【第8章12話】 三分間の接近
「明日の夜」だと思っていた猶予は、音を立てて崩れ去った。
目の前で点滅を始めた装置と、手の中でかつてないほど激しく跳ねる測定器。
猶予はあと数時間。それまでに、あの凶悪なLevel 2の縄張りを突破しなければならない。
──自分に与えられた時間は、わずか「三分」だった。
朝。
レイは目を覚ました。
測定器が、跳ねている。
机の上。
カタカタと、音を立てて。
「……まだ」
セラが起き上がる。
「止まりませんね」
「うん」
レイが測定器を手に取る。
震えが伝わる。
強く。
昨日より、強く。
「北が、呼んでる」
「はい」
窓の外。
北の空。
赤い光。
まだ、光っている。
「行かないと」
「……はい」
宿の食堂。
マーカスが地図を広げていた。
「北の塔まで、七日」
「でも、装置が止まるのは……」
エルネストが記録を見る。
「明日の夜」
「間に合わない」
トーマスが呟く。
「七日じゃ、間に合わない」
レイが測定器を置く。
跳ね続けている。
「でも、行かないと」
「装置が止まる」
「循環も、止まる」
マーカスが頷く。
「分かってる」
「だが、問題がある」
「Level 2だ」
アリスが報告する。
「昨日の痕跡を確認しました」
「足跡、爪痕」
「装置の周辺、半径百メートル」
「完全に、縄張りです」
カイラが不安そうに言う。
「近づけば、襲われます」
「確実に」
ガルムが立ち上がる。
「……突破」
マーカスがガルムを見る。
「お前一人では無理だ」
「……Level 2、強い」
ガルムが呟く。
「……でも、やる」
「……レイのために」
レイが拳を握る。
「僕も、行く」
「戦う」
「ダメだ」
マーカスが即座に言う。
「お前は測定だけだ」
「四回で倒れる」
「五回目は、死ぬかもしれない」
「でも……」
「ダメだ」
レイが視線を落とす。
「……仕方ない、か」
セラがレイの手を取る。
「レイ、マーカスさんが正しいです」
「分かってる」
「でも、僕だけ何もしないで……」
「測定が、お前の仕事だ」
マーカスが地図を叩く。
「それが一番重要だ」
森の中。
装置へ向かう。
マーカスが先頭。
トーマス、アリス、カイラ、エルネストが続く。
レイとセラは中央。
ガルムが後ろ。
測定器の震えが激しくなる。
「……近い」
ガルムが呟く。
トーマスが立ち止まる。
「痕跡が新しい」
「今朝のものだ」
マーカスが盾を構える。
「警戒しろ」
装置が見えた。
光っている。
青い光。
昨日より、弱い。
「……え?」
レイが驚く。
脈動が、乱れている。
一秒、〇・八秒、一・二秒。
そして――
消えた。
一瞬、完全に。
また、光る。
「点滅してる……!」
エルネストが装置に駆け寄る。
「四つ目が!」
記号の一つ。
光が、点滅していた。
一秒、消える。
また、光る。
「劣化が、加速してる」
エルネストが記録を取る。
「このペースだと……」
「今夜中にも、止まるかもしれない」
マーカスが舌打ちする。
「明日じゃない……」
「今日だ」
ガルムが唸る。
「……来る」
全員が振り向く。
森の奥。
足音はない。
でも、気配。
「Level 2……!」
トーマスが剣を抜く。
姿が見えた。
灰色の毛皮。
大きな体。
二体。
昨日の、残り。
「……見てる」
ガルムが呟く。
「……装置を」
Level 2は動かない。
ただ、じっと。
装置を、見ている。
守るように。
レイが一歩、装置へ近づく。
Level 2が反応する。
頭を上げ、一歩、前に出る。
低く、唸る。
警告。
近づくな、と。
装置の光が、一瞬強くなる。
Level 2が反応する。
頭を振り、装置を見る。
測定器が激しく震える。
レイの手の中で。
「……レイ!」
ガルムが叫ぶ。
レイが足を止める。
Level 2も、止まる。
ただ、見ている。
距離、五十メートル。
「……怒ってる」
ガルムが呟く。
「……近づけば、来る」
「……確実に」
マーカスが撤退を指示する。
「今日は、ここまでだ」
「作戦を立て直す」
レイが装置を見る。
光は、点滅している。
脈動は、乱れている。
「時間が、ない」
「分かってる」
