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全力疾走

鹿毛彰子が顔を青くして走り回っているのと同時刻――――


異空間に閉じ込められている筈の月神凪は、冷静だった。


(異空間に引っ張り込まれたか。・・・・今のところ、敵は居ないようね。)


荒涼とした大地が広がる光景を前にして、三人でぽつんと立ちながら、凪はすぐさま襲われなかったことに安堵する。警戒態勢は解除しないが。

乾いた大地から砂埃が巻き上がり、目に入らないよう目を少し眇める。


修行で使ってた異空間と景色が似てるな、と懐かしんでいると、我に返った狼神君が安否を確認する。


「栞奈!・・は、大丈夫そうだな。・・・・森嶋さんは、大丈夫?」


幼馴染の状態を真っ先に確認した彼は、こちらにも気遣ってくれる。自分も閉じ込められてるのに、いい人だな、狼神君。


「ええ、大丈夫。狼神君も大丈夫?」

「ああ、俺はなんともない。」


安心させるように微笑む狼神君と、先程から吃驚顔からピクリとも動かない巫女。ざっと見た限り身体的問題はないようだ。


 硬直する巫女殿にも声を掛けようかと思ったが、もう少ししてからの方がいいだろう、と再び敵地観察(リサーチ)に戻る。

 周囲には身を隠せるような森どころか草すら一本もなく、遠くに切り立った岩場が見えるだけだ。

 岩場までの距離は、目測でおおよそ600m。身を隠すところもありそうだし、高さもそれ程なさそうだから、登れば周囲を見渡せるだろう。


一旦、現状把握と整理のために、狼神君へ話しかける。


「・・・ここ、なんなのかな。さっきまで学園の森に居た筈なんだけど・・・。」

「・・・多分、あの石灯籠に触ったときに、異空間に移動させられた、んだと思う。・・・・なんでかはわかんねーけど。」


 ちょっと奥歯に物が挟まったような言い方をする狼神君。

 異空間に閉じ込められた目的は、もちろん『神無月の巫女』である彼女を捕えるためだろうが、それは一般生徒である『森嶋凪』は知らないことなので、そんな曖昧な物言いになってしまったのだろう。


(ということは、彼は幼馴染が『神無月の巫女』であり、妖怪たちに狙われていることを知っているのか。なるほど。)


彼に調子を合わせるように、何も知らない風を装って、不安気を装って、話を続ける。


「異空間、かぁ。・・・ここから出られるのかな・・・。あ、ごめん、狼神君も一緒に閉じ込められてるのに・・。」

「いいって、気ぃ遣わなくて。・・・そうだな、この空間の要を壊せば出られる、って聞いたことある。」


真剣な目をして腕を組む彼に、そうなんだよかった、と相槌をうつ。


・・・・そう、簡単に出られるのだ。だから、凪は微塵も不安に思っていない。

もしも、その壊すべき空間の要が妖怪であったとしても。


(いざとなれば、霊力解放して妖怪を倒せばいいし、これくらいの空間なら、まあ、多少危険だけど、空間自体(・・・・)に霊力ブチ当てれば簡単に壊せるし。)


今すぐそれをしないのは自己保身からだ、と凪は自嘲する。

こんな状態になっても、己の正体が露呈しないよう考えるなんて、救いようがない。


と、ここで復活した永月栞奈が会話に加わる。


「わわ、異空間とか初めて―!ビックリしたけど、出られるんだ!よかったー。」

「いや、まだ要がなんなのかわかんねーから、そんなに簡単に安心すんな。っとわりぃ、森嶋さん、不安にさせるようなこと言って。」


私には謝らないのー、と怒る彼女の頭を押さえつつ、すまなそうな顔をする狼神君に、平気だと答えたが、その声は残念ながら彼には届かなかった。



目の前の大地が裂け、巨大な大百足がその姿を現し、その巨体に相応しい金切声をあげた。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


(まずい、非常にまずいわね。)


永月栞撫の手を掴みながら走る狼神君に続いて、岩壁の裂け目に逃げ込み、走りながらも凪は思案する。


 細い裂け目を物ともせず、全長10mはありそうな巨体が身をくねらせながら、岩を砕きながら追いかけてくる。

 通常の百足ではありえない大きさ。十中八九、こいつがこの空間の要の妖怪だ。


ただの大百足の妖怪であったら、遠くから地味に岩を投げて倒すことも検討できたのだが、後ろに迫りくる奴には難しいだろう。


「ギギッ、オレ、喰う、ミミミミ、みこ、タベテイイ、ギギガガガッ」


(意識の混濁に、あの膂力。・・・・それに『タベテイイ』、ね。おそらく、あの大百足とは格の違う大妖の血でも飲まされて、暴走させられてるな。)


過ぎた力はそれに見合う器でなければ身を滅ぼす。

あれでは、『神無月の巫女』の血一滴でも味わえば、たちまち存在ごと消滅するだろう。


私たちを巻き込んで、だ。


 これはもう、はぐれた振りでもして、霊力解放してこの空間ごとこっそりあの大百足を焼き尽くすか。危険だからあんまりいい案じゃないが。

 二人を気絶させて戦うことも考えたが、さすがに暴走する妖怪から意識のない人を庇いながら戦うのはリスクが高い。主に二人にとって。


丁度、前に続く裂け目が二股に分かれている。これは好都合。


(さて、はぐれますか。)


右に行こうとしている彼らを見て、凪は迷わず左へ行こうとした。


突然、目の前で、永月栞撫が何かに躓いたのか、ここまで全力疾走してきた弊害なのか、狼神君の手から離れ、豪快に転んだ。

反応しきれなかった彼は、数歩彼女から離れてしまう。


と同時に、後ろからヒヤリとする圧迫感を感じる。


「っ!!」


 凪は反射的に彼女を抱え込んで、巫女を狙った百足の歯だか角だかを身体を捻って躱す、が躱しきれなかった。

 大百足は凪の左腕を掠めて、派手に地面へ顔をめり込ませ、少々もがく。その隙に、巫女を抱えたまま、それから距離を取る。

 巫女の足をちらりと見ると、多少痙攣をしている。まあ、普通の女子高生が1km弱全力疾走したらそれはそうなるか。


「栞奈っ!おい、大丈夫かっ!・・・森嶋っ、お前、怪我っ!」

「も、森嶋さんっ、ご、ごめんっ、わたしのせいでっ!」


「大丈夫、かすり傷だから。」


血の滲む左腕を二人に振って見せながら、視線は大百足から離さない。

もう、巫女は走れない。となると、狼神君も走らないだろう。


足を止めた獲物を前に、大百足は硬質な皮膚をこすり合わせ、狙いを定める。



―――― 凪は、選択を迫られた。『月神凪』になるか、『森嶋凪』として死ぬか。



※補足です。

サブタイトル「ただし永月栞奈に限る」


 異空間に対して、反応が三人とも普通ですが、この世界では妖怪も存在感は薄いですが、現実のものとして受け入れられてます。

 そのため、陰陽の技とかも一般に浸透はしてませんが、知られています。

なので、一般人でも異空間は『実際にあるのは聞いたことはあるけど見たことない』レベルの存在です。軍事技術なので、商用利用はされてません。

 いつか本編にもそのあたりの背景を出せたらいいな・・・・。

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