表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

147/153

【第12講:セラ先生の世界講座】省エネの話 ~削ったら、なんで崩れるの?~

レイ

「先生、さっきの『不安定な部分に励ましを』って……もしかして、僕が削った後のこと言ってます?」


セラ

「え? そうだよ。崩れるのは、仕様だからね」


レイ

「仕様で片付けないでくださいよ。こっちは本気で転びそうなんですから」

 パチパチパチ。


 突然、拍手が聞こえた。


 宿の部屋のはずだった。


 一秒前まで、確かに宿の部屋だった。


 気づいたらレイは椅子に座っており、正面には黒板があり、黒板の前には指示棒を持ったちびキャラが立っていた。


「……また?」


「また、です」


 セラフィナは満足そうに頷いた。


 目がしいたけ型に細まっている。


 機嫌がいい時の顔だ。


 レイはそれを三回の講座で学習した。


 機嫌がいい時ほど、ろくでもないことが起きる。


「今日は何の話?」


「省エネの話です」


「省エネ」


「はい」


 セラフィナは指示棒をくるりと回した。


「では、始める前に」


「あ、来た」


「拍手をお願いします」


「やっぱり」


 レイは額に手を当てた。


 毎回これだ。


 毎回、始まる前に拍手を要求される。


 しかも毎回、理由がついてくる。


「今回は——」


 セラフィナが指示棒を立てた。


「不安定な部分に励ましを込めて、どうぞ」


「不安定って何が不安定なの!? まだ何も始まってないのに!」


「長めに。一段階、重くお願いします」


「長さと重さの両方を指定するな!! しかも単位が分からない! どうやって重くするんだよ!」


「手の角度を、少し落としてください」


「角度!!」


 レイは角度を落として、長めに、重めに、拍手をした。


 パチパチパチパチ。


 セラフィナは目を細めた。


 満足そうだ。


「ありがとうございます。では、始めます」


 黒板に、図が描かれた。


 丸が一つ。


 その丸から矢印が出て、ループしている。


 さらに、もう一つのループ。


 二つのループが並んでいる。


 レイは眺めた。


 左のループ。


 右のループ。


 矢印の向き、記号の配置——


「……ん?」


 セラフィナは何も言わなかった。


 指示棒を持ったまま、待っている。


「……これ、同じじゃない?」


「正解です」


 間があった。


「……え?」


「同じです」


 セラフィナはうなずいた。


「ループAとループBは、同じ処理をしています」


「同じ処理を」


「二回、しています」


「……なんで?」


「質問は後で」


「いや、今聞かせろよ!!」


 セラフィナは指示棒でトントンと黒板を叩いた。


「重要なのは、『同じ処理が二つある』という事実です。概念的に——」


「後で、ね」


「理解が早くなりましたね」


「褒めるな。腹が立つ」


 セラフィナはふわりと横を向いた。


 指示棒を持ち直す。


「同じ処理が二つある。では」


 と言って、レイを見た。


「片方は、いりますか?」


 レイは少し考えた。


「……いらない?」


「はい」


「消せる?」


「はい」


「消したら、速くなる?」


「はい」


 レイは思わず身を乗り出した。


「それって——」


「崩れますね」


「……え?」


「消すと、崩れます」


 レイは止まった。


「……今、速くなるって言った?」


「言いました」


「崩れるとも言った?」


「言いました」


「どっちなの!!」


「両方です」


 セラフィナは、無言で黒板に向かった。


 レイは何も言えなかった。


 「両方です」が空中に残っている。


 速くなる。


 崩れる。


 両方。


 同時に。


 チョーク音がした。


 黒板が、変わった。


 ループBが消えた。


 残ったループAが——微妙に、震えていた。


 線がぶれている。


 チョークで描かれた線が、微かに揺れているように見える。


「……視覚的補助?」


「一回目です」


 セラフィナが言った。


「ループBは、ループAの補助輪として機能していました」


「補助輪」


「処理としては冗長です。無駄です。しかし——」


 指示棒が、震えている線を指した。


「外すと、崩れます。補助輪を外した直後の自転車と、同じです」


 レイは黒板を見た。


 震えているループA。


 補助輪を外した直後。


 なるほど——


「……でも、そのうち慣れて普通に乗れる?」


「はい」


