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18:ちょっと期待していたのに……!

 ぼくもうつかれたよ、なんだかとってもねむいんだ……。


 いや、脳裏に浮かんだこのセリフがシャレにならない疲労具合だ。ヴィヴィアンヌと話すだけでも精神的に厳しいというのに、転生者リュシーなんてものが出てきたし。

 いずれ会いたいとは思っていたが、しかしまさかこんなタイミングで出てくることないだろう。


 ただし、トドメは確実にテオドールだ。

 あの後すぐに部屋に駆け込んできた我が弟は、実に正論を並べてくれた。弟に痴話げんかの是非を問われる、お兄ちゃんのSAN値がピンチだ。

 まあ婚約破棄については、儀式が終わって落ち着いたころに話すと先送りしておいた。


「ついでに陛下の代わりに儀式に立ち会うと言質は取れたから、まあギリギリ採算が取れた、という感じだよ」


「当然のように俺のカップが用意されてんの、おかしくねー?」


「暗殺者が当然のように第一王子の部屋に出入りできる現状ほどではないかな」


「なるほど、そりゃそーだ」


 テーブルに並べられたカップとソーサーの一式に、にへりとデュウが笑う。本当に、いつの間に入ってきているんだろうな。緩く設定しているとはいえ、多少は警備もいるのだが。


「改めて考えると、君の潜入スキルは凄いな……」


「まーそれで飯食ってるからね。最近はお前の小遣いで懐潤ってて、仕事あんましてねーけど」


「おっと、思わぬところで犯罪率低下させていたのか。というか、仕事というなら私を殺さなくていいのかい?」


 私の言葉に、デュウは虚を突かれたように動きが止まった。ん、てっきりツッコミが返ってくると思ったのだが。

 いやむしろ暗殺者と標的なのだから、ある意味まっとうな意見だと思うぞ。


 あー、と言葉にならない声をあげて、デュウは困ったように頭を掻いた。どう言葉にしようかと迷っているようだが、何を言おうとしているのか。


「……なんで急にそーいうこと言うかね、王子さん」


「いや、そろそろ私は皇太子として城暮らしに戻るだろうからな。そうなったらいくら君でも気軽に会いには来れないだろう。やるなら今がお勧めだよ」


「……あー、ったく。もう殺す気ねーよ……」


「えっ」


「え」


 ま、まじか。

 一応、デュウに殺される計画も練っていたのに。可能性は低いが、そちらのルートでも良かったのだが。本人に殺る気がないとは、予想外だ。

 のんびりと、デュウは呆れ顔で頬杖を突いているが。こちらとしては衝撃の事実の発覚に焦燥しかない。


「い、いいのかい? 相応の報酬が用意されているのだろう?」


「なんで焦るんだよ……いや、つーかさ。協力してる時点で気づけよ」


「本気かい……!?」


「殺さないって言われてなんでそこまでショック受けてんの?」


 ちょっと期待していたのに……!

