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【第13講:セラ先生の世界講座】回復魔法の話 ——治りません——

レイ

「先生、その『治らない』って言葉。冗談のつもりで書いてるんじゃないですよね?」


セラ

「冗談? まさか。仕様の欠陥を嘆いても、HPは増えないよ」


レイ

「欠陥って認めちゃったよ、この人……」

 パチパチパチパチ。


「……また?」


 いつの間にか部屋の中に黒板が出現していた。


 セラが指示棒を持って立っている。


 ちびキャラのくせに妙に威圧感がある。


 とりあえず黒板を見た。


 でかい字で「回復魔法の話」と書いてある。


 その下に、小さく。


 「(治りません)」


「……最初から書いてあった!!」


 予防線を張るにしても早すぎる。


 タイトルの時点で諦めを要求してくる。


「気づいていただけましたか」


「気づきたくなかった!!」


「では」


 セラが指示棒を構えた。


「本日の講座を始める前に、拍手をお願いします」


「何に対して」


「傷が残ることへの哀悼を込めて、どうぞ」


「始まってもいないのに哀悼!?」


「長めに」


 パチパチパチパチパチパチ。


 なぜか長めに拍手していた。


 セラが黒板に向かった。


 何かを取り出している。


 定規だった。


「……なんで定規」


 セラが答えなかった。


 定規の長さを確認している。


 目盛りに視線を走らせて、位置を微調整している。


「何の準備なの!?」


「視覚的補助です」


「三回目!!」


 ようやく定規をあてた。


 カツッカツッ、と横線を引いていく。


 ゆっくりと、丁寧に。


 目盛りを確認しながら。


 線の長さを揃えながら。


 出来上がったのはHPバーだった。


 ゲームで見るやつそのままで、目盛りまで入っている。


 セラが一歩下がって、完成を確認するように眺めた。


 満足そうだ。


 それから黒板に「HP:100→100」と書き込んだ。


「……HPバー」


「はい」


「目盛りまで入ってる」


「正確に描くことは大切です」


 レイは黒板を見た。


 HPが100から100になっている。


 変化がない。


「あの。これ、回復してる?」


「していません」


「じゃあHPって何!?」


「体力の指標です」


「それは知ってる! なんで満タンのままなの!!」


「変わっていないからです」


「回復魔法を使ったんじゃないの?」


「使いました」


「なんで増えないの!」


「増えていないからです」


 同語反復が来た。


 レイは続きを待った。


「概念的には、これが正確な状態です」


 それからセラは、使い終えた定規を置いた。


 赤いチョークを取った。


 さっきまでの丁寧さが嘘のように、「傷:あり」とカサッと書き足した。


 雑だった。


 あまりにも雑だった。


 目盛りを慎重に合わせていた人間と同一人物とは思えない。


「丁寧さのムラがありすぎる!!」


「内容の重要度が違います」


「どっちが重要なんだよ!!」


「HPバーです」


「そっちか!!」


 レイは頭を抱えた。


 黒板の「HP:100→100」と「傷:あり」が並んでいる。


 HPは満タン。


 傷はある。


「HP満タンなのに傷あり、ってどういう状態!?」


「通常の状態です」


「全然通常じゃない!!」


「回復魔法を使ったあとの、通常の状態です」


 セラが指示棒で「傷:あり」を指した。


「治していないので、傷は残ります。でも広がってはいません」


 レイは黒板を見た。


「……治してない」


「はい」


「じゃあ何をしたの」


「止めました」


 セラが黒板の横のほうに、新しく図を描き始めた。


 何だ、と思って見ていたら、ゲームのセーブアイコンみたいなものが出てきた。


 フロッピーディスクっぽいやつ。


 古いやつ。


 その上に、大きくバツがついた。


「オートセーブ、一時停止中」


 セラが書き込んだ。


「……一時停止?」


「データは消えません」


 セラが言った。


「でも、進みません」


 レイは黒板を見た。


「……傷が、広がらなくなる、ってこと?」


「はい」


「痛みも?」


「遠ざかります」


「遠ざかる。消えない?」


「消えません」


 率直すぎる回答が来た。


 レイは少し黙った。


「……遠ざかる、か」


「ちなみに」


 セラが続けようとした。


「Admin Magicの治癒魔法との違いは——」


 一瞬、止まった。


 セラが珍しくほんの少し間を置いた。


