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25/37

25:彼の回想

 回想のみ三人称。

 切っ掛けがいつで、原因が誰なのか。正確には分からないものだ。


 というより、私はそれを誰かに求めてはいけない。

 悪いのは私だ、それはどう考えても間違いなく。だから、もしも過去の記憶を掘り起こして理由を見つけたとしても、それは言い訳にしかならないだろう。


 まあ、言い訳を零す相手すら見当たらないのだから、こんな愚考も無駄なのだろう。





   +++++






 暖かな日差しと涼やかな風。重くなる目蓋のままに、少し木陰にでも入って休みたくなるような、心地よい午後だ。


 その中で、二人の少年が剣を打ち合わせていた。

 といっても殺伐とした空気はまるでない。振るわれているのは訓練用の木剣であり、少年たちは周囲にもよく知られるほど仲の良い兄弟だ。

 傍で見守る大人たちも、彼らに交じって訓練を眺める少女も、その目は和やかなものである。


 と、かこぉんと乾いた音が大きく響いた。

 弾かれた木剣が手を離れ、一瞬の空白の後、草の上に落ちる。少年の青い目がそれを追い、口から短く息が漏れた。


「流石は私の弟だ。剣の授業は初めてからまだ日が浅いだろうに、兄から一本取るとはね」


「いいえ、滅相もない! 兄上が手加減をしてくれたからです」


 空いた両手を上げて苦笑する兄に、弟が慌てたように声を上げる。兄はただ、はは、と笑い声をあげて木剣を拾った。


「さて、少し休憩しよう。お前は若いからまだまだ続けられるかもしれないが、私はもう限界だ」


「え、三つしか違いませんよ兄上!」


「十三の誕生日をすぎたあたりから老化を感じてね。日々伸びる身長に身体の節々が痛い」


「成長痛ですよそれ!」


 冗談交じりの言葉と、笑い声。それに割って入るように、少女がちょこちょこと駆け寄ってきた。きらきらと目を輝かせ、少年たちに話しかける。


「お二人とも、とっても素敵でしたわ! まるで物語の騎士様のようです!」


「そこは王子様じゃないのかい、ヴィヴィアンヌ。というか、弟に負けるなんて、格好悪いところを見られちゃったなあ」


「そんなことないですわテオフィル様!」


「そうです、兄上! 兄上はとっても強くて優しくて格好いいですよ!」


「はは、ありがとう」


 へら、と笑みを浮かべて、少年は目を逸らした。弟と少女が、自分の話できゃあきゃあと声を高くしている姿に、一歩、足が下がる。 

 そのまま踵を返し、少年は訓練を見ていた大人に駆け寄った。教師、という訳ではなく、王に仕える騎士の一部である。遊びの延長の剣技を、少し見てもらっただけだ。


「ご苦労。お前たちから見て、どうだった?」


「もちろん、とても素晴らしいものでしたよ殿下。以前に比べて、ずっと動きがよくなっています」


「ええ、そうですとも。弟殿下にも優しく手ほどきをなさるとは、殿下のお心遣いに感服いたしました」


「教師の訓練だけでこんなにも成長してらっしゃるとは、まさしく天賦の才というやつですね。将来が楽しみですよ」


 大人たちの言葉を、少年は黙って聞き続ける。何かを探すように、目に期待をちらつかせ、口元には笑みを作る。

 しばしの間、大人たちの口からは、似たような言葉が繰り返された。賞賛と、期待と、敬愛。少年は小さく息を吐き、にっこりと笑みを浮かべた。


「……そうか、ありがとう。私は少し木陰で休んでくる。テオドールの剣を見てやってくれ」


「はっ、では護衛の者を……」


「いい。目の届くところだし、さほど離れてもいない。私の分まで、弟を頼む。あの子は剣の才能もあるようだから、お前たちの教えがあればもっと強くなるだろう」


 信頼をちらりと匂わせれば、大人たちは我先にと競うように弟へと向かった。当然だろう。背中を見送りながら、少し離れた木陰に腰を下ろす。

 途端に、少年は大きく息を吐き出した。表情を隠すように軽く俯き、唇が小さく震える。


「勉強もだめだ。魔法もだめだ。妖精もだめだ。剣技もだめだ。体術もだめだ」


 ぶつぶつと、自らに言い聞かせるように少年は繰り返す。

 先ほどまで浮かべていた軽やかな笑顔はどこにもない。引きつったように、唇が歪むだけだ。


「礼儀作法はまだ大丈夫。知識量も悪くない。人脈も多少は有利」


 両手が顔を覆う。漏れる声に感情はなく、ただ事実のみをそらんじるように。自分に残っているものを確かめるように。

 一つ一つ、指の隙間からこぼれる砂粒を目で追うように。


「……あと、三年……いや」


 小さな否定の呟きの後、少年は両手を顔から外した。

 唇は柔らかく弧を描き、目は細められ。まるで笑顔のようなそれを浮かべて。


「それほど長くはもたないな。私の心の方が先に根を上げる」


 自らに、淡々と、絶望を告げた。


「ああ、どうしようかな。そういえば、逃げ足の速さを試したことはなかったか。ちょうどいい、うまく逃げ切れるか試してみよう、ははっ」


 笑い声は明るく底抜けで、空虚。誰にも気づかれぬままに、からんと何かが落ちる空耳を聞いた。

 苦しみから逃れて楽園で歌うように、少年は自らのねじを外して棄てた。

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