 ぐうぅ。まあ残念だが仕方がない。元より、後付けで考えたルートだ。メインの計画には影響しないだろう。


「不満そーだけどな、王子さん、俺だってあんたのこと調べたんだぜ? 妖精に祟り殺される(、、、、、、)のはごめんだよ」


「……おや、残念だ」


「うっわ、またその笑顔」


 相変わらず、私の笑顔に文句を言うなあ。

 しかしそうか。妖精のことを信じたのなら殺してはくれないだろうな。別に隠している情報ではないのだが、他国では夢物語と一笑されて信じてもらえない。


 私含め、この国の王族を殺した者は、フルドラに祟り殺される。

 国祖の妻となったフルドラの実家が、今もなおこの国の王族の血脈を守っているからだ。まあ守っているのは血筋であって個人ではないので、殺される前に助けてはくれないが。


 なら人を雇って殺させればと思うだろうが、これが難しくてな。

 まず、依頼を受ける者がいない。

 他国からすれば信じがたいメルヘンな死因だが、そんなリスクを背負う暗殺者はほとんどいない。我が国の妖精トラブル発生率を知ればなおさらだ。

 そして、もう一つの理由は。


「……そうなると、君の雇い主はどうやら助かるみたいだな」


「は? 何のこと……」


「雇った人間に殺させると、殺意をもって計画した人間(、、、、、、)の方が死ぬんだよ」


「……は?」


 ああ、やはりこちらは知らなかったか。まあこちらの情報は古参の貴族くらいしか知らないしな。

 おそらく、妖精からしたら暗殺者も刃物も変わらないのだ。道具を使って殺していると見なされ、使い手(、、、)の方を祟るのだろう。


 まあそれを知らずに、デュウを寄越した者のように、まだ暗殺者を送ってくる者もいるがね。数は少なく、成功率も低い。クーデターが起こりづらいわけだ。

 フルドラでなくとも、そこかしこにいる妖精が気まぐれで邪魔したりするしな。基本的に、王族の血筋は妖精に好かれやすい、らしい。


「……怖ぇー、この国の王族マジ怖ぇえー」


「妖精を自由自在にできるわけではないし、不便もあるがね。一夫一妻制度の所為で、継承者が見つからないと騒ぎになりかけたこともあるし」


「うわ、本末転倒じゃねーか。それでいいのかこの国」


「それで意外と長く続いているからね、変える必要がないのだよ」


 まあ、上層部のごく一部しか知らない妖精の約束の抜け道とかあるしね。

 フルドラを騙すことになるが、そのくらいは人間の浅知恵を見抜けない妖精が悪い、ということで。

 その辺りも、マルセルの研究でしっかりと解析したいところだ。経験則だけではこの先不安だからね。


「まあ、君の雇い主は知らないだろうなあ。まだこの国に来て歴史が浅いし」


「……ん? 俺、王子さんに雇い主のこと言ってないよな?」


「言わなくとも察するよ。私が死んで利益を得る、歴史が浅い、それなりの権力を持つ貴族となると絞られる。文通のおかげで人柄も見えるしね」


「あの暗殺計画書のやり取りを文通のくくりにいれるかねー」


「想いのこもったラブレターの数々に、私も胸が高鳴ったものだ」


「殺意のこもった計画書の間違いだろ」


 はっはっは、そう大差はないと思うがね。

 どんなものであれ、強く執着心を向けられるというのは、割と心地いい。この場合はそれが殺意だっただけだ。

 まあこういうことを口に出すとドン引きされるので言いはしないが。


「ヒューゴ家は先代当主が馬鹿真面目だったからね、現当主の狡猾さと出世欲はその反動だろう」


「ああもう、特定してんのな……」


「当然だろう、他の家ならばともかくヒューゴ家だ。弟の騎士の実家(、、、、、、、)なのだから調べるさ」


 ヴィクトール・ヒューゴ。

 大方、弟殿下の専属騎士を輩出した家、では物足りなくなったのだろう。私が死ねば、王の近衛騎士の座を手に入れるからな。

 当主には何度も会った事があるので容易に想像できる。実に分かりやすく欲深い人だ、いっそ好感を抱くほどである。


 まあ、ヴィクトール自身は知らないだろうな。当主の独断だろう。

 もしも知っていて黙って騙しているというなら、その演技力に感服するよ。そしてエルネストに爪の垢を煎じて飲ませたい。


 デュウは呆れたようにため息をつき、ソファーにごろりと身体を転がした。ん、珍しいな。基本、立ちっぱなしなのに。

 私の視線を受けて、デュウは苦笑を浮かべた。手慰みのようにカップを手に取り、口を開く。


「ホント、王子さんってやればいろいろできるのなー。俺と初めて会った時も、冷静に懐柔してくれたし」


「まさか。内心は息の根止まりそうなほどに怯えていたよ」


「そう見えねーのが凄いってこと。……それじゃ、俺はそろそろ失礼するぜ」


「ああ、気が向いたらまた来て……」


 くい、と。カップを傾けて。

 デュウは一口分減った紅茶のカップをソーサーに置き、へらりと笑った。


「ごちそーさん」


「え……、っ」


 バタン、と響いた音は扉か窓か、私の知らない隠し通路か。呆けている間に、デュウの姿は消えていた。

 二度三度、瞬き、ふは、と小さく笑みがこぼれる。

 ああまったく、どうして狙ったようなタイミングでこんなことをしてくれるかなあ。私は君に殺してほしいとすら思っていたのに。

 今更、信頼を見せつけられても、私にはどうすることもできないよ。

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