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君を信じた最後の季節ー約束は空の向こうでー  作者: かみやまあおい


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25/25

最終話:君を信じた最後の季節

 在校生からの送辞が終わると、いよいよ卒業式も終わりへと近づいてくる。

 椅子に座りながら俺はもう来る事のないこの場所を見渡した。


 体育館の窓から差し込む光がどこか懐かしく見える。

 この光の下で、俺たちは三年間を過ごしてきた。

 そして気づけば——今日が最後の日だ。


 思えば、この半年は特に濃かった。

 激動といってもいいと思う。


 親父に対抗するためだけに2年半1人で勉強をし続け、何もないままこの学校を卒業すると思っていた。

 そんな灰色の毎日に突然現れたあいつ(・・・)

 ほのかと出会って俺の生活は少しずつ色づいていった。

 共に笑い共に泣いて、そして共に運命に立ち向かって。

 そんな毎日がおれを大きく変えた。


 名前を呼ばれて返事をしたあと、拍手に包まれながら席を立った。

 見上げた天井の鉄骨が少し滲んで見えた。 


 式が終わって教室に戻る。

 机の上に手を置くと、指先に刻まれた小さな傷跡の感触があった。

 三者面談のときにあの苛立ちのままにつけてしまった傷。

 この机の傷は消えることはない。

 俺がここにいて戦った証だ。


 その傷を見つめながら、胸の奥が静かに疼いた。

 もうこの机に座ることはない。

 そう思うと、不思議と時間がゆっくり流れた。


 教室を出ると俺は廊下を歩く。

 最後に向かうのは、いつもの場所だ。

 この角を曲がれば——きっと、あの笑顔が待っているはず。


 角を曲がった瞬間、予感は現実になった。

 春の光の中でベンチに座り晴れ渡る青空を眺めている姿。

 半年近く同じ光景を見続けてきた。

 明日からはこの光景も見る事はできない。

 俺はゆっくりと彼女のそばへと歩みを進めた。


「待った?」


「ちょっとだけね」


 俺の言葉に彼女は笑顔のまま返してくる。

 このやりとりももう何度目だろうか。


 彼女と作り上げた半年間。

 それは俺を大きくさせ、新しい道へと導いてくれた。

 今の俺は誰にでも笑顔を見せる事ができるようになった。

 半年前の自分に教えてやりたい。

 早くその世話焼きで真っ直ぐな女の子と仲良くなれと。


 俺はゆっくりとベンチに近づくと彼女の隣に座った。

 数ヶ月前までは2人の間には少しの距離があった。

 それは近いようで遠かった距離。

 だけど今は彼女に簡単に触れる事ができる距離まで近づいていた。


「今日でこの学校ともお別れだね」


「そうだな」


 風が吹いて、彼女の髪がふわりと揺れた。

 春の匂いがした。


「ほのか、明日もうアメリカに行くんだろ?」


「うん……

 まだ入学には早いんだけどね

 でも向こうの生活に慣れろってお父さんがね」


 彼女は視線を足下に落とす。

 俺の心が震えていた。

 心だけじゃない。体全体が震えていた。


 アメリカに行ってしまえばしばらく会えない。

 やっと思いが重なって、これから楽しい思い出をたくさん作りたかったのに。

 彼女と行ってみたい場所もたくさんあったのに。

 やりたい事も沢山あったのに。


 気づけば俺は、彼女を抱きしめていた——

 温かく甘い匂いがする。

 こんなにも彼女は柔らかかったのか。


 彼女の躊躇いがちな「拓人……」と呼ぶ声が聞こえる。

 彼女がそっと俺に腕を回してきた。

 春の優しい風が俺達を包み込む。

 俺達は今この時間だけを大切に感じていた。


 二人で手を繋いで校門を出る。

 これで俺達の高校生活は終了だ。

 この繋いでいる手も離さなくちゃならない。


