13話 満腹の蛙亭
よろしくお願いいたします。
《満腹の蛙亭》――手頃な値段で美味い料理が腹いっぱい食べられるとあって、この酒場兼宿屋はノクタリアの町の冒険者たちに大人気の店だった。
今夜も店内はほぼ満席で、あちこちから陽気な笑い声やジョッキをぶつけ合う音が響いている。
テーブルに湯気を立てる料理と冷えた飲み物が運ばれてくると、ココは居住まいを正し、真剣な面持ちで口を開いた。
「皆、食事をしながらでいいから聞いてくれ。俺たちは2日後にこの町を出て、まずは王都リュネールに向かおうと思う」
「目的地は、北のグランヴァルト帝国の首都――そのさらに北にある、魔女様の研究施設だ」
ココの言葉に、テーブルを囲む仲間たちがそれぞれ息を呑んだ。
「まじかよ……遠いなんてもんじゃねえぞ」
トーニが唸る。
「帝国、ですか……」
ペソットが眉をひそめた。
「ちょっとスケールが大きすぎて、想像もつかないわね」
ジーナも肩をすくめる。
各自が思い思いに感想を口にする中、アーシャだけは手元の果汁水に口をつけ、ちびちびと喉を潤しながら黙り込んでいた。
これまで《夢見る羊》はノクタリアの町を拠点に活動してきた。遠出と言っても、近隣の町を行き来する商隊の護衛が精いっぱいだったのだ。大陸を北上するなど、前代未聞の旅路である。
「途中の町で路銀を稼ぎながらの旅になると思う。だから……2年後に無事戻ってこれるかどうかも分からない」
ココはすまなそうに視線を落とした。
「その時は、俺に構わずパーティーの今後を決めてくれ」
「だけどよ、本当に2人だけで大丈夫なのか?」
心配そうに尋ねるトーニに、ココは力強く頷いてみせた。
「ああ、大丈夫だと思う。魔女様の戦い方は、俺たちのそれとは完全に次元が違うんだ。封印されていた場所から皆と合流するまでの道中で、身をもって体験したからな……」
すると、ココのすぐ隣の空間から、誇らしげな声が割り込んできた。
「あんな雑魚相手なら当然よ! 全然歯ごたえがなかったわ!」
姿を消しているマティルダの声だった。喧騒に満ちた酒場の中では、周りの客に紛れて声が混ざったところで、誰にも気づかれない。
「……そんなに凄いのか?」
目を丸くするトーニに、ココは熱っぽく語りかける。
「ああ……魔法使いが前衛に立つんだぞ! 想像できるか? ペソットやこの町の魔法使いには悪いが、詠唱速度、威力、手数の多さ、どれをとっても比べ物にならない!」
「そりゃあね……相手は500年前の伝説の魔女様だもんね」
ジーナが苦笑混じりに相槌を打つと、マティルダは姿を消したまま嬉しそうに鼻を鳴らした。
「そ、そうね! 当然よ!」
素直に褒められて、どうやら機嫌が良いらしい。
「それに、今の私は精神体だから物理攻撃が一切当たらないのよ。だから大胆に前に出られるっていうのもあるわね。……美味しいご飯を食べられないのだけは、本当にキツいけれど……」
恨めしそうに料理を見つめるマティルダに、ペソットが小さく手を挙げた。
「……あの、ちょっとよろしいですか?」
「ん? どうした、ペソット」
「魔女様の凄さは十分に理解できましたが……その戦い方は、現代においては非常に危険です」
「どういうことよ!」
マティルダが心外そうに声を尖らせる。
「魔女様の時代――今から500年前は、魔法が戦いの主流でした。ですから、その戦い方というか……そもそも当時は、前衛や後衛という役割分担自体が曖昧だったのではないでしょうか?」
「そうね。あなたたちの祖先かしら? 私たちは蛮族って呼んでいたけれど……あの頃の戦いといえば、攻撃が得意な奴が前、防御や治癒が得意な奴が後ろ、って程度の感覚だったわね」
