転生メイドと好きなもの
転生、なんて。夢だと思うじゃない。
いつまでたっても覚めない長い夢。剣と魔法と妖精のファンタジーとか、私って意外と子供っぽい夢だなぁ、なんて思ったりもして。
夢じゃないって思い知ったのは、産みの両親に「化け物」と言われてからだった。
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お嬢様から離れてテオフィル様に仕える事、半月。
仕事は転生してから全力で覚えたから慣れてるし、特に問題はない。しいていえば、同僚や部下からの妬み嫉みが凄いくらいかしら。
私だって、望んで皇太子の専属メイドなんてやってるわけじゃないのよ。私の忠誠はヴィヴィアンヌお嬢様個人に向いてるし。
仕事だから仕方なくってやつよね。お嬢様に言われたら反対なんてできないわ。
あ、そういえば。
「ねぇ、テオフィル様の好きなものって何?」
「ん?」
書類から顔を上げて、むかつくほどの美形が首を傾げる。これで自分に自信が持てないとか、鏡見たことがないのかしらって感じ。
見た目は良いし、家柄は当然トップだし。学校での成績はどの分野でも常にトップクラス、総合成績はお嬢様と1位争い。できないことってあるのってくらい。
それなのに、自己否定がひどくて根本的に根暗。『ゲーム』のオチを知ってる身からすれば、なんで今生きてるのか不思議なくらいにネガティブな人。
お嬢様も、なんでこんな男が好きなのかしらねぇ……。
って、それは置いといて。
「花とかハンカチとかいろいろ贈ったじゃない。お嬢様が気にしてるのよ、貰ってばかりじゃ申し訳ないって。好きなものとか欲しいものとか、聞いてほしいって言われてたのよね」
「気にしなくとも良いのになあ。というか、あれは私からの詫びのつもりだったんだが……」
「察しなさいよ、乙女心よ。好きな人のことは何でも知りたいに決まってるでしょ」
あぁ、ほら。
今だって、私の言葉を疑って、微妙な顔してる。好かれてるってそろそろ信じても良いと思うんだけど。
というか、さっさと信じてお嬢様に応えてほしいんだけど。そりゃ、恋愛なんて他人が首を突っ込むことじゃないけど、突っ込まないといつまでたっても見合ってるだけなんだもの。
テオフィル様は少し迷うように目線をそらして、万年筆に視線を止めた。
まさか……。
「じゃあ、万年筆の新しいものでも……」
「なんっで婚約者からの贈り物に事務用品を選ぼうとするのよバカじゃない!?」
しかも凄くどうでもよさそうな選び方だし! 一歩間違えば文鎮とか言いそうな勢いだったし!
「もうちょっとあるでしょっ。貴族なんだから花とか本とか、男性だったらタイとか」
「リュシー、意外と詳しいね」
「それはまあ……」
贈るのも受け取るのも、慣れているし。
脳裏によぎったのは、両親の姿。前に会ったのはいつだったかしら。結婚相手を漁るように言われたときかしら。
ああ、そんなこと思い出してる場合じゃないわ。
「……とにかく、何を選ぶにしても好きな色とかモチーフとか、教えてくれたっていいでしょう」
ずっと一緒ってわけじゃないけど、昔からの付き合いがあるお嬢様ですら知らないとか。秘密主義極まりすぎじゃない。
『ゲーム』の知識を活用しようにも、細かなことは忘れてるし。というか、『テオフィル』の好きなものって『ゲーム』に出て来たかしら?
万年筆を手放し、テオフィル様は困ったように笑みを浮かべた。カップに残っていた紅茶を飲み干し、へらりと言う。
「いや、その……教えたくないわけではなくてね、私は特別好きなものがないのだよ」
「は? 何言って……え、マジな感じ?」
「ああ、マジだ。私が……『王子』が好き嫌いなんてしていては、経済的に余波が起きる。それをコントロールできないなら、表に出すべきじゃない。そうして、意識して表情に出さないようにしていたら、それが本当になっていただけだよ」
笑顔を浮かべて何でもないことのように言ってるけど。それって。
必要なことだからって、好きなものを好きって言わないで、嫌いなものも全部我慢して受け入れて。そうして、自分が何を好きだったのかも分からなくなるなんて。
「……『王子』って、そこまでしなきゃいけないものなの。そんな、個人的なことまで……」
「個人なんて存在しないよ。私は常に公人だ」
「そんな風に割り切れてたら、死のうなんて思わないでしょ」
私の言葉に、テオフィル様は小さく息をのんだ。そうだ、私は知ってる。この人がどれだけ死にたくて仕方がないのか。いや、死にたいっていうか、消えたい、かしら。
「私にくらい、弱音を吐いたっていいでしょ。メインルートが『妖精に浚われて永遠に神隠し』とかいう公式バッドエンドの王子は、そういう生き方を選べなかったけど、テオフィル様は生きてるし」
「……『ゲーム』の私のエンディングが思った以上に暗いな。てっきり廃嫡か追放程度かと思っていたのだが」
「それもあったわよ。っていうかどのルート選んでも『テオフィル』は皇太子になってないわ。あらゆる方法で人生バッドエンドよ」
「開発陣は私のことが嫌いなのかい?」
むしろ好かれた結果のような気もするけどね。たしか製作した人の一番の推しキャラだし。好かれた結果がこれってどうなの、とは思うけど。
「とにかく……これからは遠慮なんかしなくていいの。少なくとも私は、もう貴方がそういう人だってこと知ってるんだから」
「遠慮していないつもりだったのだが……そうか」
私の言葉から何を受け取ったのか、テオフィル様はうつむいて手で口元を覆った。空いた手で手持無沙汰に前髪をいじってるけど、これって。
少しの間の後、私はにやりと笑みを浮かべて顔を覗きこんだ。ちらっと見えた顔は苦々しく歪んでいるけど、これって。
「ひょっとして、照れてる?」
「っ、……違、わない、けど」
あら、一歩前進。
頬をほんの少しだけピンクにして、照れていることを認めるなんて。認めたらより恥ずかしくなったのか、あー、と声を上げて顔を両手で覆った。
「駄目だろ、私……。これ以上リュシーに甘やかされたら、私はもっと駄目人間になりそうだ……」
「この程度で、甘えてるつもりなのねぇ……」
ラインが低いわ。低すぎるわ。
っていうか、理想のラインが高すぎるのかしら。常にポーカーフェイスで誰にも弱みを見せないなんて、ロボットでもあるまいし無理でしょ。
「……よし、私、全力でテオフィル様をダメ人間にするわ」
「そんなキリッとした顔で決意を固める内容じゃないだろう!?」
止めてくれ恥ずかしい恥ずか死する、なんて喚いているけど、まんざらでもないんじゃない? 本気で止める気だったら、テオフィル様ならどうとにでもなるだろうし。
それに、お嬢様とのじれじれ恋愛を進めるためにも、ちょっとダメな方が良いと思うのよね。この2人って賢いバカだから、お互いに遠慮しすぎだもの。
だって、私はメイドだわ。
転生者らしくこの世界を引っかき回した時期もあったけど、もうこりごり。単なるメイドとして、大切なお嬢様の幸せを願うだけ。まぁ、もちろんそれなりに自分の幸せを願いもするけど。
そんな人生目標に、ちょっと追加するだけ。
どうにも心配なこの王子様が、自分の好きなものを言える世界。
難しいことは分かんないけど、それが私にとっての良い未来だわ。




