071 旅立ち
落ち着くまで十日もかかった。
あるいは十日しかかからなかったというべきか。
まず、ドワーフ地下帝国は再び、大山脈を南北に貫く領土を回復した。
ヒスイたちが南方通路から帰還したことで、大騒ぎとなった。
今回奪還する予定だった、戦場となった地点は別動隊によって崩落が確認され、四人の聖女とその仲間たちの生還は絶望視されていた。
しかし、その本人たちが帰還し、事情が伝わったことでドワーフたちはお祭り騒ぎだ。
そこらじゅうで各家秘蔵の酒が開けられた。
「いや、生きて戻ると信じておったぞ。アンデッドどもがほとんどの前線でいなくなったという報告があったんでな。まさか不死帝を倒したとまでは思わんかったが」
黒鉄陛下は眉間のしわを深くしつつも、無事の旗艦をねぎらってくれた。
喜色満面で居られないのはこのあとのことを考えているからだろう。苦労人気質である。
「消滅したように見えましたが、何らかの手管で脱出している可能性はあります。ただ、実際にアンデッドたちが居なくなっているのなら、少なくともドワーフ帝国からは手を引いたと考えていいと思います」
「伝説の炉が失われたのは頭が痛いがの」
「それはとてもご愁傷さまです」
伝説の炉があるためにアンデッドに狙われていたわけで。
とはいえ、不死帝を滅ぼすことが出来て炉も無事という結果が最良だったのは間違いない。
「まあワシは使ったことも無いしええか。残念じゃが」
黒鉄陛下はそう言い放った。
割り切りが早い。
気を使ってくれたのかもしれない。
それでもヒスイの心の重荷は一つ消えた。
それから重要な問題がいくつかあって、少し付き合ったこともあってヒスイたちの出立まで時間がかかった。
まず、アンデッドが居なくなった各方面の把握。
ただでさえ、ドワーフが長い期間をかけて掘ってきた坑道のあとである。さらに罠などは残っているのだ。
今回の戦いでも使われた魔法で固定していて魔法を解除されたら崩落する落とし穴が、ほかの場所にも仕掛けてあったらしい。
重要なクロスポイントが崩落している場合も多く、地下すべてを掌握するには長い時間がかかりそうだという。
ドワーフを狙う理由はなくなっても、地下はアンデッドや、他のモンスターにとって都合のいい地形でもある。
不死帝とは関係ないアンデッドや、アンデッドが排除していた別の危険なモンスターが現れるかもしれない。
この問題だけで人手はどれだけあっても足りない。
次に、中央諸国同盟との関係をどうするか。
アンデッドとの戦いが終わったのなら彼らの応援は名分を失う。
当面はアンデッドが本当に手を引いたのか確認するために人手が必要だろうが、そのうち不要になると双方が意識した関係になるだろう。
中央諸国側はドワーフたちに影響力を持ちたいが、ドワーフは人手は欲しくとも余計な紐は付けられたくないはず。
落としどころを見失わないようにしないと血を見ることもありうる。
「お姉様は心配しすぎですわ」
ビアンカがそう言って笑い飛ばす。
「世界には人類を脅かす存在が多くおりますから」
「経験上、だからこそ、という場合もあるし、実感を持てない場所にいる人が想像以上に軽く見るということもあるから」
「うまくやって見せましょう」
ヒスイとしては、心配がないなら、中央諸国同盟ではなく、中央国とでもなっていると思うのだ。さらに言えば、中央以外にも国があるわけで。
とはいえ、ヒスイがどうこうできることでもない。
懸念を伝えて対処を促す程度のことだ。
余計なお世話と言われそうだが、ヒスイの精神衛生のために我慢してもらいたい。
ビアンカといえば、今回同行した四人は聖女の力は戻らなかった。
肉体年齢は戻ったが、神様の寵愛は条件がシビアらしい。
この点についてもヒスイは懸念していたが、他の聖女たちには問題なく受け入れられていた。
むしろ、神の試練を果たした立派なお姉様という扱いだ。
これなら安心だと、ヒスイは杞憂を反省した。
……ということはなく、こっそり心配し続けている。
お節介を焼きたい。
しかし、やるべきことがある。
黒い魔力の件を調べて、解決して、地球に戻るのが今のヒスイの目的だ。
この世界の政治とかに関わっていたら一生帰れない。
でもなあ。
これは絶対に間違っていないと確信していることだが。
この世界にも、泣いている子供はいくらでもいるはずだ。
できるならそのすべてに手を差し伸べて背中を押してあげたい。
しかしそれは不可能だ。
時間は有限でヒスイは一人しかいない。
みんなで頑張れば、と思っても、それだけではうまくいかないことを経験済みだ。
善意は歪められ利用される。
正義はぶつかり合う。
他人は絶対的には信じられないし、自分だって間違える。
夢と希望に身を任せることが出来なければ魔法少女としての力は低下する。だから魔法少女は若くて世間ずれしていない子の方が強力なのだ。
ともあれ。
だからどこかで線を引くしかない。
きっと誰もがそうやって線を引いている。
だから、不幸はなくならないのだろうけれど。
ヒスイの線は、優先順位を決めて、それを守ること。
もっとも、目の前で起きていることには、我慢できないことがよくあるのだが。
今回のことでは、懸念を伝えるまでが線の境界だった。
