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【第8章14話】 七日の旅路

北の塔までの距離は変わっていない。それなのに、手元の測定器が刻むリズムは昨日よりも明らかに速まっていた。

「時間依存」という仮説が頭をよぎるたび、レイの胸に得体の知れない焦燥感が募っていく。

──自分たちが到達するのが先か、それとも「何か」が起きるのが先か。

レイは、かつてない重みを増した測定器を握りしめた。

朝の光が窓から差し込む。


レイは荷物を確認しながら、ノートを開いた。


昨日までの記録。


測定器の明滅パターン。


グラフ。


そして——最後のページに、レイは一行だけ書いていた。


『七日後、何が起きる?』


「……分からない」


呟いて、測定器v2を取り出す。


北に向ける。


光が、強く明滅する。


三秒。


三秒。


三秒——


いや。


「……二秒?」


レイは手元の時計を見た。


昨日は、三秒間隔だった。


今朝は——二秒。


「……加速してる」


セラフィナが隣で荷物を閉じながら、顔を上げた。


「間隔が?」


「うん。昨日より、速い」


レイはノートに記録しながら、呟いた。


「もし、これが距離依存なら——近づくほど速くなるはず。でも、今はまだ港町にいる。距離は変わってない」


「じゃあ……」


「時間依存かもしれない」


レイはペンを置き、測定器を見つめた。


「七日後に、何かが起きる。その前に——到達しないと、間に合わない」


セラフィナは、しばらく黙っていた。


「……レイ」


「うん?」


「本当に、行きますか?」


レイは顔を上げた。


セラの表情は——不安そうだった。


「罠かもしれません」


「……分かってる」


「でも?」


「……でも、行かないと——分からない」


レイは測定器を仕舞い、背負い袋を肩に掛けた。


「もし、装置が本当に呼んでるなら——応えないと」


セラフィナは、小さく息を吐いた。


「……分かりました。一緒に、行きます」


「セラ……」


「でも、約束してください」


セラの目が、真っ直ぐレイを見た。


「無理だと思ったら、すぐに引き返すと」


レイは頷いた。


「約束する」


宿を出ると、マーカスが待っていた。


「準備はいいか」


「……はい」


レイが答えると、マーカスは港の方向を指した。


「ギルドで最終確認だ」


三人——レイ、セラフィナ、ガルム——は、マーカスの後ろをついて歩き始めた。


港町の朝は、いつもと同じように静かだった。


だが、通りを歩く人々の視線が、レイたちに向けられる。


複雑な眼差し。


「……あの子たち、本当に行くのか」


「北に? 無茶だ」


「でも……塔を直したんだろ?」


囁き声が、背中に突き刺さる。


レイは前を向いたまま、歩き続けた。


ギルドに着くと、エルネストが扉の前で待っていた。


「七日だ」


「はい」


「無理はするな。到達できなかったら——」


エルネストは一度言葉を切り、続けた。


「引き返せ。命の方が大事だ」


レイは頷いた。


「分かってます」


エルネストは測定器を取り出した。


レイのv2より一回り大きい。


「これを持っていけ」


「え……」


「貸すだけだ。戻ってきたら返せ」


エルネストは測定器をレイに渡し、低い声で続けた。


「昔、北に行った者がいた」


「……え?」


「二十年前だ。若い冒険者が、北の山を越えようとした」


エルネストの目が、遠くを見る。


「だが——山の向こうで、消えた。遺体も、痕跡も、何も見つからなかった」


セラフィナの表情が、強張る。


「……何が、起きたんですか」


「分からん。だが——」


エルネストはレイを見た。


「北は、何かが待っている。気をつけろ」


レイは測定器を受け取った。


重い。


だが、確かな重さだった。


「……ありがとうございます」


エルネストは頷き、マーカスに視線を向けた。


「頼む」


「任せろ」


港町の外れに、ギルド応援部隊が集まっていた。


トーマス、アリス、カイラ。


そして——数人の冒険者たち。


「準備はいいか?」


マーカスが尋ねると、トーマスが軽く手を上げた。


「いつでも」


「じゃあ——」


その時、誰かが声をかけてきた。


「坊主」


振り返ると、老漁師が立っていた。


「……本当に行くのか」


「はい」


老漁師は、しばらくレイを見つめていた。


「……昔、俺の知り合いも、北に行った」


「エルネストさんから、聞きました」


「そうか」


老漁師は息を吐き、続けた。


「あいつは、若かった。俺より少し年上だったが——無茶をする奴だった」


「……何を、探しに?」


「知らん。ただ——あいつは言ってた。『北に、何かがある』って」


老漁師の目が、遠くを見る。


「で——戻ってこなかった」


レイは、何も言えなかった。


老漁師は踵を返し、歩き出した。


