【第12講:セラ先生の世界講座】省エネの話 ~削ったら、なんで崩れるの?~
レイ
「先生、さっきの『不安定な部分に励ましを』って……もしかして、僕が削った後のこと言ってます?」
セラ
「え? そうだよ。崩れるのは、仕様だからね」
レイ
「仕様で片付けないでくださいよ。こっちは本気で転びそうなんですから」
パチパチパチ。
突然、拍手が聞こえた。
宿の部屋のはずだった。
一秒前まで、確かに宿の部屋だった。
気づいたらレイは椅子に座っており、正面には黒板があり、黒板の前には指示棒を持ったちびキャラが立っていた。
「……また?」
「また、です」
セラフィナは満足そうに頷いた。
目がしいたけ型に細まっている。
機嫌がいい時の顔だ。
レイはそれを三回の講座で学習した。
機嫌がいい時ほど、ろくでもないことが起きる。
「今日は何の話?」
「省エネの話です」
「省エネ」
「はい」
セラフィナは指示棒をくるりと回した。
「では、始める前に」
「あ、来た」
「拍手をお願いします」
「やっぱり」
レイは額に手を当てた。
毎回これだ。
毎回、始まる前に拍手を要求される。
しかも毎回、理由がついてくる。
「今回は——」
セラフィナが指示棒を立てた。
「不安定な部分に励ましを込めて、どうぞ」
「不安定って何が不安定なの!? まだ何も始まってないのに!」
「長めに。一段階、重くお願いします」
「長さと重さの両方を指定するな!! しかも単位が分からない! どうやって重くするんだよ!」
「手の角度を、少し落としてください」
「角度!!」
レイは角度を落として、長めに、重めに、拍手をした。
パチパチパチパチ。
セラフィナは目を細めた。
満足そうだ。
「ありがとうございます。では、始めます」
黒板に、図が描かれた。
丸が一つ。
その丸から矢印が出て、ループしている。
さらに、もう一つのループ。
二つのループが並んでいる。
レイは眺めた。
左のループ。
右のループ。
矢印の向き、記号の配置——
「……ん?」
セラフィナは何も言わなかった。
指示棒を持ったまま、待っている。
「……これ、同じじゃない?」
「正解です」
間があった。
「……え?」
「同じです」
セラフィナはうなずいた。
「ループAとループBは、同じ処理をしています」
「同じ処理を」
「二回、しています」
「……なんで?」
「質問は後で」
「いや、今聞かせろよ!!」
セラフィナは指示棒でトントンと黒板を叩いた。
「重要なのは、『同じ処理が二つある』という事実です。概念的に——」
「後で、ね」
「理解が早くなりましたね」
「褒めるな。腹が立つ」
セラフィナはふわりと横を向いた。
指示棒を持ち直す。
「同じ処理が二つある。では」
と言って、レイを見た。
「片方は、いりますか?」
レイは少し考えた。
「……いらない?」
「はい」
「消せる?」
「はい」
「消したら、速くなる?」
「はい」
レイは思わず身を乗り出した。
「それって——」
「崩れますね」
「……え?」
「消すと、崩れます」
レイは止まった。
「……今、速くなるって言った?」
「言いました」
「崩れるとも言った?」
「言いました」
「どっちなの!!」
「両方です」
セラフィナは、無言で黒板に向かった。
レイは何も言えなかった。
「両方です」が空中に残っている。
速くなる。
崩れる。
両方。
同時に。
チョーク音がした。
黒板が、変わった。
ループBが消えた。
残ったループAが——微妙に、震えていた。
線がぶれている。
チョークで描かれた線が、微かに揺れているように見える。
「……視覚的補助?」
「一回目です」
セラフィナが言った。
「ループBは、ループAの補助輪として機能していました」
「補助輪」
「処理としては冗長です。無駄です。しかし——」
指示棒が、震えている線を指した。
「外すと、崩れます。補助輪を外した直後の自転車と、同じです」
レイは黒板を見た。
震えているループA。
補助輪を外した直後。
なるほど——
「……でも、そのうち慣れて普通に乗れる?」
「はい」
「じゃあ消した方が最終的にはいい?」
「質問は後で」
「二回目!!」
「育成順です」
