5.本木に勝る末木なし2 The first is the best.
全然落ち着かず、ぐるりと店内を見回す。
座り心地の良いはずの革張りのソファ、間接照明の柔らかな灯り。
BGMはショパンの、子犬のワルツだ、これ。
まぁ、どこをどう見ても高そうなお店なのは間違いなさそうで。
客をもてなす為に、作られた空間なのに。
ダメだ、じっとしてられないよ。
居心地が悪くて、ローテーブルを挟んだ出口側の席に座り直したら、先程の女の子がやって来てメニューを広げて見せてくれた。
「何になさいますか」
うおおぉ、メニューに値段がない!
「好きなの頼んでいいよ」
「好きなのって」
と言ってる自分の目が泳いだのが分かったよ。
こんな酒のメニュー渡されてもだ、さっぱりだ。
「あ、ウイスキーダブルで」
先輩はそう女の子に言うと、こいつはロックでと勝手にオーダーされる。
「会員のゲストは基本ドリンクはフリーなんだ」
それは、お気遣いありがとうございます。
暫くして、カラカラと軽い音がして樹が何やら乗ったワゴンを押して来た。
「これ、まー爺のね」
といってマッカランのボトルを取り、テーブルに置く。
続いて慣れた手つきでグラスにアイスを入れ、山崎の十二年ものでロックを作ってくれた。
「わーちゃんはこっちね。平川さんはいどーぞ。チェイサーは麦茶持ってきました」
むぎちゃ? 麦に麦ってか。
シルバーカラーのポットから濃い色の液体を注ぎ、先輩に渡す。
「いっちゃん気が利くなぁ。ありがとう」
と樹に笑いかけ、グラスを受け取る。
「かんぱーい」
待ち切れなかったのか、先輩がウイスキーを二口ばかり喉に流しこみ、チェイサーの濃い色の麦茶をコレまたうまそうに飲んだ。
「わーちゃんも、これ美味しいからどーぞ」
そんじょそこらの麦茶じゃないんだよと、樹が入れてくれた麦茶のグラスを先輩が僕の前に置いてくれる。
グラスを持つと、煎りたての麦の香りが漂ってきた。
なんだコレ、香ばしくて。
「うまっ」
「職人さんが焙煎した本物の麦茶だぞ。それをちゃんとやかんで煮出したら、こうなる」
確かに。珈琲と見紛う色の濃さ。
三人で麦茶談義してたら、カウンターの方が何やら賑やかになってきた。
「おっといけない。たぶんまー爺だ。平川さん、行ってきます」
げっ。やばいやばいやばいっ。
トイレに逃げようとしたら、出迎えに行った樹がまー爺を連れてきてしまう。
はえーよ、樹。
「平川ちゃん、ごめんごめん。急いで食ってきた。まだ紅緒はデザート食ってるが」
そう言いながら、まー爺一人がこちらに歩いてくる。
良かった、まだ来ないんだ。
来る前に挨拶して帰ろっと。
先輩が立ち上がったので、僕もコレ幸いと立ち上がる。
「あれ、亘くんじゃないか。何だ、平川ちゃんが言ってた人って君だったのか」
と僕の方へ歩いてきた。
「まーちゃん、日向をご存知だったんですね」
先輩が自分の席をまー爺に譲ろうと、一歩踏み出す。
「平川ちゃん、わしはホスト側だよ。やだよ、上座なんざ」
と言いながら、僕を先輩の隣に押しやる。
「亘くんも、お客様なんだからね」
そう言って、見慣れた笑顔で僕を見上げた。
「さて、じゃ改めて」
まー爺が僕に名刺を渡してきた。
笠神ビルと印字された名刺だ。
その肩書きに驚いてしまう。
いっつも神社周辺に居て、よく遊びに連れて行ってもらってたけど。
「どうだ、驚いただろう。これが必殺遊び人の名刺だ」
「遊び人の名刺、初めていただきました」
捧げ持つようにして名刺を頂くと、まー爺はえっへんと、おちゃめに胸を張り僕を見上げる。
「わしが名刺を渡すまでになったんだねぇ。大きくなったねぇ」
僕は苦笑いを浮かべた。
ええ、見てくれだけは大きくなりましたよ。
僕も会社からもらった名刺をまー爺に渡す。
「ほー、インターンねぇ。見習いみたいなもんか」
「そうです。平川先輩の付き人ですよ」
ほれ、座ってと言われ僕らはソファに腰掛けた。
笠神不動産って紅緒のばーちゃんの会社だよな。
まー爺が取締役員って大丈夫か。
「必殺遊び人って」
不思議そうに先輩が僕とまー爺を見る。
「だってわしの仕事って昼間、暇じゃない。だから」
「実際遊んでたじゃん、ね」
そう言いながら樹がマッカランのロックを作り、まー爺に渡す。
「そのお陰で、おまえら色んな所へ連れて行ってやっただろうが」
確かに、長期休みや週末なんかよく連れ出してくれたっけ。
子供をぞろぞろ引き連れて、フットワークが軽いというか、面倒見のいい人だよな、未だにお世話になってます。
おっといけない。帰るんだった。
「まー爺、会ってすぐで悪いけど、僕そろそろ……」
そう言って席を立ちかけたら、聞き覚えのある声が響いてきた。
「居たーーーーっ」
右手で僕を指さしてる。
「あ」
ひょっこり出てきちゃったよ。
うっ、足が。
やっべー。体が動かねぇ。




