第24話:初めての——
「拓人、お待たせ」
駅前のファーストフード店でぼんやりと窓の外を眺めていた俺にかかる声。
相手はもう分かっている。
家族以外で俺を拓人と呼ぶ人間なんて1人しかいない。
振り向くとそこにはいつものように眩しい笑顔を見せた俺の大切な彼女。
いつもの制服とは違う私服姿は少し緊張する。
派手さはないもののお洒落にまとめたコーディネイトは彼女の容姿と相まって輝いて見えた。
改めて自分はなんて分不相応な子と付き合ってるんだろうと思ってしまう。
「遅いぞ……って言うかと思ったろうけど大丈夫
俺も本当にさっき来たばかりだから」
その言葉にほのかは「良かったぁ」と胸を撫で下ろす。
茶色いゴムでまとめられた髪がふわっと揺れた。
「それで受験はどうだったの?」
そう言いながら彼女は向かいの席に座る。
人を待たせたと言いながらもしっかりセットは買ってきているあたり彼女らしい。
今日は俺の受験の日だった。
先々週の共通試験を終え、今日は本番の大学の試験。
先ほどまで俺はそこで難題と悪戦苦闘して帰ってきたのだった。
「ボチボチかな
俺のレベルならなんとかできた感じ」
「それって自慢ですかぁ?」
そう言いながら彼女は口を尖らせる。
恋というのは恐ろしいものでそんな態度ですらとんでもなく可愛く見えた。
こんな可愛い子を俺は絶対に誰にも渡したくない。
「とりあえずお疲れ様
やっと終わったね」
「そうだな。
これでしばらくは勉強しなくてもいいや」
そう言いながら大きく背伸びをする俺を、彼女はニコニコしながら見ていた。
毎日放課後は一緒になって図書室で俺の勉強に付き合ってくれた彼女。
俺の受験だったけど自分も一緒に受験しているように感じてくれていたのかもしれない。
「それでこれからどこに行く?
せっかくの初デートなんだし楽しい事しようよ」
ポテトを口にしながら彼女が何気なく聞いてくる。
だが、その初デートという言葉が俺の胸にグサリと刺さった。
付き合い始めてからすぐに受験だったのもあってデートなんてしていない。
それだけにその言葉が重かった。
俺はデートというもの自体、生まれて一度もした事がない。
昨日は受験前日だというのに受験よりそっちの方が気になって落ち着かなかった。
当日の今日だって試験の合間にスマホで必死に調べてたぐらいだ。
だけど結局答えなんて出てこず……
「えっと……
どうしようか……?」
「ちょっとー
何も考えてなかったのー?」
その口を尖らすのはやめろ。
可愛すぎて俺の心がもたない。
もういつ死んでもおかしくないぐらいだ。
「でもしょうがないか、受験だったんだし
デートよりそっちの方が大事だよね」
「そんな事ないって
昨日兄貴にデートについて電話したら怒られたぐらいなんだから」
その言葉に彼女は目を丸くする。
なんでこの子はそんなに表情豊かなのだろうか。
俺には絶対に真似ができない。
「ちょっと、デートのせいで受験失敗したらどうするのさー?
私だけ受かって拓人が落ちたなんて嫌だからね?」
そう言いながら俺の肩を揺らす彼女は海外の大学が無事に合格したのだった。
これでついに卒業後に海外に行く事が決定した。
喜ばしい事なのにいまだに素直に祝ってあげれない自分がいる。
ほのかもそれを分かっているみたいで、あまりその話を俺に振ってこない。
「とりあえずここで話しててもしょうがないし
外に出てぶらぶら歩こうか」
そう言うと彼女は肩から手を離すと、テーブルに置かれた俺の左手を握った。
俺の心がドキリと揺れる。
「じゃあ早く行こうよ!
