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 彼女の回想

 回想のみ三人称です。

 前世の彼女のお話。

 どうして殴ったか、なんて、まあ言った通りの意味なんだ。


 いろいろと溜め込んでいるなら、涙と一緒に出してしまえばいいと思った。

 ラブコメだったらヒロインが抱き寄せて優しい言葉を囁くんだろうけど、生憎とわたしにそれは似合わない。泣かせるなら殴った方が速そうだし。


 それに、わたしがそう(・・)だったんだから、きっとテオフィルも同じだろうと思ったんだ。

 嫌われることを覚悟してでも怒ってくれるって、凄く嬉しいことだから。




   +++++





 写真屋に入ってから、既に一時間は経過している。


 壁掛け時計を見上げた文起ふみおきは、その整った顔立ちに小さな焦りを浮かべた。

 5歳になった妹の七五三の記念写真撮影。レンタル衣装に着替えさせ、写真を撮ってもらう。それだけであるはずの行程は一切進んでいない。


 物心ついたころには兄であった所為か、中学生には見えない落ち着きのある少年だが、今この時ばかりは年相応に困り果てていた。


「……、あと30分といったところか」


「父さんが戻ってくるまでそれくらいだねぇ、文起兄さん」


 時計を見上げる兄の横で、床に座り込んだ弟が気のない声を出した。

 天使から翼を奪ったような、端整ながらもどこか不安定さも感じる少年である。実際、彼は半ば反射的に兄の言葉を補足しただけで、特に父を待ちかねているわけではない。


 そんな気だるげな弟に、兄は無言で拳を頭に落とした。いて、と小さく抗議めいた声が上がる。


遊転ゆうた、床に座るな。行儀が悪い」


「それと同じこと、結章ゆうきに言えば?」


「……、……」


「兄さんたちって本当に結章に甘いよねぇ。僕が結章と同じように我儘言ったら、問答無用で全力の拳骨でしょ」


 はーぁ、とため息を大きく吐き出し、立ち上がる。

 といっても、言葉ほどに嫉妬や苛立ちを感じているわけではない。今からする事に、多少の憂鬱感があるだけだ。

 嫌なわけではなく、さりとて好きでやるわけでもない。ただ、兄に足りないものを補うのが弟だと、それだけの話だ。


「それなのに、承間しょうま兄さんはどうしてこう、駄目人間かなぁ……」


「遊転お前、兄に対して酷いだろ……」


「兄さんの現状ほどじゃないと思うよ」


 無言で目を逸らされた。


 澄ましていれば間違いなく、写真家がカメラを構えざるを得ないような顔立ちの美少年。しかし背を丸め、落ち着きなく視線を走らせる様子が台無しにしていた。

 そして両手にチョコレートとガムを持ち、妹に対して餌付けを試みて失敗していた。


「……甘いものあげれば、喜ぶかと」


「へそ曲げて駄々こねてる子供を喜ばせてどうすんの」


「おぅ……」


「……兄さんまで座り込んでどうすんの……」


 面倒臭い次男だった。


 役に立たない兄たちから目を背け、遊転は床に座り込む妹に目を向けた。

 長く艶やかな黒髪は乱れ、白い頬には朱が差している。桜色の唇が噛んで赤くなっている姿を見て、遊転はため息をついた。

 兄たちが強く言えない気持ちも十分、理解できる。本当に、我らが妹は愛らしいのだ。


「結章、いい加減にしなよ。写真屋さんに迷惑かけてるの、分かってるでしょ」


 上から掛けられた声に、小さな肩がびくりと跳ねた。

 5歳児といえど、分別はある程度ついている。だが彼女は唇に力を入れ、膝を抱えて顔を伏せた。

 遊転は傍にしゃがみこみ、ぽんと結章の頭に手を置いた。


「結章も写真楽しみにしてたでしょ。父さんと母さんが選んだ着物も綺麗だし、何が不満なの?」


 伏せた頭は動かない。

 遊転はやれやれ、とため息をついて兄たちを見た。長男はますます焦燥を浮かべて黙り込み、次男はおろおろと言葉を失っていた。全く頼りにならない年長者たちである。

 だから三男に、こんな役目が回ってくる。


「はー、もう。仕方ないなぁ……っ」


 ごっ、と鈍い音が響いた。


「ふ、ぁ……っ!」


「……っ」


「ゆっ、遊転!?」


 文起は顔色を変えて駆け寄り、承間も動転し悲鳴のような声を上げた。

 当然である、弟が妹の頭に手加減せずに拳を落としたのだ。遊転はまだ9歳児で非力だが、それでも相手が相手だ。思わずと言った様子で顔を上げた結章の目に、涙が膨れ上がる。


