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あぶはちとらず改稿版 ~全員片思いのすれ違い群像劇~  作者: 井氷鹿
第1章 Grasp all , Lose all.1 1995年 夏 亘編

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5.本木に勝る末木なし2 The first is the best.

 全然落ち着かず、ぐるりと店内を見回す。

 座り心地の良いはずの革張りのソファ、間接照明の柔らかな灯り。

 BGMはショパンの、子犬のワルツだ、これ。

 まぁ、どこをどう見ても高そうなお店なのは間違いなさそうで。

 客をもてなす為に、作られた空間なのに。

 ダメだ、じっとしてられないよ。

 居心地が悪くて、ローテーブルを挟んだ出口側の席に座り直したら、先程の女の子がやって来てメニューを広げて見せてくれた。

「何になさいますか」 

 うおおぉ、メニューに値段がない! 

「好きなの頼んでいいよ」 

「好きなのって」

 と言ってる自分の目が泳いだのが分かったよ。

 こんな酒のメニュー渡されてもだ、さっぱりだ。

「あ、ウイスキーダブルで」 

 先輩はそう女の子に言うと、こいつはロックでと勝手にオーダーされる。 

「会員のゲストは基本ドリンクはフリーなんだ」

 それは、お気遣いありがとうございます。

 暫くして、カラカラと軽い音がして樹が何やら乗ったワゴンを押して来た。 

「これ、まー爺のね」 

 といってマッカランのボトルを取り、テーブルに置く。

 続いて慣れた手つきでグラスにアイスを入れ、山崎の十二年ものでロックを作ってくれた。

「わーちゃんはこっちね。平川さんはいどーぞ。チェイサーは麦茶持ってきました」 

 むぎちゃ? 麦に麦ってか。

 シルバーカラーのポットから濃い色の液体を注ぎ、先輩に渡す。 

「いっちゃん気が利くなぁ。ありがとう」

 と樹に笑いかけ、グラスを受け取る。

「かんぱーい」 

 待ち切れなかったのか、先輩がウイスキーを二口ばかり喉に流しこみ、チェイサーの濃い色の麦茶をコレまたうまそうに飲んだ。 

「わーちゃんも、これ美味しいからどーぞ」 

 そんじょそこらの麦茶じゃないんだよと、樹が入れてくれた麦茶のグラスを先輩が僕の前に置いてくれる。

 グラスを持つと、煎りたての麦の香りが漂ってきた。

 なんだコレ、香ばしくて。 

「うまっ」

「職人さんが焙煎した本物の麦茶だぞ。それをちゃんとやかんで煮出したら、こうなる」 

 確かに。珈琲と見紛う色の濃さ。

 三人で麦茶談義してたら、カウンターの方が何やら賑やかになってきた。

「おっといけない。たぶんまー爺だ。平川さん、行ってきます」 

 げっ。やばいやばいやばいっ。

 トイレに逃げようとしたら、出迎えに行った樹がまー爺を連れてきてしまう。

 はえーよ、樹。

 「平川ちゃん、ごめんごめん。急いで食ってきた。まだ紅緒はデザート食ってるが」 

 そう言いながら、まー爺一人がこちらに歩いてくる。

 良かった、まだ来ないんだ。

 来る前に挨拶して帰ろっと。

 先輩が立ち上がったので、僕もコレ幸いと立ち上がる。 

「あれ、亘くんじゃないか。何だ、平川ちゃんが言ってた人って君だったのか」 

 と僕の方へ歩いてきた。

「まーちゃん、日向をご存知だったんですね」 

 先輩が自分の席をまー爺に譲ろうと、一歩踏み出す。

「平川ちゃん、わしはホスト側だよ。やだよ、上座なんざ」 

 と言いながら、僕を先輩の隣に押しやる。

「亘くんも、お客様なんだからね」

 そう言って、見慣れた笑顔で僕を見上げた。

「さて、じゃ改めて」 

 まー爺が僕に名刺を渡してきた。

 笠神ビルと印字された名刺だ。

 その肩書きに驚いてしまう。

 いっつも神社周辺に居て、よく遊びに連れて行ってもらってたけど。

「どうだ、驚いただろう。これが必殺遊び人の名刺だ」 

「遊び人の名刺、初めていただきました」 

 捧げ持つようにして名刺を頂くと、まー爺はえっへんと、おちゃめに胸を張り僕を見上げる。

「わしが名刺を渡すまでになったんだねぇ。大きくなったねぇ」 

 僕は苦笑いを浮かべた。

 ええ、見てくれだけは大きくなりましたよ。

 僕も会社からもらった名刺をまー爺に渡す。

「ほー、インターンねぇ。見習いみたいなもんか」 

「そうです。平川先輩の付き人ですよ」 

 ほれ、座ってと言われ僕らはソファに腰掛けた。

 笠神不動産って紅緒のばーちゃんの会社だよな。

 まー爺が取締役員って大丈夫か。

「必殺遊び人って」 

 不思議そうに先輩が僕とまー爺を見る。 

「だってわしの仕事って昼間、暇じゃない。だから」

「実際遊んでたじゃん、ね」

 そう言いながら樹がマッカランのロックを作り、まー爺に渡す。 

「そのお陰で、おまえら色んな所へ連れて行ってやっただろうが」 

 確かに、長期休みや週末なんかよく連れ出してくれたっけ。

 子供をぞろぞろ引き連れて、フットワークが軽いというか、面倒見のいい人だよな、未だにお世話になってます。

 おっといけない。帰るんだった。

「まー爺、会ってすぐで悪いけど、僕そろそろ……」 

 そう言って席を立ちかけたら、聞き覚えのある声が響いてきた。

「居たーーーーっ」

 右手で僕を指さしてる。

「あ」

 ひょっこり出てきちゃったよ。

 うっ、足が。

 やっべー。体が動かねぇ。

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