20:それが、ハッピーエンドだ。
※注意※
病んでます。
見上げると、豪奢なシャンデリアが目に入った。柱や壁に掘られたレリーフに、現実逃避をしたことが昨日のように思い出される。
ここは、あの婚約破棄発言をした中央大ホールだ。
明後日にせまった卒業セレモニーはここで行われる。
既に準備も佳境だが、まあ少し邪魔させてもらった。人払いしてあり、ここにいるのは私だけだ。
もちろん、外には護衛がいるが。ちょっと一人になりたいので、扉の外で誰も通すなと言い含めてある。いろいろと仕込みもあるし、後はまあ、感傷に浸りたくてね。
「……もう、終わるなあ」
室内は飾りが入り、いっそう煌びやかだ。こういう物を見ると、何となく寂しさが込み上げる。
壇上には、例年よりも多少、金がかかった装飾。私が卒業生代表として壇上に上がるからだろうな。背景に負けない程度に私も着飾ることになる。
「あ、そういえばスピーチ考えていないな……まあ、どうにでもなるだろう」
どうせああいった話は、真面目に聞いている者の方が少ない。揚げ足を取られない程度に、簡潔に話せばいいだろう。
話しきるつもりも、ないしな。
と、何やら表が騒がしい。んー、護衛が何か話しているが、まさかまた腐敗貴族の馬鹿でも来たのだろうか。
はて、と首をかしげていると、ばごんと壊れそうな音を立てて扉が開いた。
「……っ、主君!」
「お前かエルネスト」
道理で騒がしいわけだ。この男ほど静寂の似合わない人物もいない。
あわただしく駆け込んでくるエルネストに、やれやれ、とジェスチャーしつつ嘆息する。
「まったく、また護衛を困らせて来たのかい? 前にも言ったが、少しは落ち着きのある行動を……」
「申し訳ないが主君、それどころではないんだ!」
私の言葉を遮る声。妙だな、律儀なこの男が主君たる私の言葉を遮る、なんて。
浮かぶのは焦燥と混乱、表情は泣きそうで、悪夢を見たように歪んでいる。それほどの事態が起きた、とみるべきか。
跪くエルネストの肩に手を置き、ぽんぽんと軽くたたく。息が荒い。単に肉体的な疲労というより、精神的な負荷か。
「エルネスト、深呼吸しろ。……何があったのか、ゆっくりでいい、報告しろ」
「は、い……っ」
この男がここまで追いつめられるほどの事態、ね。悪い予感しかしないな。エルネストが動転するのは大概、私関係の事だが。
「……が、摘発された」
「は……?」
耳に届いたはずの言葉が、理解できない。
一方で、なるほど、この男が慌てるわけだ、と奇妙に落ち着いた思考もある。
どく、どく、と耳の奥で鼓動が鳴る。認めたくない現実が染み入り、私の喉がひくりとわなないた。
そうして、エルネストの声が現実を突きつける。
「ヒューゴ家が、第一王子暗殺未遂で摘発、捕縛された。ヴィクトールは逃げ出し行方不明だ。何者かが計画書の写しらしきものをばらまき、そこから……」
一口分だけ減った紅茶のカップが、脳裏をよぎった。
+++++
ヒューゴ家の暗殺計画をこちらで操作し、都合のいいタイミングで殺してもらう。
私が立てた計画は、簡潔に言えばそれだけだ。
あの暗殺者に初めて出会ったときに、使えるなと思いついた。ただ、私にもやるべきことというのがある。だから計画に関与してタイミングを計った。
誰もが幸せになる、いわば完璧な退場を作り出すために。
私が死ねば、一時的とはいえ国は混乱する。
婚約者ヴィヴィアンヌの扱いや、私の支援者たちの不満。陛下の手を煩わせるのは本意ではない。
またその当時、テオドールはまだ幼かった。その場で私が死んでしまえば、幼い弟殿下を利用しようと面倒な者が出てくるだろう。
「……まだ、死ねなかっただけだ」
まずは、ヴィヴィアンヌに嫌われようと思った。私が死んでも悲しまずに済むように。
さらに私亡き後、彼女を皇太子妃に据えるには、テオドールと婚約しなくてはならない。だから二人がそういった仲になるように間を取り持った。
テオドールも、惚れた女の為ならば成長しようと足掻くだろう。
元より才能豊かで、カリスマ性がある子だ。時間さえあれば、私よりもずっと立派な皇太子になる。
私の支援者たちは、最初から在学中に処分するつもりだった。後ろ暗いことをしているのは知っていたから、私自身が深入りして証拠を集め、暴露するつもりだった。
ヒューゴ家が引導を渡そうと画策しているのは予想外だったがね。まあ都合がよかったから、そのままやらせたが。
どうせ私を殺せば、ヒューゴ家当主は死ぬだろう。そうなればヒューゴ家の繁栄は一瞬で終わる。
テオドールの治世を脅かす芽は、摘んでおくにこしたことはない。
そうやって、私が死んでテオドールが代わりになる。あの子を脅かす者はいない。理想的な婚約者と手を取り合って、良い王様になるだろう。
それが、ハッピーエンドだ。
「……それなのに」
「裏切られちゃったな」
頭上から降ってきた声に、ゆっくりと振り仰ぐ。ソファーの背もたれに肘をついて、見慣れた無表情の彼女がいた。
部屋に戻ってすぐに人払いをして、ブランデーを垂らした紅茶を飲んだところまでは覚えているが。分量を間違えて悪酔いでもしているのだろうか。
「計画書の写しなんて、あの暗殺者くらいしか持ってないもんな。他の奴らだったら真っ当に提出すりゃいいところを、ばらまくなんてやり方した辺りとかも」
「はは……そうだろうなあ、彼がやったのだろうね」
「どうしてだと思う?」
彼女の問いかけに、びくりと肩が震えた。
ああ、私は考えないようにしていたのか。突き付けられてやっと自覚する。だから好きでもないブランデーなんて出してきた。
無言で、カップの底に淀んでいた紅茶を口に流し込む。酒精の香りの強さに、くらりと目の奥が回った。へらりと唇をゆがめ、彼女を見上げる。
「……どうでもいいよ、そんな事」
「本当にどうでもいいと思ってるなら、わたしも放っておくんだけどな。よくないから、そんな風に酔って逃げているんだろう」
「いいんだよ。どうせ、ただの共犯者だ。信じようとしなくて正解だ」
「半ば信じていたくせによく言う。理由だって、目を背けて分からないふりをしているだけだ」
「さて、何のことやら。自分を捨て駒にしようとした雇い主に反旗を翻しただけじゃないかい?」
「思っていないことを、さも信じているように言うのはお上手だな」
声が水の膜を通したようにぼやけて、遠く聞こえる。
ああ、どうやら酔ってしまったようだな。ひくりと口の端が上がり、耳障りな笑い声が漏れる。掠れて、切れ切れで、聞き苦しい。
「どうでもいいよ。私がやることは変わらない」
「計画は台無しになっちゃったのに?」
「このくらいなら許容範囲内さ。もう粗方、未練は潰したからね」
まあ、殺してもらえないのは寂しいけれど、生き足掻くよりも幾分マシだろう。いざとなったらこの手で実行するだけの話だ。
いつでも死ねるように、準備はしてきた。私がいなくても、この国が幸せになるように。
生き続ける理由は、もう見当たらない。