 ここからは俺達は新しい道に進む。

 彼女は海外へ、俺は医者への道を歩む。


 帰り道がいつもよりもくすんで見えた。

 まだこの道を通り過ぎたくない。


「なあ、ほのか」


「なに?」


 彼女が笑って俺を見る。その笑顔に、胸がざわついた。

 まともに彼女の顔を見る事ができず、俺は後ろの校舎に目を向けた。


 あの雪の告白からずっと考えていた事。

 それを言わなきゃいけない気がした。

 今言わなきゃ、きっともう二度とチャンスがない。


「お前が日本に帰ってきたらさ——」


 喉の奥がからっぽになる。

 心臓の音だけがうるさいほど響いてた。


「……俺と、結婚しよう」


 言ってしまった。

 頭の中で何度もシミュレーションした言葉が、現実の声になると、思っていたよりずっと子供っぽく聞こえた。


 ほのかは瞬きをしたまま、動かない。

 俺達の横を何人もの生徒が取り過ぎていく。

 仲が良さそうに歩く男女もいた。


 やがて、ほのかはかすかに笑った。

 けれどその笑顔は、困ったように少し震えている。

 その様子に俺は覚悟を決めた。


「拓人……」


 小さく俺の名前を呼ぶ声がどこか優しくて、どこか痛かった。


「……ごめん。まだ、そういうの考えられないや」


 その言葉が風みたいに通り抜けていく。

 俺はただ、何も返せなかった。


「ほら、私たち、まだ始まったばっかりでしょ?」


 そう言って、彼女は笑おうとした。

 でもその笑顔の奥にどうしようもない距離があった。


 春の光が彼女の髪を透かして俺の目を刺す。

 ああ、そうか。

 俺はまだ、子供のまんまだったんだ。

 大学に受かり、高校を卒業し、俺は自分が大人になったものだと思っていた。

 だけど中身はまだまだ子供で。

 ましてや恋愛など初めての経験だったから。

 そんな言葉を発してしまった自分が恥ずかしい。


「でも」


 彼女は視線を再び俺に戻し、眩しい笑顔で返す。


「そうなれたらいいよね」


 その言葉に俺も笑みを浮かべて頷いた。

 舞い散る桜の花びらが俺を祝福しているようだった。


 ※※※※※※


 あの高校最後の日から3年が経った。

 俺は大学で医者になるための勉強をしている。

 難しい内容も沢山あり、挫けてしまいそうな時もある。

 だけど家族が俺を支えてくれた。


 大学生になり一人暮らしから実家に戻ると、親父は人が変わったかのように俺と話すようになった。

「今日の患者に面倒臭い人がいた」とか「たまには私と一緒に出かけないか」とか。

 本当は今までこの人はこうやって俺と接したかったのかもしれない。

 今なら親父の気持ちもなんとなく分かった。


 母親も前みたいな態度じゃなく、俺をちゃんと息子として見るようになった。

 正確には昔からちゃんと俺を息子として見ていたらしい。

 ただ、親父があんなだったから表立って接するのが難しかったと。

 夫婦になるのって難しいものなんだなと俺は感じていた。


 そうやって俺も家族と断ち切ったと思っていた繋がりを再び繋ぎ始めていた。


 授業が終わると俺は教室の外でベンチに座っていた。


「雨宮、お疲れ」


 クラスメイトが声をかけてくる。

 こうやって大学で一人じゃなくなったのも全部あいつのおかげ。

 今は海外で頑張っている彼女。

 次に帰ってくるのは年末年始で、その時にどこに行こうかとこの前話していた。


 前に会った時、ほのかはすごい大人な雰囲気になっていた。

 俺も置いていかれないように頑張らないといけない。

 同じペースで成長してあいつの隣を歩けるようになりたい。


「お前、年末年始どうするの?」


 クラスメイトの質問に


「俺? 俺は彼女と過ごす予定」


 と胸を張って返す。

 こんな事も自然と口に出るようになった。

 全てはあいつのおかげ。


「おい!

