24:うまく笑えているだろうか
女中に荷物整理を頼み、客間から出す。あんなことがあった卒業式から数日もたっていないが、儀式を行う場所への出立は予定通りに行う。
私の不調程度のことで、儀式を延期にはできないからな。医者にくれぐれも無理はしないようにと釘を刺されたが、まあそれはそれ、これはこれ、ということで。
さて、と。
ちまり、とソファーに浅く腰かけた客人に、私は苦笑を浮かべて紅茶を差し出した。初めて会ったころを思い出すなあ、こんな風に小さくなっていた。
「そこまで緊張することはないよ、マルセル。というかいつもはもう少し気楽に話せているだろう」
「そそれはそうなんですけども。よ、よく考えたら王族の方のお部屋に事前予約なしで急に押しかけるとか不敬でしかないことに今気づいたと言いますか」
「まあ確かにそうだが、別に咎めはしないよ。怒声を上げながら護衛を押しのけて入ってくるとかでもない限り」
「そんなことする人いるんですか」
いるんだな、これが。私の騎士とか。
くすり、と小さく笑い、マルセルの肩の力が抜ける。ふむ、ようやくいつもの彼になったようで何よりだ。
紅茶を傾けながら、どこから話そうかと思考をめぐらせる。私自身、まだ把握しきれていないことだからな。
「それでは早速、話をしようか。【チェンジリング】について調査をしに来たんだろう」
まさしく、妖精の奇跡に立ち会ったのだ。研究者としてはいてもたってもいられないだろう。
こんなに早く来るとは思わなかったが、マルセルが研究に心血を注いでいることは重々承知だ、納得がいく。
「以前君が言っていた通り、こちらが確信をもって問いかければ問題なく魔法は発動した。少しばかりだが力の消耗があることが発見と言えば発見か。後は……」
「ちょ、ちょっと待ってください殿下!」
「ん? ……そういえば手ぶらだがどうしたんだい? ああ、メモ用紙を忘れたならすぐ用意を……」
「いやそうじゃなくて! 僕は別に妖精の調査で来たんじゃないですよ!?」
「え?」
「え!?」
意外な発言に思わず声をあげたら、驚かれた。
動かざること図書館のごとし、なマルセルがわざわざ私に会いに来たのだから、妖精の調査だと踏んでいたのだが……違ったのか。
マルセルは眼鏡の奥の目を、言葉を探すようにきょろきょろと泳がせた。しばし紅茶のカップに手を伸ばしたり、意味もなく髪を摘まんだりしていたが、そろそろと、窺うように口を開く。
「あの、ですね……ぼく、そんなに薄情に見えますか」
「ん、いや、そんなことはないが」
ちょっと待ってくれ、どういうことだ。会話の繋がりが、意図が読めない。
マルセルがここに来たのは研究の為ではない、らしい。それでどうして薄情だとかいう言葉が出てくるんだ。
困惑を押し殺す私に、マルセルは不安そうに言葉を続けた。
「ぼくが……殿下を心配して、会いに来たとは思わない、ですか?」
「……は」
「【チェンジリング】のこと、気になるのは確かですけど。それよりも、恋人を……う、失った殿下を、心配してるって……そう思わないほど、ぼくは冷たい人間に見えますか?」
マルセルの顔に浮かぶのは、不安と焦燥。やれやれ、薄情で冷たい人間が浮かべるものではないな。
「……見えるわけがないよ、マルセル。君はとても優しい人間だ」
苦笑を浮かべれば、マルセルは困ったように小さくはにかんだ。
優しく気弱で、……一緒にいて劣等感を刺激されない、心地よい少年だ。
はあ。私はどうも焦っているらしいな。マルセルが心配したという言葉に、ひどく狼狽えている。
普段はもう少し落ち着いて対処できていたように思うのだが。あの卒業式で起きたことは、私を思いのほか追いつめているようだ。
「……研究と言えば、さ。シャンゼリンの方には会いに行ったかい? 今はヴィヴィアンヌのところにいるようだが」
少し唐突だが、話題を変えるとしよう。私も気になることだしな。
シャンゼリンは妖精に戻ったことで死を免れた。しかしその結果、彼女を視認し会話できる者は限られてしまった。
いくら他国に比べれば妖精との親和性が高いお国柄と言っても限界はある。大概の人はぼんやりと存在を感じ取る程度だ。
まあ私は全くだが。一切、感じられないが。
それは置いておいて。
混乱する中、ヴィヴィアンヌが即座に動いて場を修めた。
はっきりと認識でき、身分も確かなご令嬢だ。責任のよりどころを皆が求めていたこともあり、あっさりとシャンゼリンはヴィヴィアンヌの庇護下に入った。
私が介入しなければそこまで仲が悪くはないだろうし、問題ないだろうと放置していた。いや、何か忘れているような気もするが……。
「ああ、昨日お会いしました。近いうちに会えるかとお尋ねしたら、妖精について話を聞きたいのですぐにでもとおっしゃられて」
「私よりもきちんと手順を踏んでいる……ことに関してはもう何も言うまい。それで、どうだった?」
「……ぼくは妖精を感じ取れないのでヴィヴィアンヌ様からうかがったんですが、シャンゼリンさんはずいぶんと殿下を気にしている、と」
「は……? 妖精の話をしに行ったのだろう」
「そんなもの口実、だそうです」
へら、とマルセルの口元が緩む。いやいや、何を笑っているんだ。
【チェンジリング】なんて、我が国でもかなりのレアケースだぞ。妖精研究第一人者として、ここはぐいっとのめりこみ調査するところだろう。
そんな、まるで。
妖精の研究よりも私の方が重要だとでも、そんな馬鹿な事あるわけが。
ああ、くそ。私は今、うまく笑えているだろうか。マルセルならば見破れないだろうが、慎重に会話を続けなければ。
「シャンゼリンさんは、殿下に感謝しておられるそうです。直接伝えられないのが残念だと。ヴィヴィアンヌ様も、恋人を失った殿下のことをとても心配していました」
「……そう、か。それは申し訳ないね。後で花でも贈っておこうかな」
ああ、いや。私としたことが失念していたな。
シャンゼリンもマルセルも権謀術数とは無縁の人間だから。少し考えればわかることだ、マルセルの言葉はすべて、指示された物なのだろう。
ヴィヴィアンヌが、いつも通りに上手くやっただけだ。
公的には彼女は私の婚約者だ。婚約者が倒れれば心配するのが、彼女の務め、義務なのだから。
シャンゼリンは……ヴィヴィアンヌが適当に言葉を繕ったかな。嘘を積極的に言う人間ではないが、必要ならば笑顔で家族すら騙すのが貴族だ。
小さく、息をこぼす。ようやく落ち着いてきた。
大丈夫、何も不安なことはない。私は誰にも愛されない。そうだろう。他者からの好意なんて邪魔なだけだ。
自身の思考回路が狂っている事は自覚している。『わたし』としての客観的な目線もあるから、何を間違えているのかも分かっている。
それでも死にたいと願ってしまう、私が悪いだけなんだ。




