表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時越えの盟約路―気弱王子は歴史をやり直さない―  作者: 遠見夕己


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/11

3章 川辺

「――で、だ」

 

 カシアンが切り出した。

 

「『城内では話せない』困りごとを俺なら解決できそうか?」

 

 問いかけられたルカは言葉に詰まった。

 正直なところ、魅力的な力だった。

 危険はある。だが、自分が耐えれば済む話ならば。

 

 ――ミラ殿下を守れるかもしれない。

 

「……少し、考えさせてくれ」

 

 ルカはそれきり黙って運河へと目を移した。


 ルカの中にわずかに燻っている警戒心が口を閉ざしていた。カシアンは善い人のようだ。それは十分に伝わってくる。でも。

 

「ルカ殿下……」

 

 ニコが様子を伺うように呼んできた。ルカはニコに小さく微笑んで、視線をまた景色へと戻す。

 

 水面のきらめきが目にまぶしい。荷を運ぶ者たちの声が風に乗って流れてくる。


 民と川が作るヴァレンの風景。この国は何もかも美しいと、そう言ってミラは笑った。そう、笑ってくれたのだ。

 

「……婚約者のことで……」

 

 重い口をこじ開けるようにして話し出したルカに、カシアンが「なんだ、女か」と楽しそうに相槌を打った。

 

「喧嘩でもしたのか?」

 

 カシアンののんきな声に、ルカが黙って首を振る。

 

「ミラ殿下をアルドへ帰したい」

 

 ニコが息をのんだ気配がした。カシアンもびっくりした様子でルカを見つめた。

 

「……あんたみたいな奴にそこまでのことを言わす女なのか?」

「ミラ殿下に原因はないんだ」

 

 庇うように言ったルカが、黙り込んだままのニコを見やる。

 

「父上は彼女を政治手段の一つとお考えだ」

 

 その一言で、ニコにはある程度伝わったようだった。はっと目を見開いた後、複雑な表情でルカを見つめ続けている。

 

「殿下の心配していることは何となく分かりましたけど……」

 

 やがて、ニコがおずおずと声を上げた。

 

「もしミラ殿下をアルドに帰して……そしたら……殿下と陛下は……」

「どうなっちゃうんだろうね?」

 

 ルカが弱々しく笑う。

 

「婚約者が来たのはいつだ?」

 

 カシアンが聞いてきた。

 

「北方の山で雪解けが始まる頃だ」

「ああ、レナが増える時期か」

 

 カシアンの呟きに、ルカは思わず彼を見た。運河をレナと親しみを込めて呼ぶのは地元の人間くらいだ。彼はこの辺りの出身なんだろうか。が、そうと確認する前にカシアンが口を開く。

 

「俺にとっちゃ朝飯前だな。まあ、行った先でどう動くかはあんたが考えてくれよ、王子。俺は全然事情がわからねえ、あくまであんたを連れてくだけだ」

「分かってる」

 

 ルカが短く答える。

 

「んじゃ、気をつけてほしいことを一つ言うからな」

 

 カシアンが話を続けた。

 

「王子があっちに半日いりゃ、こっちも同じだけ時が過ぎる。それだけは頭に入れとかなきゃ、あんたみたいな立場の人間は困るだろ」

「つまり、移動先で滞在した長さだけ現在の時間も進むのか……」

 

 ルカが言うとカシアンが「そういうこと」と返す。

 

「王子は慣れてねえから、行ったり来たりするとそれだけで負担がかかる。もしできるなら、こっちで長めに時間を取って、一回で終わらせるのがいいと思うぜ」

 

 カシアンの助言を受けたルカがニコを見た。

 

「ニコ、朝市から夕方の舟が出る頃まで予定を空けられる日はある?」

 

 途端にニコの顔が曇る。

 

「あるわけないじゃないですかぁ……」

「そうだよね……」

 

 ため息混じりの声でルカが言うと、ニコが迷うように視線を泳がせた後、言いにくそうに口を開いた。

 

「でも……三日後なら……この日はお祭りの前日なので、お支度の予備日として敢えて予定を入れてませんけど……」

「決まりだな」

 

 カシアンが前のめりに言うのに、ルカが頷いて応えた。

 

「ああ……お祭りの準備が……」

 

 ニコの絶望的な呟きは、川の音に吸い込まれて消えた。



  ***



 カシアンはミラがやってきた次の日に飛んだ。狙った日に着けたことにルカは驚いたが、カシアン曰く、運がよかったらしい。

 

