29:私の乙女ゲー転生は、
どれほど努力しても敵わぬのだと気づいて、私は諦めたかった。それでも理想的な王子様の仮面をかぶり続けたのは、期待していたからだ。
誰か、私の嘘に気付いて欲しい。
私の痛みに気づいて、私の歪みを理解して。そうして、私を必要だと言って、止めてほしい。
私の望む形で、私を愛してほしい。
馬鹿馬鹿しい話だ。子供の我儘、甘っちょろい駄々に過ぎない。
というか、見破って欲しい嘘なんて最初から吐かなければいいのだ。素直に「愛して」と叫べば終わる話。
それをここまでこじらせた、馬鹿な話だ。
「……本当に、馬鹿だな、私」
「今更だな。あと顔凄いことになってるんだけどいいのか。血と涙と鼻水が酷いぞ」
「それこそ今更の話だろう。というか私の作画崩壊の原因の一端は君の拳にあるからね」
「泣かせるには手っ取り早いと思った。あとちょっとイラッとして。仕方ない」
後悔も反省もまるでなかった。まあ、別に恨んではいないからいいのだけど。
服の袖で顔をこすり、ぷは、と息を吐き出す。
ぼんやりと周囲を眺めるが、相変わらず真っ白な空間に椅子が一脚と私と彼女しかいない。唯一の人工物である椅子も倒れて転がり、今は2人で隣り合って座るだけだ。
「ところでここはどこなんだい? 超常の空間ぽいが」
「あんたの精神世界的な何か、じゃないか? 気付いたらいたから知らない」
「ははっ、中二盛りの暗黒ノートにでも出てきそうな設定だな。まあ、私が見ている走馬灯だと思えばこんな伽藍洞も納得するが」
「ああ、そういえばあんた死んでないぞ」
「……は?」
思わず、まじまじと彼女を見返す。いや、流石に冗談だろう。首を切断とはいかなかったが深くえぐったし、うろ覚えだが相当の出血量だった。
あの場にいたのはテオドールだけだ。いくらあの弟がチート性能だろうと、臨死の人間を蘇生するほどの魔法が使えるわけがない。
というかそんな魔法、人間には使えない。使えるとしたらそれこそ、妖精が奇跡でも起こさない限りは……。
「……いや、そういえば居たね、妖精」
「しかもあんたを助けた前例付きだ。というか、見えてなかっただけでずっと居たんじゃないか?」
「道理でテオドールが落ち着きなくきょろきょろするはずだ……」
私に見えないからと言って、自由すぎやしないだろうか……いや、妖精なのだからこんなものか。
勝手に助けて、死にかけて、消えて、また助けて。やれやれ、感謝も恨み言も多すぎる。まずは何を言えばいいものかな。
言いたいと、思えている自分にもびっくりだ。
「私が目覚めたら、君はどうなるのかな」
「さあ、知るかよ。あんたが会いたいと望めばいつでも会えるのかもしれないし、もう役目は終わって消滅するかもしれない」
「私をぶん殴って泣かせるのが役目かい? それはまた、面倒な仕事をさせたようで申し訳ないね」
「本当にな、マジでそれな。ゲームよりも面倒くささに磨きがかかってる。バイト代とか出ないのか」
「残念、ボランティア精神でお願いするよ」
へら、と情けなく笑って見せれば、彼女もくすりと小さく笑みを浮かべた。
ああ、いつまでもこうしていたいな。彼女とくだらない話をして、笑って、泣いて、引きこもっていたい。
でもそれを本気で願ったら、きっと彼女に蹴り飛ばされるだろう。さっさと現実に戻れとまた暴力を振るわれそうだ。
だから仕方がないね、と笑った私に、彼女は早くいけと蹴りをくれた。うん、やっぱり痛かったが、まあ私と彼女の関係はそんなものなのだと思う。
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重い目蓋を開ける前に、違和感を覚えた。
少し考え、思い当たって小さく苦笑する。そうか、現実に帰ってきてしまえば彼女は単なる幻想なのだものな。頬の痛みが消えていて当然か。
ゆっくりと目を開ければ、知らない天井が映る。体が重いな、私はどれくらい眠っていたのだろう。