 視線が、一瞬だけ斜め下に外れた。


 それだけだった。


 レイは気づかなかった。


「——育成順です」


「育成順って何!?」


「今は教えられない順番があるということです」


「それ詳しく聞かせてほしい!!」


「質問は後で」


「三回目!! そっちも三回目!!」


 セラが指示棒を構え直した。


「止まれば、十分です」


 断言だった。


 レイはその言葉を一瞬、咀嚼した。


「……それで十分、か」


「はい」


 即答だった。


 セラがチョークを持った。


 今度は白だった。


 黒板の空いているところに、何かを描き始めた。


 線が増えていく。


 骨だった。


 腕の骨が、精密に描かれていく。


 関節の形が丁寧に描かれている。


 医学書みたいな精度で、骨格が黒板に出現していった。


「医学部なの!?」


「視覚的補助です」


「四回目!! 骨格の授業になってる!!」


「添え木の説明のために必要です」


 骨格の横に、添え木が描き足された。


 固定している様子まで丁寧に描かれている。


「治っていません」


 セラが言った。


「でも動けます。使えます」


 レイは骨格図と添え木と「傷:あり」と「オートセーブ一時停止中」が並んだ黒板を見た。


 なんか情報量が多い。


 でも。


「……動けるなら、いいのか」


「十分です」


 セラが、今度は少し静かな声で言った。


「戦えます。続けられます。完治は、また別の話です」


 レイは黒板から目を離さなかった。


 止まれば十分。


 動けるなら十分。


 続けられるなら十分。


 完治は、また別の話。


 なんか、そういうもんか、と思った。


 ぱーっと光って傷が消えて、なんてそうじゃないのか。


 でも止まっていれば戦える。


「……まあ」


 レイは言った。


「それで十分、か」


「はい」


「……はい、じゃないんだよなあ」


「どこが不満ですか」


「不満というか」


 レイは頭をかいた。


「なんか、もっと劇的に治るもんだと思ってた」


「思っていましたか」


「思ってた。ぱーっと光って、傷が消えて」


「消えません」


「知ってる。今知った」


 セラが指示棒を構えた。


「では、復唱してください」


「また復唱」


「回復魔法は」


「……回復魔法は」


「治さない」


「治さない」


「止める」


「止める」


「それで十分」


「それで……十分」


 言いながら、なんか腑に落ちてくるのが不思議だった。


「では」


 セラが言った。


「本日の講座はこれで終了です」


 レイは止まった。


「……それ、初めて聞いた」


「そうですか」


「いつもなんで終わるのか分からないまま終わってた」


「今日は区切りが良いので」


「区切りの基準を教えてほしい」


「拍手をお願いします」


「答えてない!!」


「傷が残ることへの哀悼を込めて、どうぞ」


「また哀悼!! 終わりも哀悼!!」


「長めに」


 パチパチパチパチパチパチ。


 長めに拍手した。


 哀悼なのか喝采なのか分からなくなってきた。


 セラが帰った後、レイは一人で部屋に残った。


 窓の外は暗い。


 どれだけ時間が経ったのか分からないが、体感では大して経っていない。


 セラはいつもそういう時間の使い方をする。


 ベッドに座って、手を見た。


 治らなかったのか。


 あの時も。


 ずっと、止まってただけだったのか。


 右肩をかばいながら、左手だけで測定器を構えていた姿が浮かんだ。


 北の方角に向けて、慎重に、静かに。


 測定器が光るたびに確認していた。


 痛みを表情に出さないようにしていたのが、今思えば分かる。


 「痛みは遠ざかった」と言っていた。


 遠ざかった、だ。


 消えた、ではなかった。


 そういうことだったのか、とレイは思った。


 止まっていたから動けていた。


 完治していたわけじゃない。


 それでも左手で測定器を持ち続けていた。


 止まれば十分。


 完治させる方法は、あるのか。


 レイは天井を見た。


 しばらく、そのままでいた。


 あるといいな、と思った。

---

【第13講・終】

---

レイ

「……止まれば十分なんて、本当にそれでいいと思ってるんですか」


セラ

「いいも悪いもないよ。止めるのが、この世界の精一杯なんだから」


レイ

「その先があるとしたら?」


セラ

「さあね。それは育成順じゃないかな」


セラ

「気になるなら、

 あとで見返せばいいよ」


レイ

「……はい」

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