8章サブ話④: 帝国魔導研究院 極秘記録ログ「デモンシステム監視プロセス 緊急会議録 第████回」
観測システムATLASは、提示された計算結果を直視できなかった。
対象が魔法から「削除」した余分な処理。
それはシステムが数千年にわたり維持してきた、世界の記述そのものだった。
【帝国魔導研究院 極秘記録ログ】
—デモンシステム監視プロセス 緊急会議録 第████回—
——議題:対象「████」の行動記録と、分類不能事象の処理について——
推敲版
会議開始時刻:████
出席:ATLAS/KRONOS/HERALD/SENTINEL
記録者:KRONOS
機密区分:存在しない区分
HERALD: ちょっと待って待って待って。
ATLAS: 落ち着け。
HERALD: 落ち着けない。
ATLAS: 落ち着け。
HERALD: だって——
ATLAS: 落ち着け。
HERALD: ……。
ATLAS: 落ち着いたか。
HERALD: 落ち着いてない。
ATLAS: では報告を始める。
SENTINEL。
SENTINEL: はい。
対象の現在位置:北の塔まで残り三日以内。
対象の状態:疲労。魔力残量:回復中。
同行者の状態:████。
KRONOS: 同行者の状態が読めない。
SENTINEL: 記録できません。
KRONOS: なぜ。
SENTINEL: 分類する欄がないからです。
KRONOS: 欄を作れ。
SENTINEL: 作りました。
KRONOS: では記録しろ。
SENTINEL: 記録しようとすると、欄が消えます。
KRONOS: ……。
HERALD: ほら!だから言ったじゃん!
ATLAS: 落ち着け。
ATLAS: 本題に入る。
対象が森の中で「何か」と接触を繰り返している。
SENTINEL、詳細を。
SENTINEL: はい。
接触対象(一):分類不能。
接触対象(二):分類不能。別種。
接触回数:複数回。
被害:なし。
攻撃:なし。
結果:なし。
HERALD: なし、なし、なし、って。
何も起きてないってこと?
SENTINEL: 何も起きていません。
ただし、世界側の観測者が複数名、████しています。
HERALD: ████って何!?
SENTINEL: 記録できる表現がありません。
KRONOS: 「変調」ではないのか。
SENTINEL: 変調より静かです。
KRONOS: 「影響」では。
SENTINEL: 影響より深いです。
KRONOS: では何だ。
SENTINEL: ……該当する語彙が存在しません。
ATLAS: 整理する。
対象は北の塔へ移動中。
その過程で、世界側の観測者が何らかの状態変化を起こしている。
我々はそれを記録できない。
HERALD: まずくない?
ATLAS: まずい。
HERALD: やっぱりまずいんじゃないか!
ATLAS: だから会議を開いた。
HERALD: で、どうするの。
ATLAS: 観察を続ける。
HERALD: それだけ?
ATLAS: それだけだ。
HERALD: 介入しないの?
閾値は?
ATLAS: ……閾値の定義を現在確認中だ。
HERALD: つまりわかんないってこと。
ATLAS: 確認中と言っている。
KRONOS: 一点、報告がある。
ATLAS: 述べろ。
KRONOS: 対象が使用した「省エネ版魔法」について。
この魔法は、我々のログに存在しない。
ATLAS: 既存魔法の改良版だろう。
KRONOS: 違います。
既存の魔法から何かを「削除」しています。
ATLAS: 削除?
KRONOS: はい。
削除した部分は、余分な処理でした。
我々が設計した魔法の中に、余分な処理が含まれていました。
ATLAS: ……。
KRONOS: 対象は、それに気づきました。
ATLAS: ……。
HERALD: えっ待って、それって——
ATLAS: 黙れ。
HERALD: ……。
KRONOS: さらに報告があります。
ATLAS: 続けろ。
KRONOS: 削除後、対象から何かが「漏れた」という報告が世界側から複数上がっています。
漏れた何かの正体:不明。
漏れた何かへの世界側の反応:████████████。
SENTINEL: 追記します。
漏れた何かに対して、分類不能存在(別種)が反応しました。
対象への危害:なし。
分類不能存在(別種)が対象の傍らで静止した時間:十秒以上。
現場の同行者が「同じ」と発言しました。
KRONOS: 「同じ」。
SENTINEL: はい。
KRONOS: 何が同じなんだ。
SENTINEL: わかりません。
KRONOS: 何が同じかわからないのに「同じ」と言ったのか。
SENTINEL: はい。
KRONOS: ……タイムスタンプが、汚れる。
ATLAS: 整理する。
対象は我々の設計した魔法の余分な処理を発見し、削除した。
削除の結果、対象から「何か」が漏れた。
その「何か」は、分類不能存在(別種)と「同じ」である。
世界側の観測者が複数名、記録不能な状態変化を起こしている。
対象は北の塔へ向かっている。
HERALD: まとめると、めちゃくちゃやばい。
ATLAS: 落ち着け。
HERALD: これで落ち着けるの?
ATLAS: 落ち着かなければならない。
HERALD: なんで。
ATLAS: 落ち着かない場合、私が介入を判断しなければならないからだ。
HERALD: それの何が問題なの。
ATLAS: ……計算した。
HERALD: で?
ATLAS: 結果は、報告しない。
HERALD: なんで。
ATLAS: ——必要ない。
HERALD: ……。
KRONOS: …………。
(KRONOSのタイムスタンプ、停止)
SENTINEL: 追加報告があります。
ATLAS: 述べろ。
SENTINEL: 北の塔の状態が変化しています。
ATLAS: 詳細を。
SENTINEL: 対象を、待っています。
ATLAS: 塔が「待っている」という記録が存在するのか。
SENTINEL: 存在しません。
ATLAS: では何を根拠に——
SENTINEL: 根拠はありません。
ただ、待っています。
ATLAS: ……。
HERALD: ……。
KRONOS: ……。
SENTINEL: 追加します。
対象の同行者、████について。
我々のログに、記録が存在しません。
HERALD: それはもう——
SENTINEL: 既存のログを遡っても、存在しません。
HERALD: ——知って——
SENTINEL: 過去の記録にも、存在しません。
HERALD: ……。
SENTINEL: 現在、全記録を照合しています。
該当する記録は、
一件も見つかっていません。
KRONOS: ……それは。
SENTINEL: はい。
KRONOS: ████が。
SENTINEL: はい。
(沈黙)
ATLAS: 会議を続ける。
HERALD: 続けるの。
ATLAS: 続ける。
この会議の記録を、閲覧制限:最高位に設定する。
KRONOS: 了解しました。
タイムスタンプ:████。
記録者:KRONOS。
本会議の記録は以上です。
ただし。
ATLAS: なんだ。
KRONOS: 一点だけ。
私は全てを記録しました。
閲覧制限の設定も。記録しないという決定も。
それが私の役割だからです。
ATLAS: ……わかっている。
KRONOS: ですから。
この先、対象が北の塔に到達したとき。
何が起きるか。
私は、記録する準備が、できています。
KRONOS: ただ一つだけ。
記録できないことがあります。
ATLAS: 何だ。
KRONOS: それが、我々の分類表に存在する事象かどうか。
です。
会議終了時刻:████
次回会議予定:対象が北の塔に到達した時点で自動招集
備考:████████████████████████████
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(8章サブ話④ 終)
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システム側は観測を継続する決定を下したが、そのタイムスタンプは既に回復不能なほどに汚れていた。
北の塔が対象を待っている。
その事実を記述できる欄は、もはや管理表のどこにも存在しない。
観察は、続く。