「やはりそうですか。ですが現在は、剣や槍、斧といった近接武器が主流の時代です。そして現代では――武器に魔法を付与することで、ゴーストのような実体のない精神体にも直接ダメージを与えられるようになっているのです」
「えっ……!?」
マティルダが絶句する。
「魔女様の時代には存在しなかった、あるいは必要とされなかった魔法ですが、500年という歳月の間に編み出された技術もあるのですよ」
ペソットは淡々と、しかし厳しく告げた。
「ですから、不意を突かれた場合など、精神体であっても魔女様が傷つき、消滅させられる危険性があることはご承知おきください」
「……そ、その付与魔法って、現代の魔法使いなら誰でも使えるの……?」
「基本中の基本ですね」
ペソットの容赦ない言葉に、マティルダは言葉を詰まらせた。さらにペソットは言葉を重ねる。
「それに……もし魔女様が邪悪な存在であったなら、アーシャの『神の祝福』による神聖術でも傷つくはずです。そうですね、アーシャ?」
話を振られたアーシャは、グラスを置いてコクコクと静かに頷いた。
「魔女様は邪悪なんかじゃない!! なっ、アーシャ!?」
すかさずココが身を乗り出して叫ぶ。
「そ、そうだねっ……!」
突然の剣幕に、アーシャは目を白黒させて慌てて答えた。
「貴方はちょっと黙ってて!!」
マティルダがココに一喝し、ジーナが「アハハ……」と乾いた笑いを漏らす。
「……私の時代にも神はいたけれど、そもそも『祝福』ってなんなのよ?」
「私は、光の神アナ様の力の一部をお借りして奇跡を起こしております」
アーシャが胸元に手を当てて静かに答えた。
「魔法とは違うのかしら?」
「詳しい原理までは解明されていませんが、一般的には『魔法は自然界の力』を操るもの、『祝福は神の御力』を賜るもの、というのが通説です」
ペソットが補足し、アーシャが言葉を継ぐ。
「祝福は、その神を心から信仰していないと使えません。そして、信仰が深く強いほど、より強大な祝福の力を得ることができるのです」
「なるほどね……じゃあ、無神論者の私には祝福なんて一生無理だわ」
マティルダはあっさりと肩をすくめた。
「話を戻しますが、付与魔法は武器だけでなく、術者自身の肉体にも施すことができます。武器にかければ非実体の敵にダメージを通し、切れ味を増し、重量を軽くする。肉体にかければ筋力や反応速度を爆発的に向上させる……といった具合です」
ペソットは腕を組み、ココへと鋭い視線を向けた。
「ココ! あなたにも依頼の最中に何度も付与してあげたでしょう! なぜそのことを魔女様に伝えていなかったのですか?」
「だ、だって……美しい魔女様と、薄気味悪いゴーストが同じ『精神体』だなんて、頭の中でどうしても結びつかなくてさ~」
ココがポリポリと頭をかきながら照れ笑いを浮かべる。
「あ・な・た・ねーーーーーっっ!!」
頭の中にマティルダの激怒の絶叫が響き渡った。
「す、すいません……!」
縮こまるココを見て、ジーナがくすくすと肩を揺らす。
「ココってば、魔女様が絡むと途端にポンコツになるのね~」
「笑い事ではありませんよ」
ペソットは深いため息をついた。
「こんな調子では、これから先の2人旅が本当に思いやられます……」
「そうね……確かに、しっかり対策を練る必要がありそうだわ……」
マティルダも真剣に考え込み、テーブルの上にしばしの重い沈黙が流れた。
――その時だった。
ガタッ、と大きな音を立ててアーシャが立ち上がった。
全員の視線が一斉に彼女へと集まる。
アーシャは両手をぎゅっと握りしめ、まっすぐにココを見つめると、通る声で力強く言い放った。
「に、兄さん……! その旅に、私も同行させていただけませんか!?」
ありがとうございました。