「じゃあ消した方が最終的にはいい?」


「質問は後で」


「二回目!!」


「育成順です」


「育成されてる場合じゃないんだよ!! 同じ封殺が来たから『二回目!』って言ったのに、そこで育成順って言うな!!」


 セラフィナはチョークを取り出した。


 震えているループAの下に、何かを書いている。


 レイは目を凝らした。


「……何か書いてる。小さすぎて——」


「安定」と書いてある。


 その下に、極めて小さな文字で。


「(慣れるまで)」


「読ませる気ある!?」


「視覚的補助です」


「二回目! しかも文字サイズで情報量を調節するな!! なんで『安定』はでかくて『慣れるまで』はあんな小さいんだ!!」


「印象の問題です」


「印象操作って言え!!」


 セラフィナは満足そうに頷いた。


「概念的に——崩れることで、正しい状態です」


 レイは額を机に押し付けた。


「崩れて正しい……」


「はい」


「それ、励ましになってない……」


「励ましの話ではありません」


 セラフィナが指示棒を立てた。


「仕様の話です」


「崩れて正しい、という言葉が正しいかは、場合によりますかね?」


 一瞬の間。


「……場合によります」


 レイは完全に黙った。


 黒板が、また変わった。


 シンプルな図だ。


 左に「削る」。


 右に二つの矢印が伸びている。


 上の矢印の先に「速くなる」。


 下の矢印の先に「崩れやすくなる」。


「復唱してください」


 とセラフィナが言った。


「……削ると、速くなる。崩れやすくなる」


「正解です」


「……補助輪を外したら速くなるけど、最初は転ぶ」


「より正確です」


「……慣れれば安定する」


「正解です」


「じゃあ、最終的には——」


「次回です」


「やっぱり!!」


「育成順です」


 セラフィナはくるりと黒板の方を向いた。


 追加で何かを書いている。


「削る」の図の隣に、新しい一文が加わった。


「消したら、何が残るか」


 レイは黙った。


「削って、ループBがなくなった」


 セラフィナが言った。


「残ったのは、ループAだけです」


「うん」


「二つあると、どちらがどちらかわかりません」


 セラフィナが言った。


「一つになって、初めてわかります。これが本体だと」


「……ループBを消したから、ループAが本物だって分かった」


「概念的に、そうです」


「それって——なんで最初から二つあったんだ? ループBって、何のためにあったの?」


 一瞬の間。


「それは——」


 セラフィナが指示棒を立てた。


「次回です」


「やっぱり!!」


「拍手をお願いします」


「まとめの拍手?」


「不安定な部分に励ましを込めて。長めに。一段階、重く」


「さっきと全部同じ指定じゃないか!!」


「角度も、同じで」


「角度の指定は覚えてたのかよ……」


 レイは角度を落として、長めに、重めに、拍手をした。


 パチパチパチパチ。


 セラフィナは一度だけ目を閉じた。


 それから開いて、指示棒をくるりと回した。


「次回は」


 と言った。


「回復魔法について解説します」


「回復魔法? 治すやつ?」


「治しません」


「……え?」


「次回です」


 ピシッ。


 指示棒が鳴った。


 レイは一秒、固まった。


 治しません。


 回復魔法なのに、治しません。


 なんか、嫌な予感がする。


 宿の部屋だった。


 一瞬前から、ずっと宿の部屋だった。


 時間は何も経っていない。


 窓の外の光が、まったく同じ角度で差し込んでいる。


 レイは椅子に座ったまま、天井を見た。


 削ったら、崩れる。


 補助輪を外した直後の、あの感触。


「……あの時、一回目で滑ったのは」


 自分で消したから。


 安定してた補助輪を、自分で外したから。


 だから崩れかけた。


 出たけど、形が違った。


 それだけの話だったのか。


 手を開いて、閉じた。


「慣れる、しかないな」


 一拍置いて。


「……慣れたら、どこまで速くなるんだろう」


 窓の外で、鳥が鳴いた。

---

【第12講・終】

---

レイ

「……慣れれば、どこまでも速くなるってことですか?」


セラ

「さあ。どこまでも、っていうのは。

 世界の端っこを、自分で決めるってことだよ」


レイ

「……また、意味の分からないことを」


セラ

「気になるなら、

 あとで見返せばいいよ」


レイ

「……はい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