4.本木に勝る末木なし1 The first is the best.
ダラダラ歩いているうちに店に着いたようで、先輩がこっちこっちと手招いた。
え、店どこだ。入口が分からんぞ。きょろきょろしてたら先輩の声。
「そこの灯り、見える?」
先輩が指さした先に、立派な格子戸があった。
その戸口に灯りがあり、「灰かぶり」と毛筆の文字が読める。
「料亭みたいっすね」
「ああ、こっちはな。オレたちが行くのはその上」
と玄関口の上を指す。
先輩の言う会員制のお店は、この料亭の二階にあった。
入口でチェックされる事もなく、普通に入店。
何だか拍子抜けだ。
「いらっしゃいませ。久しぶりね、平川ちゃん。こちらは?」
着物を着た年配の女性が出迎えてくれた。
ふくよかな体形で和装がよく似合う、きれいな人だ。
「ご無沙汰、ママ。あ、紹介するよ、今オレの下で働いてもらってる日向亘だ。まだ院生だが優秀だぞ」
紹介され、ママが僕の顔をじっと見つめた。
「日向亘さん、いらっしゃいませ。クラブシンデレラのママの絹子です」
何だか前にも会ったような気がする。名刺をもらうが、名前に覚えはない。
誰だっけ。
僕も出そうと背中に回していたバッグを外そうとしたら、やんわり止められた。
「お名刺は後ほど頂くから、慌てなくても大丈夫ですよ」
にこやかにそう言うと、ママはカウンターに向かって声をかけた。
「お二人様」
直ぐお席用意しますからお待ちくださいね、と僕らにカウンターの椅子を勧める。
カウンターにはおしぼりを持った女の子と、所謂黒服と呼ばれるボウタイにベストを着た若い男が立っていた。
「え?」
「あれ?」
僕と立っていた黒服が、ほぼ同時に声を上げる。
「わーちゃんじゃん!!」
「樹?」
破顔した樹がカウンターに身を乗り出して抱きついてきた。
先輩は女の子からおしぼりを受け取りながら、何事だと僕を見る。
「知り合い?」
「ええ、幼馴染の一人」
「そうそう。わーちゃんとは小学校からの付き合いなんだ。崇たかちゃんの大親友」
崇直たかおのねぇ、などと先輩が言っている。
そっちこそ崇直知ってるのかよ、その方がびっくりだよ。
仲の良さをアピールかのように、興奮気味の樹が僕と肩を組む。
そこへママの声が入ってきた。
「え、イギリスから来たあの坊やもしかして」
は? やっぱりお会いしたこと……
「ほら、紅緒が退院した年の運動会、みんなで一緒にお弁当食べたの覚えてないかな」
うわっ、紅緒の叔母さんだ!
「し、失礼しました。ご無沙汰しております。近くに住んでいながら……」
慌てて席を立ち頭を下げたら、ママさんがまぁどうしましょうと走り寄ってきて僕を席に戻す。
「そんな恐縮させてしまって、ごめんなさいね。懐かしくってつい」
そう言って頭を下げた。またまた恐縮してしまう。
「いえ、こちらこそ」
「むこうにお席用意できましたから、行きましょうか」
そう言って微笑む。
うわぁ、やべぇ笑った目元がそっくりだ。
「紅緒は今父と下に行ってるから、直ぐ呼びますね」
と先輩と僕に言う。
何だって? まてまて、ちょっと待って。
紅緒って言ったよな今。紅緒って。
どーゆーこと?
父って、まー爺じぃまで来てるのか。
って、それより何で紅緒まで居るんだよ。
やばい、すげーやばい。顔が熱くなってきたぞ。
あーっ、また涙出たらどうしよう。
そりゃ、ひょっこり出てこないかなとは思ったよ。
思ったけど、まさかマジで?
ええぇ……っ
それより、どんな顔すりゃ良いんだ。
あ、いつの間にか持っていたウエルカムドリンクが空になってる。
「わーちゃんそれ、モヒート。それも平川さんばーじょんだから、……濃いよ」
そんな呑気な樹の声にハッとなり、我に返る。
「日向、おまえもそんなにテンパることがあるんだ」
ふぅ~んと先輩が鼻を鳴らし、意味深な笑みを浮かべ僕の肩を叩いた。
「先、行くな」
穴があったら入りたい。もう、消し炭だっていい。
「わーちゃん」
と樹が僕を呼ぶ。
口に手を当てて囁いた。
「紅緒も僕もカウンター専門で、ママの許可出ないとフロアーに出られないんだ」
うん、と頷く。思わず飲み込んだ唾で喉が鳴る。
「まだ学生だからね。でも、平川さんは別格」
「?」
「変なことしないから」
「はぁ?」
変なことって、思わず先輩を見たら背中に回した手でピースサインされた。
「あいつも、わーちゃん見たら驚くぞ。嬉しくって泣いちゃうかもな」
泣くってまさか、はは。
はーーーっ。
帰ってもいいだろうか。
「今夜、まーちゃんいいかな」
席に行くと先輩がママと話してた。
「どうぞ、父でよければ好きなだけ使ってください」
「良かった、こいつを紹介したくて連れてきたんだよ」
と僕の腕を掴み、隣に座らせる。
ママが隣にしゃがみ、笑顔で僕を見た。
「伝えとくわ。食べ終わったら直ぐ来ると思うから」
ゆっくりしていってくださいね、と僕にまた微笑んだ。
だから、その笑顔はやばいんですって。
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