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【第8章23話】消したら、何が残るのか

二重のループが同じ処理をしている。

その事実に気づいたレイは、自身の理解が「正解」の外側にあることを予感する。指先にはマナの欠片もない。

それでも、頭の中にある式の贅肉を削ぎ落とさずにはいられなかった。

 焚き火が、静かに燃えている。


 マーカスとトーマスが外縁を回っている気配がある。


 アリスは測定器を抱えたまま半分眠っている。


 エルネストは焚き火の向こうで、何かをノートに書いている。


 ガルムが、レイの隣に座っていない。


 少し離れたところで、森の奥を向いたまま動かない。


 セラが、レイの隣に座った。


「あの式のことなんだが」


 レイが言う前に、セラが言った。


「二重になっている、という話ですか」


「……聞いてたのか」


「声に出てました」


 セラが膝の上で手を組む。


 カイラが少し離れたところで包帯の束を整理している音がする。


「そうか」


とレイは言った。


「なら、話す」


 焚き火が、一度小さく揺れた。


 風ではない。


 レイは右手に意識を集中した。


 マナを集めようとする。


 指先に、何もない。


 空気を掴もうとして、掴めない感触だけが返ってくる。


 外側のループをなぞろうとして——崩れる前に、何も出てこなかった。


「……駄目だ」


 試そうとして、失敗した。


 身体が知っている。


 今夜は戻らない。


「外側のループと内側のループが」


とレイは言う。


「同じ処理をしてる。


だから、片方を消せるはずだ。


消せれば——出力が上がるか、制御を失うか、どちらかだ」


 セラが少し止まった。


「消したら出力が乱れます」


「なぜ乱れるんだ」


「……安定のために置いてあると思っていました」


 セラがそこで一度止まる。


 自分の言葉を確かめるように、もう一度息を吸う。


「でも」


 間があった。


「確かに……同じ、処理を、しています」


 レイはその間を聞いた。


 セラが自分の理解の外側に出た瞬間だった。


 正しいと思っていたものが、違うかもしれない——その一拍が、声に滲んでいた。


「消したら乱れる、というのが否定条件だ」


とレイは言う。


「でも、なぜ乱れるのかが分からない。


安定のためじゃないなら」


「分かりません」


 二人が同じ場所に立っている。


 答えではなく、問いの前に。


「消したら、何が残るのか」


 レイがその言葉を口にした瞬間、測定器が光った。


 弱く。


 北の方向に向けた面が、数秒だけ淡く赤くなった。


 セラがそれを見た。


 レイも見た。


 どちらも何も言わなかった。


 そのとき、カイラが近づいてきた。


 セラの右肩を確認するために、ごく自然に。


 しかし包帯に触れる前に、一度止まった。


 白い布が、赤くなっていた。


 カイラの表情が変わるのを、レイは見た。


「傷が」


「続けます」


 でもレイには、その一拍前の間が聞こえた。


 続けるべきかどうか——迷って、それでも続けると言った、その間が。


 カイラがレイを見た。


 レイは何も言えなかった。


 議論の糸が、切れた。


 しばらく、誰も話さなかった。


 カイラがセラの処置を始める。


 レイは焚き火を見ている。


「明日、また」


 レイが言った。


 その言葉が口から出た瞬間、頭の中で何かが引っかかった。


 明日には影がもっと近いかもしれない。


 セラの傷が、もっと悪くなっているかもしれない。


 今夜答えが出なかった分だけ、明日の余裕が削れる。


「……はい」


 でも頭の中では、まだ動いている。


 消したら何が残るのか。


 出力が上がるのか。


 制御を失うのか。


 それとも——


 ガルムが立ち上がった。


 ゆっくりと、森の奥を向いたまま、鼻を上げる。


「まだいる」


 また座った。


 レイは森の暗さを見た。


 何も見えない。


 焚き火の光が届く範囲だけが世界で、その外は何もない。


 測定器は、もう光っていない。


 夜が続く。


 頭の中だけが、まだ動いている。


---

(8章23話 終)

---

「消したら何が残るのか」。

問いを口にした瞬間の測定器の微かな光は、まるで世界の応答のようだった。

出力の向上か、あるいは制御の喪失か。

悪化するセラの傷を背負い、レイは明日の余裕を削ってでも新たな仮説を研ぎ澄ます。


次にレイは、何を"確かめにいく"のか。


よろしければ、ブックマークで続きを追っていただけると嬉しいです。

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