! 承知しました!」
アーシャが元気よく頷く横で、ココはなんとも言えない複雑な表情を浮かべていた。
「——じゃあ、俺も同行する!」
突然、トーニがテーブルを叩いて立ち上がった。
「はあ!?」
「アーシャは俺が守る!」
堂々と言い放つトーニに、アーシャは目を丸くして顔を真っ赤にした。
「……守るって、お前……《夢見る羊》はどうするんだよ!」
「だってよ、アーシャまで抜けるとなったら、どのみちパーティの存続なんて無理だろ!」
「だからって、命の保証もない危険な旅になるって言っただろ!」
「俺だって、お前らと同じ冒険者だ!」
トーニは不敵な笑みを浮かべ、胸を張った。
「昔から、俺とお前の2人でアーシャを守ってきたじゃねえか!」
「ぐっ……!」
痛いところを突かれ、ココは言葉に詰まる。
「ペソット、お前から何か言ってくれ!」
「ハハ……冒険者の誇りを出されてしまっては、何も言えませんね」
ペソットは困ったように苦笑し、それから改まった顔で咳払いをした。
「それと……私も同行してよろしいでしょうか?」
「お、お前まで!?」
「私も魔法使いの端くれです。伝説と謳われる大魔女様の魔法を間近で拝見し、知見を広めたいと思いまして」
「おいおい、ペソットまでノリ気じゃねえか! ジーナはどうするんだ?」
トーニが楽しそうに水を向けると、ジーナは肩をすくめて息を吐いた。
「そうねぇ……私はなるべく危険な橋は渡りたくないのよね。私なんかがついていく意味もなさそうだし……」
「そ、そうだよな! ジーナ、お前が一番まともだ! 皆を止めてくれ!」
ココが縋るような目を向けたが、ジーナはそれをあっさりと受け流し、空中に視線を向けた。
「それより魔女様、ひとつ質問してもいいかしら?」
「な、何よ……?」
「魔女様の研究施設って、500年前の貴重な宝物とか残ってたりするの?」
「……あるわよ。蛮族との戦いで得た戦利品とか、戦功で賜った恩賞とかね。私自身はそういう装飾品に興味がなくて、研究資金に換えていたけれど、それでもまだ相当な数が残っていたはずだわ」
「500年経った今でも、残っていると思う?」
「肉体の無事は感じ取れているし、襲撃者に研究施設の入り口は厳重に封印されていると思うわ、そのまま残っている可能性は極めて高いわね」
「……なら決まり。私もついていくわ」
「ジーナ!?」
「それにね、他にも旅の途中で見られそうな『面白い見せ物』がたくさんありそうだし」
ジーナはココとトーニをいたずらっぽく交互に見やり、ニヤリと意味深に笑った。
「ジ、ジーナまで……嘘だろ……」
ココは両手で頭を抱え、深いため息をついた。
「なあ魔女様、アーシャの身は俺が命がけで守る。他の連中も自分の身は自分で守るってことで、同行の許可、いいっすか?」
「……か、勝手にしなさい!」
マティルダがヤケクソ気味に吐き捨てた。
「魔女様まで……」
ココが思い描いていた「愛するマティルダとの2人きりの甘い旅路」という計画は、こうして完全に崩壊したのだった。
ありがとうございました。




