第23話:雪の告白
雪が久しぶりに積もった次の日の朝。
俺は少し震えながら校門の前に立ち、最愛の待ち人を待つ。
出かける前の天気予報は今日も午後から雪が降ると言っていた。
だから今日もこんなに寒いのだろう。
だけど体の寒さとは裏腹に心は熱くたぎっていた。
足元の雪を踏むとサクサクと音が鳴る。
昨日の夜にはこんな風に楽しむ余裕もなかった。
だからこそ、この雪の感触が俺の気持ちを昂らせた。
「ごめん、待った!?」
不意に声をかけられ顔を上げる。
マフラーを巻いて手袋をして、でもその暑さではないだろうぐらいに顔を赤くしたほのかがいた。
「少しだけだよ」
「そっか。なら良かった」
彼女は笑みを浮かべながら俺の横に並ぶ。
学校に入っていく生徒がいる中、校門の前に2人で立つ。
なんだか奇妙な光景だ。
だけどクラスが違うほのかと話をしようと思ったらここしかない。
「……雪積もったね」
「……うん」
「これじゃいつもの場所行けないかもしれないね」
「……うん」
なぜか彼女とうまく話せない。
昨日嬉しさのあまりにメッセージを送ったのが、今になって恥ずかしくなった。
言いたい事が言えなくて体がムズムズする。
「良かったね」
その言葉に俺は彼女を見た。
彼女は俺の方を見ずにただ真っ直ぐ前だけを見ている。
赤かった顔は更に赤くなり、まるでりんご飴のようだ。
なぜそんなに顔を赤くしているのか俺には分からなかった。
だけど彼女も喜んでくれているのだけは分かった。
「でもまだ兄貴が話してくれるってだけだから」
俺の言葉に彼女は俺の方を向く。
目が頬と同じぐらいに赤くなっている。
ひょっとして昨日俺のために泣いたのだろうか。
「でもお兄さんが話してくれたらなんとかなるよ!」
その熱のこもった言葉が嬉しかった。
絶対に上手くいくと思える力強さだった。
朝の始業のチャイムが校門まで鳴り響く。
「あとでゆっくり話そ
雪の中過ごすいつもの場所も楽しいかもしれないよ」
その言葉に思わず俺は笑みを浮かべる。
こういう彼女の子供らしい一面。
俺はそういう所は好感を持っていた。
「分かった
じゃあ昼休みにいつもの場所で」
「絶対だからね!
寒い中女の子を待たせたら許さないよ!」
そう言う彼女の笑顔は眩しかった。
この眩しい笑顔のために俺は一生懸命になれた。
この笑顔が大好きだった。
そう思った瞬間、俺の中に思いが浮かんだ。
——俺は彼女の事が好きだったんだ
夏が終わる頃に初めて彼女と出会い、それから長い時間一緒に過ごした。
途中色々な事があったけど、それでも俺は彼女に助けられてきた。
今回も彼女の助けがなかったら今頃どうにかなってたかもしれない。
それを救ってくれた彼女。
そんな彼女とずっと一緒にいたい——
そう考えた瞬間、俺は彼女の顔を見れなくなっていた。
心臓がバクバク言い出す。
呼吸が少し荒くなり、言葉が何も出なくなった。
「どうしたの?」
急な俺の態度に不信感を持ったのか、彼女が俺の顔を覗き込んでくる。
やめてくれ。
今、俺にその眩しい笑顔を見せないでくれ。
「なんでもないから……
早く教室に行けよ」
そう言うのが精一杯。
これ以上言葉は出てこなかった。
彼女は少し不思議そうに俺を見ていたが、「じゃあ後でね」と言うと校門の中に入っていった。
彼女がいなくなったところで俺は大きく息を吐く。
恋なんて今までまったく興味もなかったのに。
でも今こんな事に気づいても彼女は後少しでいなくなってしまう。
なんで今このタイミングでそんな事に気づいてしまったんだろう。
やりきれず拳に力を入れる。
この場から動き出すのも正直辛い。
だけど授業はあるし中に入らないと。
俺は大きく息を吐き、小さな声で「よし」と言葉を吐くと雪を踏みしめながら歩き出した。
※※※※※※
昼休み。
まだ雪は降っていないが空に漂う薄暗い雲はいつ雪を降らせるか分からない。
俺はいつもの場所へと急いで向かった。
雪かきされている校舎周辺とは違い、図書室裏はまだ雪が積もっている。
それをしっかりと踏みしめながらいつもの角を曲がると、そこにはすでに彼女の姿があった。
割と早めに教室を出てきたはずなのに。
そんなに話をしたかったのか。
彼女が踏みしめただろう足跡の上を歩きながら、俺は彼女に近づく。
マフラーを巻いているがやはり寒かったのか、彼女の鼻先が少し赤くなっていた。
「早かったな」
そう言う俺に「まあね」と言いながら笑みを見せる彼女。
ベンチは雪が積もっており、仕方なく俺達はその場に立って話をする事にした。
「お父さんかお兄さんから何か連絡あった?」
「いや、まだない」
その言葉に「そっかぁ」と言いながら空を見上げる彼女。
そんな彼女を見ると朝の気持ちがまた蘇ってきた。
正直面倒くさい。
こんな事で彼女と話もできなくなるなら、恋なんて感情捨てたい。
「ねぇ」
空を見上げていた彼女が突然俺の方を向く。
「何?」
「雪合戦しない?」
突然の提案。
何を言い出してるんだこいつは?