「今回は分かりやすい目安があったからな」

 

 レナ川のことだろうか。ルカは思った。が、今のルカにそれを問いかける元気はない。

 

「大丈夫か、王子」

 

 頭上からカシアンの声が降ってくる。膝を抱えてその場にうずくまっていたルカは、顔を上げようとして諦めた。少しでも頭を動かすとズキンと大きく痛むのだ。

 

「なんとかね」

 

 ルカがもごもごと答えるも「ダメそうだな」と返事が返ってくる。実際そのとおりなのでルカは黙っていた。

 

「どっか目立たないとこに移動しようぜ。しばらく休まねえと」

「そうだね」

 

 ルカは痛む頭を押さえながら素早く周囲を確認した。

 

 どうやら今は城内の中庭にいるらしい。美しく整えられた芝や低木には夏の花がちらほら咲き始めている。離れたところにあるハーブ園や菜園には、黙々と作業する人影がいくつも見えた。

 

 ルカはカシアンをつつくと、少し行った先にひっそりと佇む、煉瓦積みの古いガゼボを指さした。

 

「木の陰になって昼も薄暗いから、ほとんど誰も近づかないんだ」

「よし」

 

 カシアンが低く腰を落としながら歩みを進める。ルカも頭痛に耐えながら後に続いた。赤茶の柱や欠けた屋根にたくさんの蔦が絡まっているのにルカは少し戸惑ったが、カシアンは足を止めることなく中へと入り、汚れたベンチに勢いよく腰を下ろした。

 

「で、まず一番大事なのは、この世界にいるあんたの動きを確認することだ」

「それに関しては簡単だと思うよ」

 

 ガゼボの柱に隠れるようにして立ったルカがすぐに答えた。

 

「僕は政務室で仕事をする。それ以外は書庫にいる。たまに町を散歩する。このくらいなんだ。苦労せずに避けられるよ」

「あんたが簡単な男でよかったな……――って、隠れろ!」

 

 カシアンの声と共に、ルカは思いきり引っ張られた。

 

「いるじゃねえかよ!」

 

 カシアンが指さした先に、複数の人影。ガゼボの腰壁に隠れるようにしゃがんだルカは、首だけを静かに覗かせて示されたほうを見た。

 

 日差しが降り注ぐ中、綺麗に刈り込まれた緑と色とりどりの花に縁取られた小路を、ゆったりと歩む一行がいた。目を凝らすと確かに自分たちのようだった。

 

「あ、あれ……? あ、そうか、あの日はミラ殿下に城の案内を……」

「城の案内……」

 

 カシアンが呆れ返った声を出した。

 

「そういうのは人に任せて、あんたは部屋で偉そうに待ってろ! 王子だろ!」

「今の僕に言われても……」

 

 ルカの声にカシアンがため息をついた。

 

「とりあえず、もう少し休んでればその間にどっか行くだろ。そしたら城の中に移動しようぜ」

 

 カシアンの提案を受け入れたルカは、頭痛が和らぐのを待ってから城内へとカシアンを案内した。カシアンは出会った時のチグハグな服装から、城で浮かない格好に変わっている。ニコがぶつぶつ言いながらも首尾よく用意したものだ。

 

 二人は今、廊下を歩いている。右手には大きな扉、そして左手には真四角の明かり取りがいくつも並んでいる。時おり衛兵とすれ違うものの、他には誰も会わない。好都合だった。

 

「自分自身に見られると何が起こる?」

 

 ルカはさっきから疑問に思っていたことを訊いた。カシアンが少し悩むように首を傾け、明後日のほうをみた。

 

「まあ……王子に一番分かりやすいのは体調不良が悪化することだろうな」

「それは嫌だな……」

「慣れてる俺でさえひっくり返るぞ」

 

 ルカは縮こまった。

 

「そんなことより、この後あんたたちはどう動くんだよ。それが分かりゃ段取りの立てようもあるだろ」

「僕は別の用事があったから、ミラ殿下のご案内は侍従に任せて先に失礼したよ。報告では、その後テラスに寄ってから部屋にお戻りになったはず」

「てことは、先回りしとけばいいのか……」

 

 呟いたカシアンがルカを見る。

 

