第4幕 卵の殻は乗り物になった
焦燥に駆られながら視線を彷徨わせていた俺の目に、ふと地面に散らばる「白い破片」が飛び込んできた。
それは、先ほどゼグの奇襲によって砕け散り、周囲に飛び散っていた俺自身の「卵の殻の破片」だった。
(……待てよ? もしかして、あれ、まだ使えたりしないか?)
脳裏に、ふと一つの閃きが走る。
殻が割れる前、俺はこの硬い殻そのものを全身の感覚として自在に操り、転がったり跳ねたりしていた。中身の方で動くようになってすっかり忘れていたが、その感覚を思い出せばあの殻を動かせるかもしれない。
藁にもすがる思いとはまさにこのことだ。
俺は一番大きくて形状が舟の底に似ている殻の破片に意識を傾けた。そして、その破片に向かって強く念じる。
(頼む、動いてくれ……!)
すると、地面に転がっていた殻の破片が、俺の意思に反応してゆっくりと動き出し、こちらに向かってきた。
(おおっ……!? 動いた……ッ!)
俺はすぐそばまで来た殻の上に、生身の身体を滑り込ませる。元は中身だったこともあり、即席の小舟のような殻に俺の体はぴったりと収まった。
(良い感じだ。よし、いけ!)
俺の意志に呼応するように、殻の破片が勢いよく前方に滑り出した。シューッと静かながらもかなりのスピードを伴って、街道の石畳の上を滑走していく。
(やった! これなら余計な消耗を抑えられるぞ……!)
『おぉ……! すばらしい機転です、アルツ! まさに起死回生の一手ですね!』
アストライアの歓声が脳内に響く。
(あのな、誰のせいでこんなことになったと……まあいいや。これで移動の問題はクリアだ)
即席で作った「卵の殻の乗り物」は、予想外に快適な移動手段と化していた。
風圧を殻の破片が受け止めてくれるおかげで、生身の身体に直接ダメージが及ぶこともない。最大HPの減少スピードも、先ほどまでの激しい消耗に比べれば劇的に緩和されていた。
(急ごう、魔王城はもうすぐ目の前だ!)
殻の破片を巧みに操り、俺は魔王城へ向けて再び全速力で滑走を開始した。
◇
即席の乗り物のおかげで移動の負担は激減したものの、完全に消耗が止まったわけではない。刻一刻と迫る賞味期限のプレッシャーを感じながら街道を進んでいると、前方の木陰から、魔王軍の斥候であるゴブリンの群れが飛び出してきた。
「ギギャーッ!」
武器を振り上げながら襲いかかってくるゴブリンたち。
(邪魔をするな!『ウィンドカッター』!)
放たれた風の刃は、一閃のもとにゴブリンたちの群れを切り裂き、綺麗に消し飛ばす。敵を撃破すること自体は相変わらず容易かった。だが――
(……あれ?)
魔法を放った瞬間、俺はほんのわずかな違和感を覚えた。
(今の風の刃、なんか少し威力が弱かったような……気のせいか?)
不審に思った俺は、改めてステータスウィンドウに目をやった。
――――――――――――――――――――
HP:780,000 / 780,000
攻撃力:9,750
防御力:9,600
――――――――――――――――――――
(……おい、嘘だろ……)
俺は思わず動きを止め、殻の破片の上で固まった。
(確か、攻撃力も防御力もカンストしてたはず。何で急に?)
数値の低下に、俺は動揺を隠せなかった。
(アストライア! どういうことだこれ! 最大HPだけじゃなくて、攻撃力も防御力も下がってるぞ!)
脳内に響いてきたのは、これまで以上に露骨に気まずそうな、歯切れの悪い女神の返答だった。
『あ、ええと……その……い、言っていませんでしたっけ?』
(聞いてねぇよ!! なんだよそれ、最大HPが減るだけじゃなくて、戦闘能力まで比例して落ちていくのかよ!?)
『う、うぐっ……それはですね、世界の制約でぇ……しょ、しょうがないじゃないですかぁ……! 肉体の鮮度が落ちていくということは、魂に付与された魔力や身体のキレも一緒にボロが出てくるということでして……それに殻を壊されなければ、そんなに下がることはなかったんですよぉ!』
(ぐぬっ……!)
アストライアの半ば泣きそうな、女神の威厳のかけらもない言い訳に、俺は思わぬ反撃を受けた。確かに、殻を破られたのはあの暗殺者ゼグの奇襲を許した俺の油断が原因だ。理不尽ではあるが、原因の一端は自分にもある。
(……ま、まあ世界の制約ならしょうがないよな。うん。これ以上下がらないうちに先を急ごう)
『わ、分かっていただけましたか……? と、とにかく! これ以上賞味期限が切れてステータスが落ちていく前に、一刻も早く魔王城へたどり着くのです!』
(言われなくても分かってるよ……!)
理不尽な仕様に文句を言いたいことは山ほどあったが、ここで立ち止まっている暇はもう一分一秒たりとも残されていない。
これ以上の能力低下を防ぐため、俺は無駄な戦闘を徹底的に避けることにした。道中で遭遇する雑魚魔物たちは、必要最低限の回避行動や、最小限の魔法でいなすのみに留める。
(待ってろよ魔王……。賞味期限が切れて完全に腐っちまう前に、絶対に引導を渡してやる!)
即席の「卵の殻の乗り物」を操り、俺は刻一刻と残り時間が減っていく焦燥感を胸に抱きながら、魔王城のそびえ立つ中心地へ向けて、再び力強く滑走を続けたのだった。