杞憂ですめばよい。
そう願うばかりだ。
話を戻す。
中央諸国同盟との連絡を取らなければならないのだが、並行して、南方の国との関係も改めて構築しなければならないだろう。
北側ルートが潰れているが、これは人手と時間で解決できる。
ただし、中央諸国同盟に情報が届けばだ。
どちらにしても現状の人員の入れ替えや、それとは関係なく通商は必要になる。
すぐには使えない北側ルートではなく、数十年間途絶えていた南方ルートの方が当座は有望だった。
とにかく連絡をつけないと北側ルートの復興が難しい。
先の理由から、ドワーフ地下帝国は近年まれにみるマンパワー不足になるのだ。
南方ルートがあれば北に固執する必要はなく、そうでなくとも南方の国との外交は必要になるだろうから、つまり優先順位である。
隊長や副長はこの状況の変化を早急に本国へ伝え、これまでの貢献を持ち出してできるだけ立場と利益を確保しなければならない。
そういうのは完全にヒスイの専門でもないし興味もないので関わる予定はない。
頑張ってね以上にはならないだろう。
ヒスイとエルエルヴィは南下する予定であり、中央諸国へは今のところ向かう予定はないのである。
さらに、持ち帰ったものについてだ。
ドワーフ三人が須弥山から持ち出した希少金属のインゴットをどうするかで激しく議論されている。
ドワーフにとっては非常に重要なことらしい。
ヒスイたちも所有権を主張する権利があるといわれたが、彼らの様子を見て辞退した。
どうせインゴットの形では扱えないし、付き合っていたら出発できない。
宝物庫に置くべき、加工して使う、とにかく叩きたい、貢献者に配ろう、剣にしよう、いや鎧だ、像を建てよう、全然足りない、などなど。叩くというのは鍛冶のことだ。
「皇帝が叩く権利を持つとして皇帝選を行うかのう」
などと黒鉄陛下が言っていたのでそうなるかもしれない。
他にもある。
脱出艇そのものだ。
未知の技術で作られた高度な品である。
ドワーフも中央諸国同盟も手を挙げた。
ヒスイは説明書を作れと言われたらまずいと思い、使い方も来歴もよくわからないと証言した。
二艇あるわけなので、分けてくれればいいだろう。
とりあえず置いてきたが、そのうち回収されるだろう。
アンデッドたちからの戦利品は、一部をもらうことにした。
彼らが使っていたという来歴は気になるが、魔法の品にも興味があったのだ。
他のものに関して主張しなかったので、優先してもらえた。
呪われていたものは聖女たちに解除してもらい、杖や装飾品などを手に入れた。
そのうち役に立つか、おもちゃになるかはわからない。
とりあえず山を下りる時に杖が杖として役に立つかもしれない。
そして、ドワーフ帝国からのお礼として金銀宝石を追加でもらうことになった。
なにももらわないのは向こうとしても困るらしいので受け取ったが、使う機会があるかわからない。
海を渡る際に船を出してもらう場合、役に立つかもしれない。
というわけで、ようやく出発できたのだった。
パーティを開いて盛大に送り出してもらった。祝勝会からすぐのことだが、ドワーフとしては宴会は何度やってもいいそうだ。
元聖女たちには別れを惜しまれ泣かれてしまった。
そう長くはない滞在だったが、顔見知りになったドワーフたちはみんな来て、そう考えても荷物になりそうな金属製品を餞別として渡そうとしてくるので丁重にお断りするのに苦労した。
通りがかった人里に、ドワーフ地下帝国の南方の入り口が奪還され、そのうち施設が来るかもしれない、と広めておくという頼みを聞いて。
南門も例のSFチックな偽装門で、須弥山のことを思い出し。
最後まで見送ってくれた、仲間たちや黒鉄皇帝と側近のドワーフたちに手を振って。
ヒスイとエルエルヴィの二人旅に戻ったのだった。
山道を吹く風は思ったよりも強い。
地下から出てきた身にはそれも楽しく感じたが、急な突風に吹かれて危なかったのでエルエルヴィが魔法で風をおだやかにしてくれた。
視界は良好。
空は青い。
広がる景色は地球での暮らしではなかなか見られない絶景だ。
これから向かう方向だと思うと楽しくなる。
「二人だけで歩くのも久しぶりだねえ」
「ここからしばらく、森ではないから、木の家は使えない。本格的に野営をすることになる。練習したの、覚えている?」
「あ、それなんだけど」
ヒスイは手のひらに乗る程度の円筒形をとりだした。
「それは?」
「脱出艇。あの艦から一個もらってきちゃった」
「え?」
ここまで秘密にしていたからか、エルエルヴィは目を見開いて驚いていた。
「これに泊まろう。お風呂もトイレもあるから、森の外でも快適だよ」
「えええええ……? あ、それで主張しなかったッ!?」
「秘密ね」
目指すは遥か南の轟炎竜の宮殿。
旅はまだまだ続く。
第二章 ドワーフ地下帝国 完
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第二章はここまでです。
次のプロットがまだできていないのでできるまでお休みします。
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