3.落花情あれども流水意なし3 The love is one-sided.
お代わりを待つ間、話題は一巡して紀和きわさんの話に戻ってしまった。
「『私と寝てる間はあんたは私の男』。って啖呵切ってカッケーよなぁ、その彼女」
突然髪の毛つかまれて、それ言われたんだよな。
べつに浮気をしたわけじゃないし、学生仲間と一緒に居ただけだけど。
って、ただのセフレのはずだぞ。
あっさり、ポイされたし。
「それより、僕がホスト向きってどういう意味ですかね。先輩じゃあるまいし」
「あはは、それよく言われる。こんなおっさんじゃホストに失礼か」
そこで、追加の茶漬けとサワーが届いた。
先輩はジョッキを一息で半分空け、また例の人懐っこい笑顔を向けてきた。
「合鍵もらってたんだって。鍵は?」
「昨日戻しに行ったら、本当に引っ越してましたよ」
そう言うと、先輩が盛大に噴き出した。
「げほっ」
飲みかけたサワーでむせたみたいだ。
ザマーミロだ。
でも、笑いますよね。僕だって笑っちゃいましたもん。
「あー、笑った。最高だわ、その彼女」
まだ笑いをこらえてるのか、肩が震えている。
おしぼりで口を拭い、残りのジョッキを半笑いで飲み干した。
それから、店員に向かい指でバッテンをする。
「で、どこに泣く要素があったんだ?」
「女にフラれたくらいで泣きませんって」
言えるわけがない。思い出したのは、別の顔だなんて。
先輩は泣き真似をして、また笑った。
そのうち年相応に腹が出て、女の子に相手されなくなればいい。
「でもなぁ、あんな顔で泣くほど惚れてる相手には勝てんわな」
「や、止めてくださいよ」
「違うのか」
「……違いませんけど」
やば、口が滑った。
思わず手で口を覆う。
「ずっと片思いしてるだけですよ」
「おやまぁ」
「ずっとって、いつからだ?」
先輩がふと眉を寄せて、優しい顔をする。
「……実は幼馴染なんですよ」
酒のせいで、妙に正直になっている自分に驚く。
「初恋とか、もしかして」
「……」
ここまで引きずるとは、自分でも思ってなかったけど。
「初めて会ったのは十歳の時、神社の鳥居の前で……」
「それで似た子ばっか追っかけて、とっかえひっかえ」
「してませんって! ……まあ、似てる子を目で追っちゃうことはあったかもですが」
「食事でも誘えばいいじゃん。ひどい振られ方したわけでもないんだろうに」
紀和さんも、同じことを言ってたな。
なんで、みんな同じこと言うんだろ。
「伝えてもないんです。無理なんですよ、言ったら今までの関係が壊れそうで」
先輩は一瞬だけ驚いた顔をして、すまんと謝られた。
食事が終わり、良い機会だからと先輩が新たな店に連れて行ってくれることになった。
「家の近所なんだ、これが」
「へぇ~」
先輩と僕は最寄り駅が同じだ。
だからといって、毎朝並んで通勤することもなければ一緒に帰ることもないけど。
「南口」
「賑やかな方ですね」
そうそう、と先輩が頷く。
「会員制の店なんだが、そこに紹介したい人がいてね」
会員制? 何それ、高そうな雰囲気だなぁ。
そんな高級店なんて行ったことがないよ。秘密倶楽部みたいなもんか?
「お前が考えてるのとは全く違うから、安心しろって。社交クラブみたいなところだよ」
半分笑いながら、あきれ顔で先輩が言う。
ええ? ますます分からんぞ。
社交クラブ? 何だそれ。
改札を抜け、いつもとは違う出口へ向かう。
「ちょっと歩くぞ」
「うっす」
酔い覚ましにちょうどいいや。少し先をスタスタ歩く先輩に付いていく。
「日向って帰国子女だよな」
「そーっすよ」
そういう先輩は米大の学士持ちじゃないですか。
繁華街をどんどんと歩いていく。
僕が住んでいる側はマンションと住宅とお寺と神社と静かなところなのに、夜でも反対側はこんなに賑やかとは知らなかった。
客の呼び込み、景気の良い挨拶が飛び交っている。
人も多いなぁ。
北と南で全く街の顔が変わるんだ。
「お前の英語キレイだもんなぁ。イギリス英語って、何と言うか上品でいいよな」
上品、僕の英語が、えへへ。
「気取ってるとか聞き取りづらいとか、よく言われてます。だから上品なんて先輩に言われたら、めちゃ嬉しいッス」
流石先輩、分かってらっしゃる。
「でも、僕の英語、ネイティブといえどお子様英語なんですよ。何せ十六で帰国してますから」
二度目はFifth formフィフスフォーム(高一)で帰国したからなぁ。まだまだ子供だったよなぁ。
「へぇ~、そういうもんか」
「先輩みたいに向こうの大学出た人のほうが、全然上っす。僕、女性口説けませんもん」
先輩が間をおいて、鼻で笑う。
「なるほどね~」
気がつくと、繁華街を抜けていた。
一気に静寂に包まれ、遠く電車の音が響いている。
「ところでただの好奇心で聞くんだが、生まれたのはどこ。あ、言いたくなきゃ……」
「ドイツです。ノルトライン・ヴェストファーレン州の州都、デュッセルドルフ」
繁華街の先は、ここも静かな住宅街になるんだ。
どちらかと言うと、僕の住んでる側と違い戸建てが多いな。
「デュッセルドルフか。流石に行ったことねーや」
デュッセルドルフねぇ、と言いながら先輩はブリーフケースを持ったまま両手を上げ大きく伸びをした。
「そこからフランス、イギリスですね」
「オレなんか日本の片田舎だぜ。生まれたときから世界を知ってるってすげー強みだぞ」
振り返り、先輩がこぶしを握ってうんうんとうなずく。
そんなに凄いことなのかな、帰国子女って。
「だといいですが。子供すぎて、記憶にあるのはイギリスぐらいっすよ」
先を歩いていた先輩が、また振り返る。
「親が外交官って、やっぱり大変だったか。引っ越し先が異国じゃ簡単に友だちなんかできないだろうし」
「ええ、簡単じゃなかったかな。だから小学生で帰国した時できた友達は、今でも大切な親友なんですよ」
小三の春に出会ったあの四人は、僕にとって生涯の親友なんだ。
「そういうことか。そりゃ、慎重になるな」
「そういうことっす」
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