高校生が学校で雪合戦を始めるなんて聞いた事ない。
そんな事を考えている間に彼女は足元の雪を掴むと俺めがけて投げてきた。
突然の事に避ける事もできず制服に雪がぶつかる。
「拓人くん油断しすぎだよー」
そう言って笑う彼女を見て俺もやる気になった。
足元の雪を掴むと彼女に投げる。
こっちは体育の授業でソフトボールのピッチャーをやってたんだ。
雪は避けきれない彼女の背中に当たった。
「やったなぁ」
彼女もまた雪を掴むと投げてくる。
俺達はいつの間にか全てを忘れ、互いに雪を投げ合っていた。
5分ほど雪合戦をやっていた時だった。
——突然ポケットでスマホが鳴った
全身が硬直しその場で立ち止まる。
ほのかが遠くから難しい顔で俺を見てきた。
今、俺に電話をしてくる相手など画面を見なくても分かる。
全身が震えた。
ほのかの声もボンヤリとしか聞こえない。
だけどこの電話に出なければ俺の未来は塞がったままだ。
俺はゆっくりと手をズボンのポケットに入れた。
スマホが温かい。
取り出して画面を見ると、やはり相手は俺の思っていた通りだった。
受話を押し、凍りついたような指でゆっくりと耳に当てる。
「……拓人か」
俺の全てを壊そうとした相手の声。
俺の心がざわめき出す。
「……そうだけど」
本当は言いたい事は沢山あるのに口に出せない。
兄貴が言っていた事を思い出す。
そう思うと俺はこの相手によく似て不器用なんだろう。
「冬馬から話は聞いた」
「そう」
「学校からも昨日の夜に電話があった」
「学校から……?」
まさか学校がそんな事をしたとは思わなかった。
あの担任が何かしたのだろうか。
「お前は……
その学校にいたいのか?」
初めてだった。
いつも人の話を聞こうともしない親父が、初めて俺に質問してきた。
そう思った途端、堰を切ったように俺の口から言葉が紡ぎ出された。
「当たり前だろ!
俺はここでようやく自分の道を進めるようになったんだ
今更あんたの引いたレールになんて乗りたくない
俺は自分の人生をここからスタートさせたいんだ!」
親父が無言になる。
冷たい風が俺の中を吹き抜ける。
いつの間にかほのかが隣に来ていた事に気づかなかった。
「……いいだろう」
一瞬、風の音しか聞こえなかった。
まるで時間が止まったように感じた。
親父が初めて俺の意見を認めてくれた。
それが何より嬉しかった。
俺の事をようやく認めてもらえた気がした。
「ただし」
親父の言葉が追加される。
俺は身構えてその続きを聞く。
「受験前の最後のテスト
そこで1番を取ってみせろ
それができなければ転校させる」
「……分かった」
やってやろうじゃないか。
それで俺の世界が守れるのなら。
隣にいる彼女と残り少ない時間を過ごせるのなら。
「絶対1番取ってやるよ」
その言葉に親父はちょっと笑ってた気がした。
顔は見えなかったけど息遣いでなんとなく感じた。
この人は兄貴の言っていた通りただの不器用な人だったんだな。
電話を切ると横で待っていたほのかが声をかけてくる。
「お父さん……なんだって?」
「次のテストで1番取れって」
「それだけ?」
「そしたら俺は転校しなくていいってさ」
その言葉に彼女の体が震え出す。
俺はそっと彼女の肩に手を乗せた。
「ほのかのおかげだよ……
俺、戦えた」
彼女は体を震わせながら「うん、うん」と何度も頷いた。
その目には涙が浮かんでいた。
そんなに俺の事心配してくれてたのか。
俺は彼女に笑みを見せた。
ぎこちなかったと思う。
だけど、それが俺のできる精一杯だったから。
「……拓人くん」
少しの沈黙の後、彼女が不意に俺を呼んだ。
「何?」
彼女は下を向き、両手をぎゅっと握っていた。
靴の先で雪をかき混ぜながら、何かを決意するように深呼吸をした。
そして顔を上げたとき、その瞳にはまっすぐな光が宿っていた。
「私は……」
真っ直ぐな瞳が俺を見る。
何かを決心した迷いのない瞳。
俺は黙って次の言葉を待った。
「……拓人くんが好きです」
その言葉が雪に溶けた。
世界が静まり返り、雪の音すら消えた。
俺は何も言えずに、ただ彼女を見つめていた。
白い息だけが、二人の間に揺れていた。
作品の評価や感想をいただけると非常に励みになりますのでぜひお願いします!
またXは以下のアカウントでやっています。
ぜひフォローお願いします!
@aoi_kamiya0417




