【第14講:セラ先生の世界講座】二種類いる話
レイ
「先生、さっき言ってた『世界OSの自動防衛』って……それ、僕たちのことを見てるアイツらのことですよね?」
セラ
「え? そうだよ。異常を検知したら、調査員が来るのは当たり前でしょ」
レイ
「当たり前で済ませていい規模じゃない気がするんですけど」
パチパチパチ。
「……また始まった」
気づいたら黒板の前に立っていた。
セラフィナが指示棒を持って、ちょこんと立っている。
いつものことだ。
もう驚かない。
驚かないが——
「……最初から書いてある」
黒板の端っこに、小さく。
「二種類いる話」
その下に、もっと小さく。
(どちらも怖い)
「……予防線が最初から張ってある」
「ご覧の通りです」
セラフィナは指示棒でコン、とその文字を指した。
表情は変わらない。
「つまり、最初から『どちらも怖い』って知ってたわけだ」
「はい」
「言っておいてくれよ」
「言っています。今」
それはそうだが。
タイミングが。
「では、拍手をお願いします」
「何に対して」
「世界OSの自動防衛に感謝を込めて」
「……は?」
「重めに、どうぞ」
意味が分からないまま、打った。
パン、パン、パン。
重め、というのがどういう状態なのかよく分からなかったが、速度を落として打った。
セラフィナは満足そうに頷いた。
「では、始めます」
カツッ。
黒板の左半分に、丁寧に書かれた。
エラー
カツッ。
右半分に、同じサイズで。
同じ色で。
デバッガー
…………。
「なんか、似てるな」
思わず口に出た。
同じ大きさ、同じ色、横に並ぶと——なんとなく、同じ種類のものに見える。
セラフィナが「エラー」と「デバッガー」の間に矢印を引いた。
小さな文字で。
似てる?
「似てると思う」
「全然違います」
ガッ。
太字で、でかく。
全然違う
「全然違う!! じゃあ最初から違う大きさで書けよ!!」
「視覚的補助です」
「五回目!! 通算最多更新!!」
セラフィナはこちらを一瞥して、また黒板に向き直った。
「エラーから説明します」
指示棒が「エラー」を指す。
「存在①——こちらはマナを吸収します。周囲のマナを取り込み、逆流させる。測定器が止まったのは、この逆流が原因です」
「うん」
「近づくと測定器が完全に機能しなくなる。マナの流れ全体が乱される。存在そのものが、正常な状態を壊します」
「壊す、か」
「はい。世界の中に、あってはならない状態が存在している。それがエラーです」
測定器が止まったときのことを思い出す。
赤い光が逆流して、反応が消えた。
測定器の問題じゃなかった——周囲のマナそのものが乱れていた。
「では次。存在②」
指示棒が右に移動する。
「こちらは、True Magicの出力に反応します」
「……反応する、だけ?」
「だけ、ではありません。ただ——攻撃はしていません」
「確かに」
「近づいて、見て、退く。それだけです」
「それだけって言うけど、十分怖いんだが」
「はい」
セラフィナは頷いた。
「どちらも怖いです」
「……そこは否定しないんだな」
「否定できません。事実ですから」
それはそう。
「では、視覚的に」
カサカサ。
「エラー」の下に、小さく書き足される。
世界が壊れている
カサカサ。
「デバッガー」の下に。
世界が見ている
「……なるほど?」
頭の中で何かが整理される気がした。
マナを吸収して逆流させる存在と、True Magicに反応して観察する存在。
同じ「怖い何か」として一括りにしていたが——
「あ。じゃあ、デバッガーは怖くないってこと?」
「いいえ」
即答だった。
「え」
「どちらも怖いですが、理由が違います」
「……さっきと全く同じ顔で言った」
「同じ顔です」
「表情を変えろ!!」
セラフィナは動じなかった。
「怖さの種類が異なります。エラーは『世界が壊れている』ことへの怖さです。何かがおかしい。存在してはいけないものが存在している。測定器が止まるのは、その証拠です」
「うん」
「デバッガーは『世界が見ている』ことへの怖さです。何もしない。でも、観察している。判断しようとしている」
「判断、か」
「エラーログとデバッガーは、同じ画面に表示されます。でも、動かしているのは別のプロセスです」
ここでセラフィナが無言になった。
指示棒がカサカサと動き始める。
「……何を描いてるんだ?」
「視覚的補助です」
「六回目!!」