「……気をつけろ」


一行は、港町を離れ始めた。


レイは振り返った。


港町の建物が、少しずつ小さくなっていく。


人々の姿が、遠ざかっていく。


「……行こう」


セラフィナが隣で呟いた。


レイは頷き、前を向いた。


北へ。


森に入ると、空気が変わった。


湿った土の匂い。


木々の葉が風で揺れる音。


だが——鳥が、鳴いていない。


「……静かだな」


トーマスが呟いた。


「ああ」


マーカスが剣の柄に手を掛ける。


「おかしい」


レイは測定器を取り出した。


北に向けると——


明滅が、乱れている。


「……え?」


二秒、三秒、一秒、二秒——


不規則。


「どうした?」


マーカスが尋ねた。


「測定器が……乱れてます」


「どういう意味だ」


「分からない。今まで、こんなこと——」


その時、ガルムが低く唸った。


「……来る」


マーカスが剣を抜いた。


「構えろ」


レイは測定器を収め、マナを集め始めた。


茂みが揺れた。


そして——


飛び出してきたのは、灰色の毛皮に覆われた、狼のような魔獣だった。


Level 1。


ウルフ種。


一体——いや、二体。


「レイ、下がれ!」


マーカスが叫び、大盾を構えた。


ガルムが跳んだ。


黒い影が、ウルフに襲いかかる。


一体目のウルフが、ガルムの牙に喉を噛まれて——


だが、倒れる直前、ウルフが——鳴いた。


「キィ——ン」


それは、悲鳴ではなく——警告のような声だった。


そして、ウルフは倒れた。


二体目が、セラフィナに向かって跳んだ。


「セラ!」


レイが叫び、マナを集めた。


空気を圧縮する。


撃つ——


バン、という音とともに、圧縮された空気の塊がウルフを弾き飛ばした。


ウルフは地面に転がり——


すぐに、立ち上がった。


だが、その目が——レイを見ていない。


北を、見ている。


「……?」


次の瞬間、ウルフは——逃げた。


森の奥へ。


「……逃げた?」


トーマスが双剣を収めながら、呟いた。


「Level 1が、逃げるか?」


マーカスは剣を収めず、周囲を見回した。


「……おかしい」


レイは測定器を取り出し、北に向けた。


明滅が——また、乱れている。


二秒、一秒、三秒——


「……何が、起きてるんだろう」


セラフィナが呟いた。


レイは測定器を見つめた。


「分からない。でも——」


レイは北を見た。


森の奥。


木々の向こう。


「何かが、いる」


ガルムが、低く唸った。


「……何か、逃げた」


「Level 1じゃない?」


「……分からない」


ガルムの声は、いつもより低かった。


「でも——大きい」


マーカスは剣を構え直した。


「全員、警戒しろ」


一行は、森を進み始めた。


レイは測定器を北に向けたまま、歩いた。


明滅は——まだ、乱れている。


そして——


遠くで、何かが動く音がした。


木々が揺れる。


地面が、微かに震える。


「……何だ、あれ」


トーマスが呟いた。


レイは測定器を見た。


明滅が——止まった。


一瞬、完全に消えた。


そして——


また、光り始めた。


二秒。


二秒。


二秒——


規則的。


「……戻った?」


セラフィナが尋ねた。


「……分からない」


レイは測定器を仕舞い、前を向いた。


「でも——行こう」


森を抜けると、草原が広がっていた。


遠くに、山が見える。


その向こうに——北の塔がある。


「七日……」


レイが呟くと、マーカスが答えた。


「ああ。一日平均——二十キロ。休憩なしで、だ」


「……間に合いますか」


「分からん」


マーカスの声は、静かだった。


「だが、行くしかない」


レイは測定器を取り出し、北に向けた。


光が、強く明滅する。


二秒。


二秒。


二秒——


「……呼んでる」


セラフィナが呟いた。


「ええ」


レイは測定器を仕舞い、歩き始めた。


そして——振り返った。


森の奥。


何かが、まだ——そこにいる。


見えない。


だが、確かに——いる。


「……レイ?」


セラフィナが尋ねた。


「……何でもない」


レイは前を向いた。


七日の旅路が、始まった。


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(第8章14話 終)

-----

港町を離れ、戻らぬ冒険者たちが消えたという静寂の森へ。そこで目にしたのは、好戦的なはずの魔獣が「何か」に怯えて逃げ出す異常な光景だった。

不規則に乱れる明滅と、背後に潜む巨大な影。七日の旅路は、その最初の一歩からレイの予測を大きく超え始めていた。


次にレイが"確かめに向かう"のは、森の奥に潜む「何か」の正体か。


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