マーカスが頷く。
「だが、今は無理だ」
森の外れ。
全員が息を切らしていた。
マーカスが地図を広げる。
「Level 2を引き離す」
「その隙に、装置へ接近」
「時間は?」
トーマスが問う。
「三分」
「足りるか?」
「……試してみないと」
レイが測定器を見る。
まだ、跳ねている。
マーカスが地図を閉じる。
「引き離せなければ……」
「装置は、止まる」
エルネストが頷く。
「循環も、止まる」
「世界が、また元に戻る」
セラが不安そうに言う。
「Level 2が戻ってきたら……」
「レイが、挟まれます」
レイが測定器を見る。
跳ね続けている。
「……でも、やるしかない」
エルネストが記録を取る。
「明日、実行するのか?」
「いや」
マーカスが即答する。
「今日だ」
「今夜、装置が止まるかもしれない」
「今日の夕方、実行する」
ガルムが立ち上がる。
「……引き離す」
「……俺が」
「一人じゃ無理だ」
「……でも、やる」
セラがガルムに近づく。
「私も、手伝います」
「……セラも?」
「はい」
セラが頷く。
「二人なら、引き離せます」
マーカスが考える。
「……いいだろう」
「だが、無理はするな」
「引き離したら、即座に戻れ」
「分かりました」
撤退。
後ろから、足音。
重い。
「……追ってる」
ガルムが振り返る。
Level 2が、見えた。
距離、五十メートル。
さっきより、近い。
「……近い」
ガルムが唸る。
Level 2が止まる。
ただ、見ている。
「……次は、もっと近い」
ガルムが呟く。
宿に戻る。
レイは測定器を机に置いた。
跳ね続けている。
カタカタと。
「今日……」
セラが隣に座る。
「夕方、ガルムと引き離します」
「レイは、装置へ」
「……うん」
レイがセラを見る。
「怖くない?」
「怖いです」
セラが即答する。
「Level 2は、強い」
「でも……」
「レイのためです」
「装置を、確かめないと」
「北へ、行けません」
レイがノートを開く。
「装置に触れれば……」
「次の指示が、聞こえるかもしれない」
「でも、止まっていたら?」
セラが答える。
「北へ、行けません」
「循環も、止まります」
レイが頷く。
「……だから、今日」
「確かめる」
セラが測定器を見る。
「三分しか、ありません」
「装置が、反応しなかったら……」
「時間が、足りないかもしれません」
「でも、やるしかない」
「……はい」
窓の外。
北の空。
赤い光が、見える。
北の塔。
まだ、光っている。
「装置が言ってた」
「『あと、一つ。北』って」
「はい」
「北の塔が、鍵なのかな」
「可能性は、高いです」
セラがノートを開く。
「装置は、四つで完成じゃありませんでした」
「準備、でした」
「何の?」
「北の塔が、何かをするための」
レイが測定器を見る。
まだ、跳ねている。
「北の塔は、何をするんだろう」
「分かりません」
「でも、確かめないと」
二人は、窓の外を見た。
北の塔の赤い光。
装置の青い光。
測定器の、跳ねる音。
夕方が近づく。
レイは準備を整えた。
測定器。
ノート。
ガルムが立ち上がる。
「……行く」
セラが頷く。
「はい」
マーカスが全員を見る。
「作戦を確認する」
「ガルムとセラが、Level 2を引き離す」
「その隙に、レイが装置へ接近」
「時間は三分」
「三分経ったら、即座に撤退」
「分かったな」
全員が頷く。
「行くぞ」
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(第8章12話 終)
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引き離し役を買って出たセラとガルムの決意が、レイの背中を押す。
装置が完全に沈黙する前に、もう一度その深淵に触れ、北の塔へ続く「最後の手がかり」を掴み取れるのか。
成功の保証はない。だが、退くという選択肢はすでに消えていた。
次にレイが"確かめに向かう"のは──。
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