表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

169/171

第8章31話 同位相の揺らぎ

目覚めとともに確認したのは、手の中で震え続ける測定器の振動だった。

昨夜の「静止」は、一体何に起因していたのか。

セラフィナが提示した『同位相』という仮説を胸に、レイは音のない森を再び北へと進み始める。

 目が覚めた瞬間、最初に確認したのは測定器だった。


 振動は、戻っていた。


 昨夜——あの場所から退いた後、揺れは再び戻ってきた。


 止まったのは、触れている間だけだった。


 そして今朝もまだ、手の中で細かく震えている。


 森は静かだった。


 夜明けの光が葉の隙間から差し込んでいるのに、鳥の声がしない。


 風はある。


 葉が揺れている。


 なのに、音がない。


 こめかみが重い。


 指先が冷たい。


 レイは測定器を胸に引き寄せたまま、立ち上がった。


 移動再開。


 北へ。


 午前の森を歩きながら、セラフィナが隣に並んだ。


「……昨夜から、考えていたんですけど」


「何を」


「『同じ』、ということについてです」


 ガルムが少し前を歩いている。


 マーカスとトーマスがその周囲を固めている。


 エルネストは後方で何かを書いている。


 歩きながら書いている。


「昨夜触れたあの何かと——絞った時の僕が、何において同じなのか」とレイは言った。


「それがまだ分からない」


「分かりません。


でも、方向はあるかもしれない」


「方向」


「流れの向き、かもしれません。


絞って使う時、レイはマナを出力するんじゃなくて、環境に合わせて整えている。


そういう使い方ですよね」


「……そう、だと思う」


「同位相なら衝突は起きません。


だから振動が止まった——可能性はあります」


 レイは少し考えてから、口を開いた。


「でも昨夜の感触は、それと少し違った気がする」


 セラフィナが半歩で止まった。


「どう、違ったんですか」


 レイは答えようとして、詰まった。


 あの感触を何と言えばいい。


 ただ止まったというより、引き込まれるような——いや、それも正確じゃない。


「……言葉に、ならない」


 セラフィナは黙った。


 否定しなかった。


「言葉にならないことが、あります」と彼女は静かに言った。


「でもそれは、方向が違うということですか。


それとも——同じ方向だけど、もっと深い、ということですか」


 レイには分からなかった。


 そのとき、ガルムの耳が動いた。


 台詞はなかった。


 ただ、一瞬だけ足を止め、森の奥を見た。


 それから、また歩き始めた。


 レイは測定器を見た。


 振動が、一瞬だけ強まった。


 すぐ戻った。


 気のせいかと思うくらいの、ほんの一瞬。


 でも確かに、強まった。


「……今」とセラフィナが言った。


「見てた」


 二人は顔を見合わせた。


 確認するように。


「接触じゃない」とレイは言った。


「遠い。


なのに」


「反応した」


 仮説が、ひとつ変わった。


 接触が条件のはず——そう思っていた。


 昨夜、触れている間だけ止まったから。


 でも今、触れていないのに振動が揺れた。


 なら何が条件なのか。


 距離じゃない。


 接触でもないかもしれない。


「なら北に近づくほど」とレイは言いかけた。


「頻度が変わる、かもしれません」とセラフィナが続けた。


「あるいは強さが。


どちらかは分かりません。


でも——変わるとしたら、三日以内に分かります」


 三日以内。


 装置の声が、頭の奥で響いた。


 急げ。


 もう、時間が——


 昼を過ぎた頃、レイは測定器を見ながら歩いていた。


 振動は続いている。


 さっきの一瞬以来、また元の周期に戻っている。


 ふと思った。


 もし——測定器を外したら。


 試せば分かる。


 でも今は。


 外した瞬間に振動が止まるなら、発生源は測定器だ。


 止まらないなら、レイ自身か、あるいは別の何かだ。


 どちらに転んでも、今より一歩進む。


 でも、もし外した瞬間に——止まったままになったら。


 戻らなかったら。


 その可能性を考えると、指が動かなかった。


 今は進む、というより。


 今は確かめる勇気が、ない。


 測定器を握り直した。


 振動は続いている。


 エルネストがまたペンを走らせている。


 ページが何枚目か、もう分からない。


 一瞬だけペンが止まった。


 止まって、また動いた。


 鳥の声は、まだしない。


 北は、まだ遠い。


---

(8章31話 終)

---

接触が条件だと思っていた仮説が、遠距離での一瞬の反応によって覆される。

条件は距離でも接触でもないのだとしたら、この世界は何を基準に自分を測っているのか。

答えを出すための「ある試行」を前に、レイはかつてない躊躇を覚えていた。


次にレイは、何を"確かめにいく"のか。


よろしければ、ブックマークで続きを追っていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