 お前ら大変だぞ!」


 もう1人、クラスで仲良くしているやつが慌てて走ってきた。

 手に持ったスマホをなぜか掲げながら。


「なんだよ竹下

 大変って何があったんだよ」


 質問された竹下は息を切らしながらスマホの画面を俺達に差し出す。

 それを見た瞬間、俺の中の世界が止まった。


 ——アメリカの大学に飛行機が墜落。教師生徒の半数以上が死亡。


 目を疑った。

 息ができなかった。

 画面の文字が歪んで見える。

 何度読み返しても、意味を拒絶したくなる。

 彼女が、そんな場所にいるはずがない。

 だけど飛行機が落ちた場所は彼女のいる大学……


 信じたくなかった。

 ただのニュースだ。

 きっと違う。

 同じ名前の別の大学だ。

 そう言い聞かせながら、俺は震える指でメッセージを打った。


 頼む。

 早く読んでくれ。

 平気だと返信してくれ。


 送信ボタンを押す音が、やけに遠い。

 少し待ったが既読はつかない。


 再送。

 もう一度。

 何度も。

 なのに、画面は沈黙を続ける。


「おい、雨宮……」


 クラスメイトの声が聞こえた。

 遠い。

 全部、遠い。


 胸の奥で何かが弾けた。


「嘘だろ……」


 声が震える。


「嘘だろ、嘘だろ、嘘だろ!」


 スマホを握る手に力が入りすぎて、指先が痛い。

 だけどそんなことどうでもよかった。


 世界が崩れていく。

 体が勝手に動いて、気づけば地面を拳で叩いていた。

 何度も、何度も。

 床に血が滲んだ。

 痛みも、涙も、止まらなかった。


「返せよ……」


 喉の奥から声が漏れた。


「俺の未来を、返せよ……!」


 彼女と過ごした時間。

 彼女と見た景色。

 彼女が笑った春の日。

 全部が記憶の中で溶けていく。


 そのとき、ポケットの中でスマホが震えた。

 通知が一つだけ光った。


『次帰った時に新しくできたお店行きたいな』


 送信時刻は……事件の数分前だった。


 ——世界が音を失った


 体が崩れた。

 声が出なかった。

 涙だけが頬を伝って、地面に落ちていった。


 どうして。

 なんで。

 誰がこんなことを。


 神様なんていない。

 いるならどうして俺から彼女を奪った。

 これから2人で幸せになろうと話をしていたのに。

 アメリカから帰ってきたら結婚しようと話をしてたのに。


 目の前の景色が滲んでいく。

 何も見えない。

 いや、見たくなかった。


 大声で彼女の名前を叫ぶ。

 喉が裂けても構わなかった。

 世界中に届くほどの声で泣き叫ぶ。


 だけど返事はなかった。

 彼女の声も、笑顔も、もうどこにもない。


 気づけばスマホの画面は消えていた。

 騒がしい音や俺を呼ぶ声が聞こえてくる。

 だけど俺の時間は止まったままだった。


 けれど、頬をかすめた風の中に、ほんの少しだけあの春の匂いがした。

 それだけで、涙がまた溢れた。


 数日後に彼女の通夜が自宅で執り行われた。

 部屋を出る気にもなれず学校にも行けなかった俺に、大事な人の葬儀に出ないでどうすると兄貴が叱ってきた。

 正直どうでもよかったし、彼女はまだ生きていると思っている。

 だって彼女のものと思われる遺体は現場からまだ見つかっていないのだから。

 それでも俺は仕方なく喪服に着替え彼女の家へと向かう。


 アメリカに行く前に俺は一度彼女の家に行った。

 ご両親に挨拶をすると、「未来の医者ならほのかも安心だな」とお父さんは笑ってくれた。

 お母さんも「いつでもご飯を食べにきていいからね」と言ってくれた。

 それからもたまに寄っては顔を出している。

 だからこそ今日こんな空気で会いたくなかった。


 彼女の家の前に着くとすでに通夜の準備は行われていた。

 芳名帳に名前を書き中に入っていく。

 参列者の中には高校時代に見た事のある女子の顔もあった。

 文化祭の時に俺の事を酷く言った女子の姿もある。

 俺は一番最前列のご両親の元へと向かった。


「……ご挨拶に来ました」


 その言葉にご両親は顔を上げる。


「拓人君……ありがとう」


 お父さんは涙を流しながら俺の手を握った。

 その握る手の力の無さが俺の心を少しずつ深みに沈めていった。

