070 わがまま
「それでしたら、問題はありませんわ。不死帝を相手にして生きているだけでも僥倖なのです。お姉様のおかげですわ」
一夜明けて、元聖女たちは体調を回復した。
脱出艇の機能を利用して体を慣らし、改めて外に出ても問題なくなった。
副長も目を覚ましたが、まだ起き上がれない。
元聖女ビアンカが介護しており、話をするくらいはなんとか可能だった。
余談だが、副長はビアンカの従兄なのだそうだ。
聖女である間はそういった縁を理由に何か優先をすることはできないが、聖女の力を失った今なら問題ない。
ということで、クロエではなくビアンカが看病しているというわけだった。
そして、話ができるなら今後の話をしなければならない。
ドワーフたちとの話を聖女たちとも改めて共有し、そして懸念を伝えたところ、ビアンカはあっけらかんと問題ないと答えたのだった。
「聖女の力が無くなったなら、務めを果たしたということになると思いますよ」
「あたしたち結構がんばったしね」
「心配していただいたのはありがたいですが、なるようになるでしょう」
他の三人の元聖女も、気にするなと言いたいようだ。
「でもねえ。どうにかできない?」
単純に十年も寿命が縮んだという見方もできる。
しかしヒスイは、自分の十年を考えると、彼女たちがその時間を失ったことをとても惜しく思っていた。
「一応、可能性はある。年齢は。ただ、聖女の力はわからない」
昨日エルエルヴィに相談したところ、師匠ならどうにかするだろうと返ってきた。
今ある条件では年齢を戻せるのが五分五分で、聖女の力については神のみぞ知る。
エルエルヴィは苦しそうにそう言った。
何か受け入れがたい要素があるのかと尋ねれば、確実にできると断言できないことが不甲斐ないのだというので、ヒスイはエルエルヴィを抱きしめてぐりぐりした。
と、ここまでが昨日のやり取りである。
「魔法による成長、加齢なので魔法の影響をなかったことにする。技術的な不足を補うのに、大量の魔力が必要。あたくしと、元聖女たち、そしてヒスイちゃんのなけなしの魔力を全部使い尽くせば、あとは不死帝とあたくしの勝負」
「わたしの?」
「今回の件で百分の一ほど溜まっているのを全部使う」
「えっ」
ヒスイの魔力の器が異常に大きくそして空っぽだというのはこの世界に来てから知った話だ。轟炎竜すらキモいという異常さだ。
今回はずいぶん力を振り絞ったつもりだったが、魔力が溜まっていた?
黒い魔力を奪取しまくったせいだろうか。
それとも愛と勇気の歌か。
「そんなの使うのは全然いいよ。でもそれならもっと使える魔力を水増しすれば成功率が上がるんじゃない?」
「時間が経過するほど安定するから不利になる。やるなら、被術者の体力が回復した今」
「あの、無理をなさらないでもわたくしたちは……」
「いいや、できないならしょうがないけど、できるならやるべきだね。副長やドワーフのみんなも。十年は大きいよ。あとから後悔しても遅い」
ヒスイは頑固に言い切った。
「お願い、エルエルヴィちゃん。私のわがまま。やってほしい」
ヒスイは、エルエルヴィに頭を下げてお願いする。
それを見て、元聖女の四人は考えを変えたようだ。
「お姉様、頭を下げるなら我々です」
「エルエルヴィ様、どうか力を貸してくださいまし」
「お願いします」
「お姉様がそうまでおっしゃる経験を逃したくなくなりました。お願いします」
それを見て、ドワーフたちも迷い始めた。
「どうするよ」
「鍛え直すことになるのお」
「じゃが確かに十年あればいろいろできそうじゃぞ」
副長は申し訳なさそうに頭を下げていた。
「戻れるなら戻りたいですな。十年は……どうかお願いします」
この中では、年齢を重ねる変化を一番感じる年頃なのは副長だろう。
「わかった。やってみよう」
エルエルヴィが頷いた。
エルエルヴィの指示で、花の輪を生やして魔法陣を作り、さらにエルエルヴィの光の魔法陣を重ねる。
残っていた触媒も、使えるものはすべて投入する。
さらに、全員を魔法陣の内側に配置し、魔法陣に組み込んでいく。
「これだけやっても五分五分なんですね」
複雑な手順を組み合わせていく過程を見て、クロエが感心したようにつぶやく。
スカーレットは理解をあきらめた様子で、セレナは興味深そうにしていたところをエルエルヴィの助手に収まった。
ヒスイは最外周の一か所に配置された。エルエルヴィの反対側だ。
準備が終わると、儀式が始まる。
エルエルヴィ以外は黙って動かずにいるだけだ。
魔力は吸い出されるが、なすがままにしなければならない。
ヒスイはマジカルナックルに変身し、マジカルジュエルが輝くように心を調整する。よかったこと、うれしかったことを思い出して、少しでも魔力を高めることは、十年の魔法少女生活で身につけた小技である。
「――強制的に紡がれた可能性をほどき新たな道を模索させるべし――」
詠唱を一時間以上続け、副長の体調が心配になってきたころ。
マジカルナックルの魔力がぐんぐんと吸い取られ始めた。
「心を強く持って。不死帝の魔の手を振りほどくだけの強い心を」
エルエルヴィが全員に言い聞かせるように語る。
元聖女スカーレットが、勇気の歌を。
元聖女クロエが、愛の歌を歌い始めた。
聖女としての力を失っている今、あの時のような、無限の力が湧き出てくることはない。
だが、魔法的な力が無くとも、その声は心を支えてくれた。
気づけば全員が歌を口ずさんでいた。
音程やリズムを外す者もいた。ドワーフたちは意外に歌が上手かった。あとで聞いたところによると、いつも酒を飲んで歌うらしい。
詠唱と歌が続き、マジカルナックルの魔力が限界に近付いてくる。
マジカルジュエルが生み出す魔力も追いつかず、魔法少女衣装が分解していく。
体が重くなり、声が出なくなった。
足りないか?
もう少し、あと一押し出来ないか?
そうじゃない。
出来ないかではない。するのだ。
最期の一押しは根性論。
マジカルジュエルがヒスイに応えるように少しだけ輝いた。
そのとき。
魔法陣の子が変化した。
徐々に光が強くなり、花は咲き誇る。
そして。
強い光に視界が白く染まって。
気づけば、花の魔法陣は枯れ朽ちていた。
「おお……」
そのかわりに、みんな元の姿へと戻っていた。
元聖女たちの身長や体つきは元に戻り、副長の顔色と髪の色も戻っている。
ドワーフたちは見た目にはわからないが、お互い肩をたたき合っていた。
エルエルヴィもちょっと背が縮んだような気がしなくもない。
「成功した」
そう言ってエルエルヴィは座り込んだ。
魔法は成功し、十年分の成長は、確かに消えていた。
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