13:来る、きっと来る
現在の私は対外的には自主謹慎中ということにしている。年度末のパーティーを台無しにしてしまったから、という体だ。
基本的には部屋に引きこもって各方面への手紙を書き綴る日々だ。パーティーの後片付け、計画の為の根回し。シャンゼリンと出かけるお茶会の準備もしなければならず、割と忙しいのだよ。
交流と言えば、たまにエルネストを呼び出してあちこちに配達させるくらいか。……専属騎士の扱い、我ながら酷いな。
まあそんなわけで、このところずっと引きこもりをしていた。
マルセルは……呼び出しても来ないからなあ。研究の邪魔をしないように、大概の呼び出しを断る権利を与えているのだ。
それで私の呼び出しも無視する辺り、やっぱり結構図太い気がする。
だから、この客人の訪問は実に久しぶりだったのだ。
ソファーに座り、笑顔を浮かべる青年。目つきの悪さと笑顔のぎこちなさがなければ、女性にちやほやされそうな見た目をしている。
うむ、作り笑顔なら見慣れているからな。流石に私の目はごまかせないぞ。まあ表面上だけでも取り繕うとする辺り、エルネストよりマシか。
「すまない、ちょうど手紙を書き終わるところでね。少しばかりそこで待ってくれ」
「いえこちらこそ急な訪問、申し訳ありません、テオフィル殿下」
「そう硬くならずとも良いよ、ヴィクトール。君の忠誠は私には向ける必要がないのだから」
彼、ヴィクトールは弟テオドールの専属騎士だ。テオドールから手紙を送るときは、彼をこうしてよこしてくる。
普段はヴィクトールからエルネストに渡るのだが、ちょうどエルネストに配達を頼もうと呼び出したところだったからな。面倒なので諸々の手続きをすっ飛ばして直接手紙を届けてもらったのだ。
正規のルートを使うと、お役所仕事とでも言おうか、回りくどいのだ。
封蝋に指先で軽く触れ、全体ももう一度チェックする。
この手紙はヴィヴィアンヌ宛だからな、下手なものを渡すわけにはいかない。内容はまあ、ヴィヴィアンヌから訪問日時の返信がきたため、それに了解と送るだけなのだが。
「……よし、完璧だ」
「いつも思うが、主君は何をそんなに気にしているんだ……?」
「脳筋なお前と違って、私は繊細なのだよ」
彼女の手紙は内容も文字も体裁も非の打ちどころがなさすぎるのだ。返信する身としては緊張するばかりで、本当にもう寿命が縮む。
あー、携帯端末アプリレベルの気安い連絡手段があれば楽なのだがなあ。
「ではエルネスト、頼んだよ。くれぐれも向こうの侍女たちを怯えさせないように」
「俺を何だと思っているんですか」
「……、……ははは何を言っているんだい、とても頼りになる私の専属騎士だろう?」
「気遣うような顔で言わないでください!」
きゃんきゃんと喚いているが、あまり心はときめかない。エルネストは体格ががっしりしているので、可愛げがないしな。
ふむ、こいつはからかってもイマイチ面白くないんだよなあ。真面目だし。
「ほら、さっさと行った行った。お前に届けてもらいたい手紙はまだまだあるからな」
「俺は騎士であって、郵便配達員ではないですよ!」
「うるさい。さっさと行ってこい」
しっしっ、とジェスチャーも交えて追い出す。まだいろいろと言い足りなさそうだったが構う物か。客人を待たせているわけだし。
ソファーに座り直し、紅茶で口を潤す。ふう、やっと落ち着けたな。
ヴィクトールは今見た光景に、どう反応したものかと顔をこわばらせていた。まあ大衆が願う主従関係ではないのは確かだな。
もはやコントだ。うん、笑っていいんだぜ。
「見苦しいものを見せてしまったね。エルネストはどうにも、頭が固くて困る」
「ですが同年代で一番の剣の腕前です。第一王子の専属騎士ともなれば、厳格さも必要でしょう」
「分かってはいても、四六時中ああではね」
