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あぶはちとらず改稿版 ~全員片思いのすれ違い群像劇~  作者: 井氷鹿
第1章 Grasp all , Lose all.1 1995年 夏 亘編

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4.本木に勝る末木なし1 The first is the best.

 ダラダラ歩いているうちに店に着いたようで、先輩がこっちこっちと手招いた。

 え、店どこだ。入口が分からんぞ。きょろきょろしてたら先輩の声。

「そこの灯り、見える?」

 先輩が指さした先に、立派な格子戸があった。

 その戸口に灯りがあり、「灰かぶり」と毛筆の文字が読める。 

「料亭みたいっすね」 

「ああ、こっちはな。オレたちが行くのはその上」 

 と玄関口の上を指す。 

 先輩の言う会員制のお店は、この料亭の二階にあった。

 入口でチェックされる事もなく、普通に入店。

 何だか拍子抜けだ。

「いらっしゃいませ。久しぶりね、平川ちゃん。こちらは?」 

 着物を着た年配の女性が出迎えてくれた。

 ふくよかな体形で和装がよく似合う、きれいな人だ。  

「ご無沙汰、ママ。あ、紹介するよ、今オレの下で働いてもらってる日向亘(ひうがわたる)だ。まだ院生だが優秀だぞ」

 紹介され、ママが僕の顔をじっと見つめた。

「日向亘さん、いらっしゃいませ。クラブシンデレラのママの絹子です」

 何だか前にも会ったような気がする。名刺をもらうが、名前に覚えはない。

 誰だっけ。

 僕も出そうと背中に回していたバッグを外そうとしたら、やんわり止められた。 

「お名刺は後ほど頂くから、慌てなくても大丈夫ですよ」 

 にこやかにそう言うと、ママはカウンターに向かって声をかけた。 

「お二人様」

 直ぐお席用意しますからお待ちくださいね、と僕らにカウンターの椅子を勧める。 

 カウンターにはおしぼりを持った女の子と、所謂黒服と呼ばれるボウタイにベストを着た若い男が立っていた。 

「え?」 

「あれ?」

 僕と立っていた黒服が、ほぼ同時に声を上げる。 

「わーちゃんじゃん!!」 

(いつき)?」

 破顔した樹がカウンターに身を乗り出して抱きついてきた。

 先輩は女の子からおしぼりを受け取りながら、何事だと僕を見る。

「知り合い?」 

「ええ、幼馴染の一人」 

「そうそう。わーちゃんとは小学校からの付き合いなんだ。崇たかちゃんの大親友」 

 崇直たかおのねぇ、などと先輩が言っている。

 そっちこそ崇直知ってるのかよ、その方がびっくりだよ。 

 仲の良さをアピールかのように、興奮気味の樹が僕と肩を組む。

 そこへママの声が入ってきた。

「え、イギリスから来たあの坊やもしかして」 

 は? やっぱりお会いしたこと…… 

「ほら、紅緒が退院した年の運動会、みんなで一緒にお弁当食べたの覚えてないかな」 

 うわっ、紅緒の叔母さんだ!

「し、失礼しました。ご無沙汰しております。近くに住んでいながら……」 

 慌てて席を立ち頭を下げたら、ママさんがまぁどうしましょうと走り寄ってきて僕を席に戻す。

「そんな恐縮させてしまって、ごめんなさいね。懐かしくってつい」 

 そう言って頭を下げた。またまた恐縮してしまう。 

「いえ、こちらこそ」 

「むこうにお席用意できましたから、行きましょうか」 

 そう言って微笑む。

 うわぁ、やべぇ笑った目元がそっくりだ。

「紅緒は今父と下に行ってるから、直ぐ呼びますね」 

 と先輩と僕に言う。 

 何だって? まてまて、ちょっと待って。 

 紅緒って言ったよな今。紅緒って。 

 どーゆーこと?

 父って、まー爺じぃまで来てるのか。

 って、それより何で紅緒まで居るんだよ。

 やばい、すげーやばい。顔が熱くなってきたぞ。

 あーっ、また涙出たらどうしよう。

 そりゃ、ひょっこり出てこないかなとは思ったよ。

 思ったけど、まさかマジで?

 ええぇ……っ

 それより、どんな顔すりゃ良いんだ。 

 あ、いつの間にか持っていたウエルカムドリンクが空になってる。

「わーちゃんそれ、モヒート。それも平川さんばーじょんだから、……濃いよ」 

 そんな呑気な樹の声にハッとなり、我に返る。

「日向、おまえもそんなにテンパることがあるんだ」 

 ふぅ~んと先輩が鼻を鳴らし、意味深な笑みを浮かべ僕の肩を叩いた。 

「先、行くな」

 穴があったら入りたい。もう、消し炭だっていい。

「わーちゃん」 

 と樹が僕を呼ぶ。

 口に手を当てて囁いた。

「紅緒も僕もカウンター専門で、ママの許可出ないとフロアーに出られないんだ」 

 うん、と頷く。思わず飲み込んだ唾で喉が鳴る。 

「まだ学生だからね。でも、平川さんは別格」 

「?」

「変なことしないから」

「はぁ?」

 変なことって、思わず先輩を見たら背中に回した手でピースサインされた。

「あいつも、わーちゃん見たら驚くぞ。嬉しくって泣いちゃうかもな」 

 泣くってまさか、はは。

 はーーーっ。

 帰ってもいいだろうか。


「今夜、まーちゃんいいかな」 

 席に行くと先輩がママと話してた。

「どうぞ、父でよければ好きなだけ使ってください」 

「良かった、こいつを紹介したくて連れてきたんだよ」

 と僕の腕を掴み、隣に座らせる。

 ママが隣にしゃがみ、笑顔で僕を見た。

「伝えとくわ。食べ終わったら直ぐ来ると思うから」

 ゆっくりしていってくださいね、と僕にまた微笑んだ。

 だから、その笑顔はやばいんですって。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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