056 毒
天井を叩いて落下していく中、マジカルナックルへ向けて放たれた魔法が、遥か手前で反射されて返っていく。
奥の方で爆発する音を聞きながら、着地する。
「万年宰相クラスの存在感のやつがほかにも二体。騎士が少なくとも五体。方角は向こう。大きな扉の前」
「扉の先にも何か居そうですな」
「あの騎士は技量が高くて動きも早いから気を付けて」
「来ますかな?」
「先日の大きいスケルトンと同じくらいの力で生み出されていたから」
「容易には浄化できませんか」
表現が悪いかもしれないが、しつこい油汚れや根の深いカビが、洗剤を使ってもなかなか落ちないように、濃い不死の力はなかなか浄化できないと、マジカルナックルは認識している。
そういう強力なアンデッドを防ぐのもマジカルナックルとドワーフたちの役目である。
現在は一定のスペースを確保したが、この空間はまだまだ広い。
こちらの目的はこの空間全体の確保。
その第一段階として、進入してきた入り口周辺を確保する作戦を進めている。
後ろからの挟み撃ちを防ぎつつ、橋頭保を築く。
そのためにしっかりとした結界を設置するのだ。
お互いに持久戦が得意な性質を持っている以上、先にこの場所を確保していた敵側の有利を少しずつ削っていかなければならない。
「あとどれくらい?」
「五分はかかるでしょう」
「OK、攻めてくる」
時間を稼ぐには、敵にこちらへ対応させるのが一番だ。
そのためにも前に。
「ヒスイちゃん、魔法がそこかしこにかかっている。ゴーレムだけではない。気を付けて」
「了解。援護よろしく」
前に出ると幻影が交差する。
ジャンプもするようになった幻影を狙い、攻撃が飛来する中、マジカルナックルは、残骸を乗り越えながら距離を詰めてくる多足多腕ゴーレムを破壊し、岩塊の弾としていく。
地表を薙ぎ払う弾としてだけではなく、斜め上にも射出する。
扉があった方面。万年宰相たちがいた方向へ。
「四十五度……天井に当たるわね。加減が難しいか」
腕をかいくぐりながら幾度か撃ち込んでいると、頭上から骸骨が降ってきた。
幻影の上にもだ。
壁の上に乗ってこちらに移動してきたのだ。そして聖なる光を受けても平気なところを見ると、スケルトンではなく骨ゴーレムだ。
さらに言えば骸骨の肋骨の内側に瓶が結びつけられていた。
あからさまに怪しい。
「マジカル・奪取!」
マジカルナックルは骨ゴーレムを受け止め首を飛ばして無力化し、瓶を確保した。
しかし、別の場所でも同じことが起きていた。
マジカルナックルの幻影が、骨ゴーレムの落下を受けていたのだ。
幻影は物体に触れない。
すり抜けて落ちた骨ゴーレム内の瓶は外れて割れた。
割れた瓶からは液体がぶちまけられ、シュウシュウと音を立てて紫色の煙を吹き出し始める。
「なにこれ、毒々しいの!」
まさに毒。
そんな印象しかしない何かが空間を占めていく。
こんな状況で使われる以上、なにかしらの有毒ガスの類に違いないだろう。
「多分危ないガス!」
叫んで注意喚起した後、マジカルナックルは一瞬悩んで瓶をもって仲間に近寄った。
「毒物とか詳しい人いる?」
「ガスを浄化しましょう」
「知らないものはわからない」
「わかるものしかわかりませんわ」
「だめかあ」
現物を見せればわかる人がいるかと思ったが、そううまくはいかないようだ。
「違う種類のガスが出ているようです」
「一種類じゃないのか!」
見れば、複数個所で違う色のガスが発生していた。
すでに死んでいるアンデッドには毒物の影響はないか、あっても薄いだろう。
そういう毒物を選べばよい。
そして複数種類を使うことで対応を難しくした。
「ひとまず浄化の加護を。神よ。我らに害をなす気を浄化し給え」
「風よ起きよ」
聖女クロエが空気を浄化するのとエルエルヴィが気流を調整してこちらにガスが来ないようにしたのは同時だった。
どちらも効果はあった。
問題はガスの発生源である液体は消えていないことだ。
「嫌な手を打ってくるな」
副長が心底嫌そうな顔で言う。
聖女対策の一つだろう。
アンデッドは聖なる力に弱い。
しかし、ゴーレムや毒に対しては、アンデッドほどの特別な効果は発揮できない。
聖女は強力な魔法、神の加護の使い手。
だが全能でも万能でもない。
そのキャリアは五年に満たない。
出来ることとできないことがあるのだ。
相手がより不得意な分野で攻撃してくる。
さすが、聖女たちと何十年も戦っているだけはあるということか。
『ククク。諦めて去れば見逃してやらんでもないぞ。定命の者ども。僅かな生を楽しむならばよそでやればよかろう』
不気味な声が響いてくる。
万年宰相、ノイン・ツェーン。
「あなたたちは、なんのために戦っているのかな?」
話しかけてきた敵に対して、マジカルナックルは話しかけた。持っていた瓶を空間の隅の方に置きながら。仲間の近くで割れたら困るので。
アンデッドたちは、マジカルナックルたちを遠ざけたがっているようなことを言い出した。
その前には戦いを望んでいるようなことを言っていたのにである。
嫌がらせの手を見せつけて。
この状況でわざわざ帰れと言い出すのは怪しい。
挑発にしては中途半端だ。
本当に逃がしたいのであれば、ここにいてほしくない、戦いたくない理由がなにかある。
時間稼ぎはそれ自体がこちらにとって有益で、居るだけで相手が嫌がるなら、相手が話しかけてくるなら言葉を交わしてみようと考えた。
相手の話に乗る気もないので適当な話題に転換してだが。
『なんのために、だと?』
『クカカ。簡単なことよ!』
『クケケ。邪魔する輩を殺すため!』
「邪魔ってなにを?」
『ククク。我らは永久の命を持つ者』
『クカカ。無限の命も不滅ではない』
『クケケ。我らを滅ぼす術をこの世界から排除するのだ』
「長生きしたいってこと?」
尋ねはしたものの、答えてくれるとは思わなかった。
そしてその内容も、想像以上に普通だった。
また、ドワーフ側の認識とも一致する。
アンデッドに有効な魂光鋼の武器を作れなくすること。
アンデッドに対しては、聖女の方がよほど危険だろうけれど。
始まりの時の判断として、無限に生まれ続ける武器の製作者を選んだのか。
「だからって執着しすぎじゃないの?」
何年たっているのか知らないが。
「アンデッドはそんなもの」
「そんなものか」
エルエルヴィがそう言うならなら仕方がない。
今はそれよりガスと、結界だ。
「準備完了。発動いたしますわ。神よ。この地を聖域とし給え」
聖女ビアンカの言葉によって、聖水と、宝石と、光の神聖印が輝きを放つ。
強力な魔力があたりを包み込んだ。
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