まあ文句を言ってもしょうがない。王子の専属騎士は陛下が選ばれ下賜されたものだ。一応、私も命令権は与えられているが、陛下の言葉が優先される。
つまりは嫌だからと言って勝手に変えることはできない。
「さて、それではテオドールの手紙を貰おうか。内容は察しが付くが」
「書いているとき、大変盛り上がっておられましたね」
「目に浮かぶなあ……」
十五という年齢に対してふさわしいのかどうなのか、妙に熱血漢なところもあるからなあ。私がヴィヴィアンヌにしたことに対しても、さぞ長く抗議が……おや。
ぱらり、と。開いた紙は予想に反して白かった。
数瞬の混乱の後、短く端的に書かれた一文にすぅっと血の気が引く。
『近々、お会いしに行きます。』
来る、きっと来る。
軽くホラーな手紙を貰ってしまった。焼却処分したい。
+++++
あの後、全力で来るなという熱い思いを込めた手紙をしたためたが、まあ来るだろうな。私に懐いているくせに、こういう肝心な時に言う事を聞いてくれない。
いや、嫌いではないのだよ。弟は可愛いと思うし、仲は良い。
だが、穢れを知らぬ純粋な目で正論をとうとうと諭される、あの苦痛と言ったら。もういっそ殺してと泣きたくなる。お兄ちゃんだから泣かないけども。
「はぁー。本当に、テオドールが兄だったら文句なしなのだがなあ」
一人きりの部屋で晩酌代わりの紅茶を味わいながら、だらしなくソファーに寝そべる。ああ、人をダメにするソファー欲しいな。開発費出したら誰か作ってくれないだろうか。
ぐったりとソファーに埋もれ、クッションに頬を預けてしなだれかかる。
私の対外イメージとしてはふさわしくない振る舞いだろうが、見ている者もいないし構わないだろう。
いや、一人いたか。
「いやどー考えても無理だろそれ」
「愚痴にするくらいは許してくれ、割と本気なんだ」
「この王子、本気で王位継ぐ気ねーな」
ひょい、と。暗闇の中から封筒片手にデュウが顔をのぞかせた。
毎度毎度、どこから入ってくるのか。忍者の如く、天井裏からシュタッと登場とかだったら面白いのだが、いつの間にか室内にいるので心臓に悪いだけだ。
封筒を受け取り、手早く中身を検める。そこに並んだ名前はどれも見覚えのある者ばかりだ。
「助かった。茶会までには準備しておきたかったからな」
「あんたを追い詰めたがってる奴が持ってたから、手に入れるのは簡単だったぜ。ああ、それは複写した奴だけど、問題ないだろ?」
「ああ、あくまで私が知りたいだけだ。これだけでは法的拘束力は薄いが、あいつら叩かなくても埃が出る程度に腐ってるからな。十分だよ」
「怖ぁー。自分の出資者に言う事かよ?」
「むしろ私の出資者だからかな」
そう、これは私を王位につけようと画策している貴族たちのリストだ。その中でも、後ろ暗いことに肩までどっぷりつかっている救いようがない者ども。
表向き、私は考えの足りない馬鹿王子だからな。実力はないくせに甘い汁を吸いたい腐った貴族がわんさか寄ってくる。
いわば、囮捜査とでも言おうかな。
シャンゼリンは馬鹿王子アピールの一環として手伝ってもらっているが、やはり情報を集めるならばデュウを使うのが手っ取り早い。
まあ私を追い出そうとしている人間が持っている情報だ。かなり信頼できる。
別に出資者だからと言って味方ではないしな。むしろ邪魔だし。敵の敵だが、敵である。
「後は茶会で軽く根回しをして……。ああ、デュウ。帰る前にちょっと」
「ん、何だよ?」
「テオフィル王子暗殺計画の完全犯罪編、できたから持って行ってくれ。今回は自信作なんだ。綿密なスケジュール管理によるトリックもあるぞ」
「……俺、マジであんたが理解できねーわ」
なんだよ、失礼だなあ。私の熟知した計画だから、別に死ぬわけじゃないし。
『わたし』が呆れたように、やっぱり類友と呟く声が聞こえた気がした。