「育成されてる場合じゃないんだよ!! 同じ封殺が来たから『二回目!』って言ったのに、そこで育成順って言うな!!」
セラフィナはチョークを取り出した。
震えているループAの下に、何かを書いている。
レイは目を凝らした。
「……何か書いてる。小さすぎて——」
「安定」と書いてある。
その下に、極めて小さな文字で。
「(慣れるまで)」
「読ませる気ある!?」
「視覚的補助です」
「二回目! しかも文字サイズで情報量を調節するな!! なんで『安定』はでかくて『慣れるまで』はあんな小さいんだ!!」
「印象の問題です」
「印象操作って言え!!」
セラフィナは満足そうに頷いた。
「概念的に——崩れることで、正しい状態です」
レイは額を机に押し付けた。
「崩れて正しい……」
「はい」
「それ、励ましになってない……」
「励ましの話ではありません」
セラフィナが指示棒を立てた。
「仕様の話です」
「崩れて正しい、という言葉が正しいかは、場合によりますかね?」
一瞬の間。
「……場合によります」
レイは完全に黙った。
黒板が、また変わった。
シンプルな図だ。
左に「削る」。
右に二つの矢印が伸びている。
上の矢印の先に「速くなる」。
下の矢印の先に「崩れやすくなる」。
「復唱してください」
とセラフィナが言った。
「……削ると、速くなる。崩れやすくなる」
「正解です」
「……補助輪を外したら速くなるけど、最初は転ぶ」
「より正確です」
「……慣れれば安定する」
「正解です」
「じゃあ、最終的には——」
「次回です」
「やっぱり!!」
「育成順です」
セラフィナはくるりと黒板の方を向いた。
追加で何かを書いている。
「削る」の図の隣に、新しい一文が加わった。
「消したら、何が残るか」
レイは黙った。
「削って、ループBがなくなった」
セラフィナが言った。
「残ったのは、ループAだけです」
「うん」
「二つあると、どちらがどちらかわかりません」
セラフィナが言った。
「一つになって、初めてわかります。これが本体だと」
「……ループBを消したから、ループAが本物だって分かった」
「概念的に、そうです」
「それって——なんで最初から二つあったんだ? ループBって、何のためにあったの?」
一瞬の間。
「それは——」
セラフィナが指示棒を立てた。
「次回です」
「やっぱり!!」
「拍手をお願いします」
「まとめの拍手?」
「不安定な部分に励ましを込めて。長めに。一段階、重く」
「さっきと全部同じ指定じゃないか!!」
「角度も、同じで」
「角度の指定は覚えてたのかよ……」
レイは角度を落として、長めに、重めに、拍手をした。
パチパチパチパチ。
セラフィナは一度だけ目を閉じた。
それから開いて、指示棒をくるりと回した。
「次回は」
と言った。
「回復魔法について解説します」
「回復魔法? 治すやつ?」
「治しません」
「……え?」
「次回です」
ピシッ。
指示棒が鳴った。
レイは一秒、固まった。
治しません。
回復魔法なのに、治しません。
なんか、嫌な予感がする。
宿の部屋だった。
一瞬前から、ずっと宿の部屋だった。
時間は何も経っていない。
窓の外の光が、まったく同じ角度で差し込んでいる。
レイは椅子に座ったまま、天井を見た。
削ったら、崩れる。
補助輪を外した直後の、あの感触。
「……あの時、一回目で滑ったのは」
自分で消したから。
安定してた補助輪を、自分で外したから。
だから崩れかけた。
出たけど、形が違った。
それだけの話だったのか。
手を開いて、閉じた。
「慣れる、しかないな」
一拍置いて。
「……慣れたら、どこまで速くなるんだろう」
窓の外で、鳥が鳴いた。
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【第12講・終】
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レイ
「……慣れれば、どこまでも速くなるってことですか?」
セラ
「さあ。どこまでも、っていうのは。
世界の端っこを、自分で決めるってことだよ」
レイ
「……また、意味の分からないことを」
セラ
「気になるなら、
あとで見返せばいいよ」
レイ
「……はい」