「お前、いくらなんでもこれは……!」


「兄さんたちは黙ってて。……結章、何が不満なのかも言わずに黙ってても何も解決しないでしょ。末っ子だからって甘えすぎだよ」


「う、だって、だってぇ……!」


 ぼろぼろと、大粒の涙が頬を滑り落ちていく。結章はひくりと喉を震わせ、兄たちを見上げた。

 一瞬の空白の後、涙声が破裂した。


「うああぁんっ、だって、兄さんたちと一緒がいいのにぃ!」


「はあ?」


 まさか一緒に写れというのでもあるまい。流石にそこまで甘えん坊ではないはずだ。兄たちの写真を見て、1人で写るものだということも理解しているだろう。

 だが結章は首を振り、違うと泣く。


「写真っ、兄さんたちと一緒じゃなきゃやだぁ! 一緒の! 黒いの!」


「黒ぉ?」


「……それって、袴のことか」


 うっとおしそうに首を傾げた遊転の代わりに、承間が顔を出して応える。袴、と聞いて、文起はああ、と淡々と声を零した。


「そういえばおれたちは全員、黒っぽい袴だったな」


「結章、俺たちと同じ格好で写真撮ると思ってたのか。そっか、兄さんたちと一緒が良かったのか」


「一緒じゃなきゃやだぁ!」


 承間に頭を撫でられ、結章の涙はさらに激しくなった。もはやまともな言葉も出ない。

 よしよし、と頭を撫でながら、承間は兄を見上げ苦笑いした。


「……袴、今から借りられると思うか?」


「どうだろうな……予算とか、あるし。流石に、父さんに一度聞いてみるべきだろう」


「っていうか本当に兄さんたち甘すぎぃ……結章の将来が不安だよ僕……」



 遠くから見守るように。傍で包み込むように。隣で叱咤するように。

 形は違えども、三人の兄は全員、妹を愛してやまないのだ。


 以下は登場人物解説です。年齢は回想内の年齢ではなく、本編に相当する時間軸(01で彼女がゲームをプレイしたころ)のものです。


結章ゆうき 16歳

 テオフィルの前世らしき少女。

 長いストレートの黒髪と眠たげな眼。派手ではないが整った顔立ち。基本無表情で大人しそうに見える。


 極度のブラコンであり、三人の兄に溺愛される末妹。

 しかし兄たちに可愛がられている反面、年下で女という事から様々な面での手加減があり、仲間外れにされたような疎外感を感じていた。漢っぽい口調と雄々しい性格は、その反動。

 テオフィルとは「自分の力ではどうしようもない、他者から見たらくだらない、兄弟に関する悩み」という共通項。ただしテオフィルとは違い、兄たちからの愛情をしっかりと受け取っていたため、さほど捻くれなかった。

 また、本作においてのセーフティーネットでもある。最終シーンを書くまでにテオフィルを周囲の者たちが止められなかった場合のみ出そうと思っていたら、予想以上にテオフィルが聞く耳を持たなかった為ぶん殴ってもらった。


 実は、本編終了後に妖精として存在を独立させる案があったが、テオフィルが結章にドロドロに依存する未来が見えた為にお蔵入りした。



文起ふみおき 25歳

 結章の一番目の兄。

 さっぱりした短髪と涼やかな目元、美男子に類される顔立ち。190㎝近い長身は引き締まっており、働かない表情筋と相まってSPでもしていそうな見た目。よく怖がられる。

 普段は普通の会社員だが、休日はサバイバルゲームの猛者となる。馴染みのチームがあり、司令塔プレイメイカーを主に担当。


遊転ゆうた 20歳

 結章の三番目の兄。

 猫っ毛のやや茶色がかった髪とぱっちりとした目で、イケメンというよりは中性的で可愛い系。

 兄弟内で最もコミュ能力が高く、友人は浅く広く多い。趣味はTRPGであり、ゲームマスターとして司会進行し、笑顔で友人たちをSAN値直葬させる。割とドライ。



承間しょうま

 結章の二番目の兄。

 ボサボサのセミショートの黒髪、寝不足で常に目つきが悪い。痩せぎすで猫背。顔立ちは非常に整っているが極度の対人恐怖症(家族は除く)で引きこもり。

 大学時代の数少ない友人に誘われ、ゲームのシナリオライターをやっている。妙にバッドエンドが多く、鬱ゲー泣きゲーを量産する。だがストーリーを評価するコアなファンもいる模様。



 実は、『フェアリーテイル・シャンゼリン』のシナリオライターであり、シャンゼリンの記憶を消した張本人。

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