「あんたが部屋で婚約者を待って、帰ってきたところに『やっぱなかったことに』って断りゃ話は終わりだ」

「そんな簡単にはいかないよ。この婚約に僕たちの意思はないからね」

「は!?」

 

 カシアンが大声を上げ、そして慌てたように口を押さえて周囲を見回す。幸い誰にも聞こえなかったようで、衛兵が飛んでくるようなことはなかった。

 

「どういうことだよ?」

「王族同士の婚姻は国王が決めるんだ。僕らは従うだけだよ」

「そうなのか……?」

 

 カシアンが不満と困惑のにじんだ声を漏らす。

 

「俺は無理だ……好きな女じゃなきゃ……」

 

 ショックを受けた様子のカシアンを微笑ましく思いつつ、ルカは言った。

 

「それと、僕から断ることはしないつもりなんだ」

「なんでだ?」

「ミラ殿下に恥をかかせたくない。婚約破棄は女性側の名誉に響くんだ」

「じゃどうすんだよ」

「僕が嫌われる。早々に見限られるのが一番穏当かな」

 

 と、ここでルカがほっとしながら表情を緩めた。

 

「もうすぐだ、ミラ殿下のお住まいは東棟なんだよ」ルカが続けて説明する。「婚約者だからね、客室じゃなくて城の一角を自由に使ってもらってるんだ」

 

 言いながら振り返ると、カシアンが頭の後ろで手を組んで大股で歩いてきた。服装は浮かなくなったが、この態度では目立ってしまう。どうしようかとルカが少し考えていると、カシアンが口を開いた。

 

「さっきのやり方で本当にいいのか?」

 

 発言の意図が分からず黙っているルカに、カシアンが話し出す。

 

「つまりさ、あんたが婚約者の代わりに恥を引き受けるわけだろ? で、それって偉い人たちにとっちゃ名誉に関わる良くないことなんだろ? あんたとか、あんたの親父……つまり王様とか大丈夫なのか? 従者も心配してただろ?」

 

 ルカが「ああ、そのことか」と愉快そうに言った。

 

「父上のことは心配いらないよ。僕なんかの評判で揺らぐような方じゃない。ニコはただ、父上と僕の関係が悪くなるのを心配してくれたんだ」

「仲悪いのか」

 

 ルカが少し黙る。

 

「……まあ、僕が頼りないだけだよ」

 

 その時、ルカの声に被せるように声が聞こえてきた。ルカたちはとっさに近くの部屋――談話室のようだ――に飛び込んで物陰へと隠れた。

 

「本当にヴァレンの景色は見ていて飽きませんね」

 

 楽しそうな話し声と共にたくさんの女官や従者たちが部屋へと入ってきた。集団の先頭にはミラがいた。真っ直ぐに伸びた背と少しもぶれない頭が、ルカの目にとても印象的に映った。

 

「やはり外から見ているだけでは細部は分からない、そのことを実感いたしました」

 

 ミラがそう言って一同を振り返る。ミラの優雅な仕草に合わせるように話し声が静まっていき、やがて消えた。


「王子、そろそろ嫌われてきたらどうだ?」

「待って」

 

 ミラの様子を見つめていたルカがカシアンを制す。妙な胸騒ぎがした。

 

「さあ、ヴァレンへの侵入に成功した私たちは、これから最善の仕事をしなければなりません。この国の弱点を見つけるのです」

 

 ヴァレンへの侵入。弱点。

 

 穏やかではない言葉にルカの鼓動が大きくなった。

 ミラが背筋を伸ばすと、集団も居住まいを正した。ミラの言葉を静かに待っているようだ。

 

「城内や町で、できる限り情報を集めてください。見聞きしたこと、気づいたこと、何でも私に報告を挙げてほしいのです。どんな小さなことでも構いません。必要な情報かどうかは私が判断いたします」

 

 キビキビとした声で指示を出したミラは、その場にいる全員をじっくりと見渡して、こう続けた。

 

「このままではいずれ、冬を越えられぬ民が多く出てくるでしょう。祖国アルドには先がないのだから」

 

 言いきったミラの顔つきがきゅっと引きしまる。

 

「ないのならば創るだけです。祖国に生きる民のために。たとえ、どんな手を使ったとしても」

 

 凛とした声色。

 

 この声はきっと、争いを恐れない。

 

 ルカの全身に震えが走った。

 

『よく知りもせん存在に過度な期待をするな』

 

 父王ガレスの言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