12話 速読
よろしくお願いいたします。
ノクタリアの町へ到着してから、早くも3日が経過していた。
初日は宿で泥のように眠り、その夜、《夢見る羊》のメンバー全員で今後のことについて膝を突き合わせて話し合った。
結論から言えば、《夢見る羊》は解散せず、暫定的に活動を継続することになった。
期間はココが戻ってくるまでの2年間。もし2年経ってもココが戻らない場合は、その時に残ったメンバーで改めて話し合いを行う――そう取り決めたのだ。
そして現在、ココとマティルダは冒険者ギルドの書庫室にいた。
《夢見る羊》の残りの4人は、手頃な依頼を受けて町近辺のゴブリン討伐などに出ている。
その間、ココとマティルダはここ2日間ずっと、この埃っぽい書庫室に籠もりきりだった。
冒険者の多くは書庫室など利用しない。そもそも、文字の読み書きすら怪しい冒険者も少なくないのだ。
だが、完全に人の出入りがないわけではないため、誰かに見とがめられないよう、マティルダは姿を消していた。
魂の繋がりを持つ2人は、念話を使って言葉を交わす。
『次。……はい、次。次、次、次、次、次、次、次っ!』
精神体であるマティルダは、実体がないため本のページをめくることができない。そのため、ココが彼女の合図に合わせて猛スピードでページをめくっていた。
500年前と現在とで文字に大きな変化がなかったため、マティルダは問題なく読むことができた。
しかも彼女は恐ろしいほどの速読の持ち主だった。
はたから見れば、1人の青年が無言で一心不乱に本のページを爆速でめくり続けているのだ。たまに通りかかる数少ない利用者が、ギョッとして二度見していくのも無理はなかった。
『ふーっ! ここの資料はあらかた見終わったわね!』
マティルダの満足げな声が頭の中に響く。
『腕が……腕がプルプルします……』
ココは情けない声を上げながら、腕をさすった。
『情けないわね、だらしないわよ……』
呆れたようなマティルダの声。だが、ココはへらりと幸せそうに顔を綻ばせた。
『でも、魔女様とずっと2人きりだったので、俺はものすごく幸せです』
『チョッ……! な、何を急に……っ!』
ココから不意打ちのように飛んでくるストレートな好意に、彼女はまだまったく耐性がついていなかった。
ココは腕を休めつつ、これまでに得た情報を整理するように念話を送る。
『魔女様の身体が封印されている可能性が高い場所は……やはり、北にあるグランヴァルト帝国に位置する、魔女様の宝物庫兼研究施設なんですよね?』
『ええ、ほぼ確定と言っていいわ。研究中に不意を突かれて封印されたんだもの。身体をわざわざ別の場所へ移して封印し直すより、その場の設備を使って封印してしまった方がリスクが低いはずよ』
『そして、持ち運びのしやすい手鏡に精神だけを封じて、遠くまで運んで別々に封印した、と……』
『そうね……。よりによって、こんな地の果てまで運んでくれるなんて……最悪だわ』
マティルダが心底うんざりしたようにため息をついた。
現在、セレノア大陸には大きく分けて4つの国家が存在している。
北のグランヴァルト帝国。
東のサハリエル王国。
西のドラグネス王国。
そして、南のアレクスト王国。
2人が今いるのは、南のアレクスト王国の南東に位置するノクタリアの町だ。
対して、マティルダの肉体が眠る場所は遥か北のグランヴァルト帝国。
かつての古代魔法王国ルーンヴェルの王都があった場所であり、現在はグランヴァルト帝国の帝都グランディアとなっている。
『帝都の中に魔女様の研究施設があるのですか?』
『……あー……事情があってね。当時の王都からは追い出されていたのよ。だから研究施設は帝都よりもさらに北にあるわ』
マティルダは気まずそうに顎をポリポリとかき、居心地悪そうに視線を泳がせた。
『……』
ココがじっとジト目を向ける。
『な、何よ! 人には色々あるの!』
居直るマティルダに、ココは苦笑しながら話題を変えた。
『それにしても、どうしてこんなに遠く離れた場所に精神を封印したんでしょうね?』
『私たちの時代は転移魔法が主流だったから、距離なんて関係なく一瞬で移動できたのよ。……それと、ザッカルドっていう男が私の身辺を嗅ぎ回っていたわ。確か、あいつの領地がこの辺りだったはずよ』
『なるほど……。でも、そこまで念入りに距離を離したのに、どうして黒の迷宮の、あんなに浅い6階層なんかに封印されていたんですかね?』
『封印された時、私も精神体だけで相当抵抗した覚えがあるわ。だから術が乱れて、やむなく6階層なんて浅い場所に封印せざるを得なかったんじゃないかしら。本来ならもっと深層に隠したかったはずよ』
『その人に……そんなに恨まれていたんですか?』
『魔法学院の時代から、私の才能に嫉妬していたのよ。その後も何かと難癖をつけて絡んできたけれど、私は全部無視していたわ』
『その人が、魔女様を罠に嵌めて封印した……』
『状況から見て、その可能性が一番高いわね。あの黒の迷宮も、元はザッカルドの宝物庫か研究施設だったんだと思うわ』
『封印までされた理由は何だったんでしょう?』
『……逆恨み? でも、さすがに封印されるような悪事までは働いていないと思うのよね……たぶん』
語尾を濁すマティルダに、ココは再び無言のジト目を向けた。
『……』
『な、何よ! 私の類まれなる才能に嫉妬する人なんて、ごまんといたんだから!』
『そうですよね! 魔女様の魔法の才能は本当に凄いですもんね!』
ココがパッと表情を明るくして手放しで絶賛すると、マティルダは毒気を抜かれたように口ごもった。
『そ、そうね……。ま、まあ当然よ……』
照れ隠しに小さく咳払いをするマティルダ。
『でも、ルーンヴェルが滅びた本当の理由も、私が封印された詳しい経緯も、この町の書庫にある資料だけじゃ不十分ね……』
『となると、やはり次は王都リュネールの魔法学院の書庫ですね』
『そうね。ただ、歴史書というものは勝者が都合よく書き残すのが常よ。どこまで真実が書かれているかは怪しいけれど……数多くの資料を読み比べて推測していくしかないわ』
『魔女様は本当に博識なんですね……』
ココが純粋な尊敬の眼差しを向けると、マティルダはまんざらでもなさそうに胸を張った。
『あ、当たり前でしょ! 誰だと思っているのよ』
『長い旅になりそうです。途中の町で依頼を受けて、路銀を稼ぎながらの旅路になりますが、大丈夫ですか?』
『そこは仕方がないわね……。私の500年前の記憶を頼りに転移魔法を使うのは、今の時代じゃ危険すぎるわ』
『まずは王都リュネールの冒険者ギルドで、できる限り稼いでおきましょう』
『ええ。現代の地理や相場については、貴方の判断に任せるわ』
『はい! 任せてください!』
頼りにされたココは、心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
『長い旅になるなー!』
『そこは最短で行くわよ! さ・い・た・ん!!』
釘を刺すマティルダに、ココは輝くような笑顔で応じる。
『魔女様! これからよろしくお願いします!』
『よ、よろしく……』
真正面から向けられる笑顔の眩しさに、マティルダは少し頬を赤らめてそっぽを向いた。
『さて、そろそろ皆が依頼から戻ってくる頃ですね。《満腹の蛙亭》へ向かいましょうか』
『貴方たちはいいわよね〜。私は精神体だから、美味しいものが食べられないのが本当に辛いわ……』
そんな愚痴と笑い声を念話で交わしながら、2人は静かに書庫室を後にした。
ありがとうございました。