 お母さんはは価値で涙を拭いながら「せっかく拓人君といういい人と出会えたって言うのに」と声を漏らしていた。


 俺はそっと祭壇の方を振り向く。

 遺体の入っていない棺桶の上にほのかの笑顔の写真が飾られていた。

 その笑顔に俺は助けられ、そして恋をした。

 そんな事を思い出していたら自然と俺の目から涙が流れた。


 あのニュースを見た時に俺の涙はとっくに枯れ果てたと思っていたのに。

 まだ泣く事ができるぐらい俺の中でのほのかの存在は大きかったらしい。

 俺にはもうその写真を見続ける事は耐えられなかった。


 形ばかりにお線香を添えると「じゃあ帰ります」とだけご両親に伝える。

 ご両親は「またいつでも遊びに来てね」と言ってくれた。

 ほのかの部屋はそのままに残しておくらしい。

 わかりましたとだけ言うと、俺はそっとその場を立ち去った。


 ほのかの家を出た後、いつの間にか俺は近くのビルの屋上に来ていた。

 なんでこんなところに来たのか分からない。

 空にいるほのかに近い場所に来ようと思ったのか。


 柵に手をかけ俺は途中でコンビニで買った缶のアルコールに手をつける。

 医者として酔っていては正確な手術ができないため、酒類は禁止だと親父に言われた。

 それは学校でも当然だ。


 だけど俺はその規則を破った。

 空に缶を向け一気に飲み干す。


「ほのか……お前は今その空の向こうにいるのか?」


 俺の言葉が虚しく奥女に響き渡る。

 前までは俺が名前を呼ぶと大体どこかから彼女が姿を現してくれた。

 だけど今はその姿も現さない。


「お前が空の向こうにいるなら……俺も会いにいっていいかな」


 ほのかのいない世界なんて俺には興味がなかった。

 再び灰色になった世界に俺は未練はなかった。


 屋上に立っている申し訳程度の転倒用の柵に手をかける。

 あっさりと乗り越える事ができた。


 下を覗くとまだ夜も早い時間のせいか車が道路を何台も通っている。

 あの車に乗ってる人達は明日も未来を見据えて頑張るんだろう。

 だけど俺には頑張ろうと思う未来が見えなかった。


「待ってろよ、ほのか」


 足を一歩空中に出した。

 もう一歩前に進めばきっとほのかの所に行ける。

 躊躇う理由はなかった。

 もう一歩前に出ようと体を動かそうとする。


 ——その時だった


 軽快な着信音が俺のポケットから流れ出した。

 この曲はあいつのためだけに設定した特別な着信音だ。

 慌てて俺は足を引くと柵にしがみつく。

 そしてポケットからスマホを取り出した。


 漆黒の夜空とは正反対に光り輝くスマホの画面。

 その中心に表示される発信者の名前。


『槙島ほのか』


 夢じゃないだろうか。

 お酒を飲んで幻覚を見ているのかもしれない。

 だってあいつはあの事故に巻き込まれたんじゃ……


 恐る恐る通話のボタンを押すとスマをを耳に当てた。


「……もしもし?」


 数秒の沈黙。

 だけどこれは海外の相手と通話する時の若干の時差。


『……もしもし、拓人?』


 聞こえてきた声は俺の最愛の人の声。

 どれだけ聞いても足りないぐらいに聞きたかった声だった。

 自然と俺の頬を涙がつたっていく。


『ごめんね、連絡できなくて

 お父さん達に連絡したら早く拓人に連絡してやれって言われて……』


 ほのかの明るい声が俺に何かを伝え続けているが、内容は耳に入ってこなかった。

 ただ俺はもう一度この声が聞けた事だけが何よりの幸せだった。


 スマホを耳に当てながら俺は夜空を見上げる。

 空に瞬くのはいくつもの星達。

 その輝きが俺を祝ってくれているようだった。


 俺の生きていく道はここで途絶えていなかった。

 まだまだ俺は先に進める。

 今はただこの幸せを心から噛み締めるのだった。

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― 新着の感想 ―
遅ればせながら、読了いたしました。 ほのかちゃん……。拓人くんのこの先を思うと胸が痛くなりますが、どうか、前に進んでほしいと願うばかりです。
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