「今日は二回目です。通算は合計で数えません」
「細かい!!」
黒板の右端に、小さな絵が追加されていた。
丸くてトゲトゲした——ウイルスらしきもの。
そのとなりに、人物。
検査員らしき人物。
その人物に——目がついていた。
ちゃんとした目が。
なんか、やる気のある目が。
首から名札が下がっていた。
セラフィナの目が、ほんの一瞬だけ、丸くなった。
そのまま、名札にペンを走らせる。
「……名前まで書いた?」
第三観測部門
「部門名まで決めてる!!」
「視認性のためです」
「視認性の問題じゃない!! 組織まで作るな!!」
「ウイルスと検査員を同じものだと思うと、対処を間違えます」
「……それはそうだけど」
「ウイルスは現象です。測定器が止まる。マナが逆流する。それ自体がエラーです」
「うん」
「検査員は目的を持っています。近づいて、見て、退く。調べているんです」
「何を調べてるんだよ」
「——」
セラフィナが、少しだけ間を置いた。
珍しい。
「怖さの種類を先に教えてくれ!!」
「今、教えています」
「順番が!! 怖いって先に言うから混乱するんだよ!! だからエラーはどう対処して、デバッガーはどうするんだよ!」
「エラーへの対処は——距離を取る。近づかない。マナの逆流に巻き込まれれば、測定器どころか魔法そのものが影響を受けます」
「うん」
「デバッガーへの対処は——」
「教えてくれるの?」
「育成順です」
「教えてくれ!!」
「質問は後で」
「四回目!!」
セラフィナは動じなかった。
指示棒をコン。
「概念的には、検査員は敵ではありません」
「でも怖いんだが!!」
「……」
「今、一瞬だけ間があったな?」
「気のせいです」
「気のせいじゃない!! 珍しく間があったぞ!!」
「どちらも怖いですが、理由が違います」
「同じ顔!! さっきと全く同じ顔!! なんで間があったんだよ!!」
「……」
「答えろ!!」
「育成順です」
「それでごまかすな!!」
「復唱してください」
「……はいはい」
「エラーは」
「……世界が、壊れている」
「デバッガーは」
「……世界が、見ている」
「どちらも」
「怖い」
「理由が」
「違う」
「よくできました」
「よくできましたじゃないんだよ、デバッガーの対処法はまだ聞いてないんだが」
「では、拍手をお願いします」
「何に対して」
「世界OSに観測されていることへの哀悼を込めて」
「感謝じゃなくなった!!」
「重めに、どうぞ」
パン、パン、パン。
哀悼、なので重めに打った。
こなれてきたな、と思いながら。
「本日の講座はこれで終了です」
「二回目!! 定着してきた!!」
セラフィナは指示棒をピシッと収めた。
宿の部屋に戻ると、時間は一秒も経っていなかった。
ベッドに腰を下ろして、天井を見上げる。
エラー。
デバッガー。
同じ画面に出てくるけど、別のプロセス。
「……ガルムが前に出たのは、怖くなかったからじゃなくて、種類が違ったからか」
思い出す。
影の前で、ガルムは一歩後退した。
低く唸って、毛を逆立てて。
それは「近づいてはいけない」という判断だった。
でも、別の存在の前では——一歩前に出て、止まった。
唸らなかった。
後退もしなかった。
ただ、前に出て、止まった。
初めて、と言った。
同じ「怖い」じゃなかった。
ガルムはずっと、種類で判断していた。
こちらが言語化できていなかっただけで、ガルムはもう、知っていた。
壊れているものと、見ているものの違いを。
「デバッガーが調べ終わったら、何が起きるんだろう」
その問いだけが、静かに残った。
見終わったら——判断する。
その「判断」が何を意味するのか。
向こうが何かを決めるとしたら——
「それは、まだ分からない」
天井に向かって、小さく言った。
答えは、まだない。
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【第14講・終】
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レイ
「……アイツらが僕を『異常』だと判断したら、次は何が起きるんですか」
セラ
「さあ。でも、見られているうちはまだ大丈夫だよ」
レイ
「それ、見終わったら消されるって意味じゃないですよね?」
セラ
「さあね。それは育成順かな」
セラ
「気になるなら、
あとで見返せばいいよ」
レイ
「……はい」