急がないと暗くなっちゃうし!」
そう言いながら俺の手を強く引いて立ち上がる彼女。
俺は椅子からずり落ちそうになりながら慌てて立ち上がり、彼女の後に続いて行った。
お店の外に出ると陽が傾き始めていた。
受験が終わったのが夜だったから仕方がない。
ほのかは繋いだ手を離さず歩き出した。
肌寒い中で彼女の手の温もりが強調される。
そういえば文化祭を回ろうとした時もこうやって手を繋いでいた。
あの時と違うのは、手を繋いでいる相手との関係。
当時の自分はまさか半年後にこうやって恋人として彼女と一緒に歩くとは思わなかった。
駅前の並木道を2人で並んで歩く。
どこを目指している訳でもなく、ただなんとなく歩いてるだけなのに心が跳ねた。
風が道端の枯葉を舞わせて吹き抜けていく。
横を歩く彼女の顔は終始笑顔だった。
あと何回見る事ができるか分からないこの笑顔を俺はしっかりと覚えておこうと思う。
やがて俺達は小さな公園にたどり着いた。
どこにでもあるような公園。
子供達が元気に走り回り、喧嘩もしたりしている。
「ちょっと寄っていこうか」
彼女の言葉に俺達は公園の中へと入っていった。
2つあるベンチ。片方には子供達の母親が座っており、反対側に俺達は座る。
ベンチに座る俺達の距離はまだ少しだけ遠慮があった。
あと数センチ寄っても大丈夫なんだろうけど、その勇気が俺には出せない。
本当に恋愛というのはもどかしい。
「ねえ拓人」
不意に名前を呼ばれ、俺は彼女に顔を向ける。
彼女は俺ではなく目の前の子供達に視線を向けていた。
「私達はずっと一緒だよね?」
その言葉に息が止まる。
うまい言葉が出てこない。
だけど……
「そうだよ」
出てきた言葉はそれだけ。
必死に頭の中を掻き回したのに。
兄貴ならもっとうまい言葉を言えたかもしれない。
でも恋愛初心者の俺には無理だった。
それからお互いに何も喋らずにただ子供達を見ていた。
喋りたい事はいっぱいあったはずなのに。
これなら前の関係の方がもっと話ができた。
どうしようもない歯痒さだけが俺の頭を掻きむしるように浮かび上がる。
何分経ったのだろう。
夕方を知らせるチャイムが鳴り、子供達は母親と共に帰っていった。
暗くなり始め街灯が灯された公園に残されたのは俺達2人だけ。
もう帰らないと遅くなってしまう。
「ほのか、そろそろ帰ろうか」
俺の言葉に彼女は「うん」とだけ言って立ち上がった。
その彼女の表情はどこか難しい事を考えているような気がする。
俺も一緒にゆっくりと立ち上がると出口に向かって歩き出した。
街灯の光が俺達の影を長くする。
「拓人」
後ろから声をかけられ振り向いた時だった。
すぐ目の前に彼女の顔。
閉じられた目。
そしてその唇が俺のものと軽く重なった。
本当に軽く。
壊れ物に触るぐらいに優しく。
だけどその瞬間、俺の時が止まった。
何も考えられない。
頭の中にあるのは唇に触れた感触のみ。
彼女の顔は暗がりでも分かるぐらいに赤くなっていた。
恥ずかしかったのか体をもじもじさせながら目線を下に逸らす。
俺はそっと右手を自分の唇に当ててみた。
あの瞬間の彼女の顔が頭に浮かぶ。
人生初めてのデートにして人生初めてのキス。
もう頭の中は彼女の事でいっぱいで。
他の事など全てどうでも良くなっていた。
「……ねえ、何かないの?」
俯くほのかのか細い声。
何かって言われても。
「えっと……柔らかかった」
そう言った瞬間、胸をバンと叩かれる。
今の言葉は間違いだったのか?
だとしたら正解はなんだったんだよ。
誰か今すぐ教えて欲しい。
「普通女の子の方からしないと思うんだけど」
そうなのか。
そんな事すら分からない俺は恋愛失格かもしれない。
でも、それなら……
俺は手を伸ばすと彼女の両肩にそっと置く。
「ほのか、顔上げて」
その言葉に彼女が顔を上げる。
頬を赤く染めた彼女の目は街灯の灯りのせいかキラキラしてて。
俺はゆっくりと顔を近づけた。
それに合わせるように彼女の目も閉じて——
2回目のキス。
さっきとは違い長い時間。
何秒だったのかなんて分からない。
でもその時間は永遠のように感じられた。
離れたくない。
彼女とずっと一緒にいたい。
彼女の唇の温もりが俺の中の気持ちを少しずつ熱くさせていった。




