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27:重い。

「兄上っ、一体どうしたんですか!? ぼ、僕が何か気に障ることをしてしまったのなら謝ります! だからどうか……っ!」


 言葉が途切れる。ん、今のは少し惜しかったな。

 剣がようやく、テオドールの服をかすめた。出来れば血が出る程度の一太刀は浴びせたいのだが、難しいものだね。


 ふっ、と小さく息を吐き、床を蹴る。剣を真っ直ぐに構え、身を全て投げ出すような愚直な特攻。だが、問題ない。

 剣が体に触れる寸前、軽やかなステップでテオドールが避ける。そのまま倒れこみそうになった私を支えるおまけつきだ。そのおまけに付け込んで、私は掬い上げるように剣を振るった。


「く……っ、止めてください兄上!」


 あ、惜しい。また避けられたか。

 だが今度は髪先を撫でる程度にまで追い込めた。うん、いい感じだ。


 テオドールは強い。私よりもずっと。だから、余裕がありすぎるのだ。

 本気で殺そうと剣を振るう兄に対して、無手で、手加減しようとしてしまうほどに、だ。


 テオドールが剣を抜くか、あるいは本気を出して私を封殺しようとすればすぐに終わるのだがね。けれどそれができる子ではないからなあ。甘い甘い。

 私の突然の凶行にも、言葉を返してくるくらいだからなあ。


「兄上っ、どうして……っ!?」


 ほら、そんな風に。

 心底、傷ついた顔をしている。今にも目から涙が零れ落ちそうだ。どうして、と。実に正しく、説得をしようと試みている。


 また、剣が弾かれる。パリィ、というのだっけ。素手で剣を弾くとか、私の弟はいつの間にここまで強くなっていたのだろう。

 いや全く、歯が立たないだろうとは思っていたが、これほどまでとは。薄皮一枚程度ならいけると踏んでいたのだがなあ。

 うーん、確かに剣術の指導はサボりがちだったが、自主訓練はこっそり続けていたのに。


「あにう、えぇ……!」


 また、当たらない。あーあ、ここらが潮時だろうか。

 テオドールは泣くのを必死に我慢するだけの余裕があるようだが、こちらはそろそろ限界だ。体力的にね。慣れないことはするものじゃないなあ。


 はあ、と大きく息を吐きだし、足を止める。だらりと下げた剣先が地面をカリカリと掻き、止まった。

 空いた手で、頬を撫でる。うん、まだ笑っている。私はまだ大丈夫だ、笑顔を浮かべている。


「どうして、と言ったね、テオドール」


「兄上……?」


「どうして分からないんだい? 私がお前のことが嫌いで仕方がないからに決まっているだろう?」


 テオドールの目が大きく開き、ぽろりと涙が零れ落ちた。か細い悲鳴の欠片が、唇から漏れ出る。私はそれから目を逸らし、嘲笑する。


「無駄に優秀なお前がいるから、私は立場をなくしていく。まさか本気で気付いていないわけじゃないだろう? 私なんぞ、とっくの昔にお前に何もかも追い越されているのだよ」


 ああ、そうだ。そうして傷ついて泣いてくれ。

 冷静さを失え、余裕を失え。気づいてくれるなよ、頼むから。

 大嫌いだと、言いながら傷ついている私の痛みになど、お前は気づくな。


「お前さえいなければと、何度思った事か。ああ、大嫌いだ。お前の顔など見たくもないが、こんな千載一遇のチャンスもない。だからお前に立会人になってもらわねばならなかった」


「兄上……」


 ほら、こんなにも嫌いだと叫んでいる。みっともない姿を晒しているぞ。お前が今まで信じてきた理想の兄上とは正反対だろう?

 だから、私を嫌いになってくれるよな?


「テオドール、優秀な弟殿下。このまま私が王位を継ぐことになれば、きっと皆が思うだろう。『何故、劣等な兄が王位を継ぎ、ふさわしい弟を押しのけるのか』と、不満に思うさ」


「そん、なこと! そんなこと思うわけないです! 兄上は素晴らしい方で、僕よりずっと……!」




「お前がそう言うから! 私は逃げ出すこともできないんだろうがッ!」




 重い。

 期待それが、重くて、耐えられない。


 慌てて、顔に触れて確かめる。ああ、良かった。まだ笑っている。どうしてなのか、頬が濡れているけれど。大丈夫だ、そうだろう?


 私を嫌ってくれ。

 頼むよ、私が死んで傷つく人間なんていないと、そう思わせてくれ。勘違いでもいいから、一瞬でもいいから。

 そうじゃないと、私は怖くて死ぬこともできないんだ。

 私の所為で誰かが傷つくなんてことに、弱い私が耐えられるわけないだろう?


 死にたいくらいに逃げたいのに、それを何年も我慢してしまうくらい、誰かが傷つくのが嫌なんだ。

 死んでも誰も傷つかないと、そう思うことも辛いけれど、いつか嫌われるのが怖いんだ。


「もう嫌だ、放っておいてくれ、頼むから」


「……あにうえ?」


「もういいだろう、なあ。こんな私が、狂人が王位に即いてはいけない。当たり前だ」


 こんな風に、べらべらと話すつもりはなかった。はは、思った以上にテオドールに腹が立っていたのかもしれないな。

 悪いのは私だ。でも、私だけが悪いわけじゃないと思わないと、やってられないじゃないか。

 逃げたいって、踏ん切りがつかないじゃないか。


 剣先が、床から離れる。テオドールは反射的に、戦う為の体勢を取った。

 はは、大丈夫だよ。もうお前に切りかかったりしないから。血の一滴でも流れれば、そのままお前に皇太子継承をさせてやるつもりだったけど、それも諦めた。


 剣先が、ゆっくりと上を向く。冷たい刃に手を添えて、狙いを定める。

 テオドールの表情が変わった。私が何をしようとしているのか察したのだろう。顔が真っ青になる。

 手が震える。ちくり、と首筋に小さな痛み。心に決めたはずなのにまだ怯えているようだ。情けないけれど、それも私らしいね。


 それでも幸福な笑みを浮かべて、私は結末を手に入れる。

 自らの首筋に剣を宛がって、泣きながら、笑いながら。震える手で、その結末を掴み取る。






「ああ、これが私のハッピーエンドだ」


次回更新は23日(金)夜22時以降です。

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