「……テオフィル……?」
忘我に入ったまま、なんとなく頬を撫でていると、聞きなれない声が聞こえた。寝たまま首をめぐらせば、見慣れない民族衣装の様な物をまとう女性が目を丸くしていた。
えっと、本気で誰だろうか。
寝ている私と同室にいたということは、身元が確かなのだろうが。格好からして医者という訳でもないようだし。
「っ、気が付いたんですか兄上っ」
「主君が目覚められたのか!? で、では俺はヴィヴィアンヌ様に伝えてくる!」
ばたばたと、視界の外で慌ただしい騒音が響く。今の声はテオドールと、エルネストか。ヴィヴィアンヌも別室に待機していたようだな。
体を起こすと、目を潤ませたテオドールと先ほどの女性がベッドの両側に陣取っている。女性はぺたぺたと私の顔を触り、ふぇ、と小さく鳴いて表情を崩した。
「良かった、良かったよぉ。体は治したのに、全然起きなくて心配したんだよ!」
「……シャンゼリン、なのかい?」
「気づいてなかったの!? って、あ、そっか。見えなかったものね、仕方ないよね」
私を治したのがシャンゼリンだと知らなかったら、もっと気づくのが遅れただろうな。
というか何故見えているのだろうか。あれか、臨死体験で体質が変化でもしたのだろうか。
「テオフィル様! 大丈夫ですの!?」
「あ、ヴィヴィアンヌさん! そんなに走ると危ないですよ!」
「主君、ご加減はいかがですか? 何か必要なものは……」
「あのねテオフィル、わたし謝らないといけないかも……」
口々に言葉が溢れかえる。あの2人きりだった真白の世界とは正反対だな。
まったく、現実は煩わしくてたまらない。起きてから数分も経っていないというのに、もう彼女が恋しくなりそうだ。
だというのに、私の口元はどうしてか緩んでいる。
ああ、おかしくてたまらないな。
「……っふ、はは、はははっ」
「……テオフィル?」
突然笑い出した私に、彼らは目を丸くして動きを止めた。それがまた滑稽で、ひひ、と歯をむき出して笑う。
ああ、そういえばこんな風に素で笑ったことはなかったな。確かに驚くはずだ。人前では常に、上品に微笑んでいるだけだった。
サプライズが一つ成功したようで、とても気分がいい。す、と息を吸い込み顔を上げれば、困惑した顔がずらりと並んでいる。
さて、サプライズは終わらないぞ。もう少しばかり、付き合ってくれ。
「……っ、私は、弱い人間だ」
私の言葉に、幾名かの顔に影が差す。儀式のときに叫んだ言葉で、ある程度は察していたのだろう。
居心地悪そうな顔で口を開こうとするテオドールを、私は手で制して言葉を続けた。
「努力しても何にもならない平凡な人間だ。だというのに見栄っ張りで、泣き虫の癖に泣き方が下手で、弱音も本音も伝えるのが苦手だ。自分で言うのもなんだが、相当面倒な人間だよ」
本当に、どうしてこんな人間を君たちはそんな目で見るのだろうね。
悲しそうな、苦しそうな、懺悔の目。微かな苛立ちと心配もあり、甘やかすような愛情に気分がよくなってしまいそうだ。
「だからさっさと身を引こうとしたというのに、君たちが無理やり引き留めた」
そのまま死なせておけば、きっと楽だった。
テオドールが王になり、ヴィヴィアンヌが王妃となり、めでたしめでたしで終わる童話のようなハッピーエンド。私なんぞが王になるよりも、ずっと完璧なエンディングだろう。
でも君たちがそれをふいにしてしまった。私を死なせてくれなかった。
だから、悪いのは君たちだからな?
「こんな面倒な私を引き留めたのは君たちなのだから、――責任とって、最後まで私の我儘に付き合ってくれよ?」
現実に戻ったって、何が変わっているわけじゃない。
私は相変わらず弱くて駄目な人間で、周囲は期待を向けてくる。重く息苦しい人生が、これから先何十年も続いていく。
でもどうにも逃げさせてはくれないようだから、もう少しだけ生きてみようか。
私の乙女ゲー転生は、どうやら詰んでいないらしい。




