メイドと元騎士2
冒頭部のみヴィクトール視点が挿入されます。
王子を殺そうとしたんだ。失敗したとはいえ、極刑を覚悟してた。
事実、暴力こそ振るわれなかったものの、数日前までいた場所はひどいものだった。獣じみた悪臭が充満した、暗く湿っぽい牢屋。
だが、それは数日前の話。
いきなり牢から出されてついに処刑かと思ったら、風呂に突っ込まれた。
そのまま全身を磨かれ、御曹司が止まるような部屋で食事を与えられ。夢じゃなさそうだと太陽が沈むのを何度か見送り。
そして現在、目の前にテオフィル王子がいる。
彼は俺の全身の拘束具を外すとにっこりと笑い、信じられないことを言いやがった。
「……は?」
「だから、君には私の従僕となってほしい。経験を積み、ゆくゆくは執事となってもらうつもりだからよろしく」
「……は、あ!?」
何言ってんだこの男。
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基本的に、『彼女』に気付かされたとはいえ私の本質は変わっていない。他者から認められたいと願うくせに、プラス評価に聞く耳持たない面倒な人間だ。
故に、単純なのだが。
私にマイナス感情を向ける者こそ、私は心を許すことができる。殺意を向けてきたデュウしかり、貴族嫌いのシャンゼリンしかり、ね。
リュシーはマイナス感情とは違うかもしれないが、彼女の最優先はヴィヴィアンヌだ。ヴィヴィアンヌの為ならば私に牙をむくなんていう、素敵な根性を持っている。
マルセル? 彼はああ見えて妖精馬鹿で研究馬鹿だ。妖精研究の為とあらば私を顎で使おうとする豪胆さがあるぞ。
まあ、ともかく。
王族である私に対する敬意なんてものは、邪魔なだけだ。気に入られようと媚びを売る者など欲しくない。
私はただ、私が間違えた時に叱ってくれる人が欲しいだけだから。
繰り返しになるが、私は凡夫だ。故に、いつか必ず間違いを犯すだろう。
だから私の傍にいる人間は、私を信頼しない人であってほしいのだ。いつか未来の間違いに……『皇太子』の為すことに文句を言えるような、そういう人物でなくてはね。
私よりも優先する物があるくらいがいい。それが自分であったり、主人であったり、あるいは国であってほしい。
その点、ヴィクトールはちょうどいい。
私に対する殺意は嬉しかったし、エルネストを目の敵にするところとか、正直「分かる、それな」と同意しかない。いや、我が専属騎士が嫌いというほどではないのだが、イラッとするからな。
欲しい、と思っていた。
ただ、王族殺害未遂などという大罪をどう処理するのかだけが問題だった。
常識的に考えれば死罪。
常識的に、考えれば。
そしてこの国には、常識に縛られぬ存在がいる。
「え、何をしたんですか」
「シャンゼリンに頼んで、司法に喧嘩と貸しを売ったのさ」
「どういうことですか!?」
この国の開祖の妻となった妖精、フルドラと同種族であり。
公にはなっていないが、私の命を二度も救った功績があり。
現在もまた、私の肉体を守護し続ける妖精――シャンゼリンが。
「身柄を寄越せ」と言えば、首を縦に振る以外の選択肢は、この国に存在しない。
「いろいろと表向きの理由は用意されているが……基本的には『チェンジリング』の奇跡の切っ掛けになったということで妖精が身柄を求めた、と言ったところだな。一部貴族連中には、妖精の恨みを買ったと噂されているくらいか」
「恨み、って、え?」
「ああ、実際には事実無根だ。私が彼女に望み、そういう風に言わせたのだよ」
元より、皇太子即位に際して恩赦をいくつか出す予定はあった。そこにヒューゴ家が滑り込んだだけ、とも言える。
そんな方法がまかり通ってしまう辺り、改革したいなあとは思うがね。今は我が国の妖精絶対主義に感謝だ。
あとはまあ、陛下も後押ししてくださったというのが大きいだろうな。何故かは分からないが……。感謝状は送ったが、いずれはきちんと話さなければいけないか……最大限、後回しにするとしよう。
と、いう事をさっくりとヴィクトール本人に伝えたのだが、沈黙してしまった。
全身拘束具の芋虫状態で輸送されてきたので、それをぱぱっと外してソファーに座らせ、紅茶を振る舞ったのだが。紅茶も結局冷めてしまったし。ふむ、紅茶の鎮静効果に期待したのだが、いまいちだったか。
そう難しいことを要求はしていない、はずだ。最低限の従僕としての仕事は覚えてもらうが、単なるストレス解消の話し相手が欲しいだけだ。
元々ヒューゴ家は商人から成り上がった貴族だ。私の従僕ともなれば恨み妬みは酷いが、彼ならそういった陰口にも慣れているだろう。
「……あなた、には」
ぽつり、と言葉が落とされた。ヴィクトールは苦々しい顔のまま、言葉を探すように目を逸らして声にしていく。
「貴方には、エルネストがいるでしょう。俺なんかよりも、よっぽど優秀な。話し相手が欲しいだけなら、あの男で事足りる」
「あの男は騎士だ。騎士にしか、ならない。私よりもよっぽど付き合いが深い君のことだ、分かってくれるのではないかな」
確かにエルネストは優秀だ。精神的にも肉体的にもタフで、真面目で努力家。由緒正しい貴族の生まれであり、才能豊かな男。
騎士と言えばというような理想的な騎士で……私に理想を抱いている、素直な男だ。
彼が望むような皇太子に、私は到底なれないからね。何と言うか、隣が居心地悪いのだ。
誰よりもエルネストに憧れ、届かず、妬んだ君なら、きっと理解できるだろう。あの男は少々、眩しすぎる。
「エルネストでは駄目なのだよ。ヴィクトール、君だからいいのだ。努力が無駄になる君だから、私は欲しいと思った」
この国で二番目に優秀な若手騎士。
弟の騎士について調べれば、そのような評価がずっとついて回っていた。成り上がり貴族の余り者、エルネストよりも数段劣った二番目。甘い汁を吸う手腕は一番と、そんな噂を、ずっと。
頑張ったという言葉がどうしようもなく空しい。そんな思いをずっと抱えて来たであろう、君だから。
弟に潰された私のことも、理解、してくれるのではないかと。
「……っ、貴方って人は……」
あれ、何か思ってた反応と違うな。呆れるか、怒るかと思ったのだが。どうも、困惑しているような、苛立つような表情だ。
しばし苦悶するように頭を抱え、数秒。顔を上げた彼は、幾分すっきりとした顔をしていた。
「どうせ俺に拒否権なんてないでしょう。お望みのまま、従僕でも執事でも何でもやりますよ」
「お、今何でもするって言ったね? ではまずは私とフランクな会話をすることから始めようか。とりあえず、状況に応じて敬語とタメ口を切り替えつつ、私にツッコミを入れるぐらいを目指してくれ」
「どんな要求ですかそれっ」
「私の取り扱いについては、先輩であるリュシーに聞くといいだろう。なあ、リュシー」
「まずは、バカなことを言ったらすぐに頭をはたく程度の反射から、かしらね」
「何だこのメイド! え、俺の仕事ってそういう物なんですか!?」
「まあ、大体あっているね」
「慣れてきたらハリセン支給されるから。無駄に製紙技術詰め込んだ高級品よ」
「俺の知ってる従僕と違う!」
ナイスリアクションだ、実に楽しい。是非ともリュシーに磨かれてツッコミとして開花してほしい。
さて……では、エルネストを呼ぶか。これから長く私に仕えてもらうことになる、専属騎士の顔合わせは必須だろう?




