12:あ、これはアカンヤツだ。
こんなお伽噺がある。
ある家に、新しい命が生まれた。その赤ん坊はすくすくと育ち、とても利発に育った。
しかし、成長するにつれてその子の異常は際立ってくる。
大人が知らないことも知っており、心を見透かすようなことを言う。人間では使うことができないような魔法さえ、軽々とつかって見せた。
不気味に思った母親は、村に住む魔法使いにそれを相談した。魔法使いは「妖精の悪戯だろう」と見破り、その子供に会ってこう言った。
お前の正体は、妖精だろう。姿を現せ、本物の子供を返せ、妖精の国へ帰れ。
正体を見破られた子供は、一瞬にして妖精へと転変し消え去った。残された場には本物の人間の赤ん坊が座っていたという。
この国で広く伝わっている【チェンジリング】の物語だ。かなりメジャーなお伽噺で、悪い子には「妖精がお前と入れ替わりに来るぞ」と脅かす風習もある。
「基本的には【チェンジリング】の魔法とはこういうものだろう。後は、帰ってきた子は記憶をなくしているが、妖精のような強い魔法の力を持つ、ということくらいか」
「はい、それであっています。というか……」
私の説明に耳を傾けていたマルセルが、へにょりと眉を下げた。レポートを参照するようにペラペラと捲るが、困り顔だ。
「ぼくもそれ以上のことはほとんど分からないですよ。各地の伝承を調べても、【チェンジリング】は事例が少ないですから」
「まあ、あったとしても見破れないのだろうな。矛盾するが、魔法を解いて初めてそれが妖精だったと分かるのだから」
お伽噺では魔法使いが簡単に見抜いているが、あくまで物語だからだ。【チェンジリング】という高位の魔法を、人間の魔法使いが見破れるわけがない。
マルセルも困ったように笑いながら、そうなんですよね、と頷く。
「基本的に魔法を解くためには、その魔法と同等の詠唱をしなければいけませんからね」
「ちなみに【チェンジリング】の詠唱段階はいくつなんだい?」
「伝承を元に考えると、四重詠唱です」
「……それ、人間には不可能な魔法じゃないかい」
魔法には段階が存在する。
そのうち、人間が使えるのは二重詠唱までだ。半歩妖精側に足を踏み入れた一部の者だけが、三重詠唱まで使える。シャンゼリンとか。
そしてそれ以上の魔法は、妖精にしか使えない。妖精の魔法、と括られる所以だ。
段階が上がるごとに強くなるのか、と問われれば首をかしげるがね。あえて言うなら……詠唱は重ねれば重ねるだけ、理不尽さが増す。
ちょいと一言唱えるだけで、人間が永久に蛙になり、金塊が腐った鉄屑に変わる。そんな具合だ。
「そうなると、たとえ見破ったところで人間には解くことができないだろう。お伽噺はしょせんは作り話、ということか」
「いいえ殿下、ここからが面白い話なんですよ!」
「え」
あ、これはアカンヤツだ。
マルセルの目がらんらんと輝き、私に詰め寄るように身を乗り出す。息が荒い。割と怖い。
「人間には不可能と、そうされてきた魔法にもいくつかの例外が存在します! 特に妖精が人間に深く関わる事例で多く散見されています!」
「いやマルセ」
「そう、人間には三重以上の詠唱は不可能ですが、妖精に魔法を使わせることによってそれ以上の魔法を引き起こすことが可能なんです! 【チェンジリング】も、おそらくは魔法の中に終了を知らせる魔法が組み込まれているんです! その対の魔法ならば、人間は詠唱するだけで妖精の魔法が使えるんですよ!」
「……わーすごーい」
非常にコメントに困るテンションだった。ああ、『わたし』も私もたしなんだことはないが、酔っ払いとはこういう感じだろうか……。
両手を広げてハアハアと弁舌を振るう様は、何というか鬼気迫った様子で……ちょっともう、これキャラブレてないか。
いや実際、とてつもない発見だとは思うがね。人間には不可能な魔法を、人間が使うことができる方法があるとは。
妖精の魔法によって莫大な富を得る、というお伽噺は多いが。妖精に魔法を使わせる、という発想はなかったな。マルセルが言うのなら、ある程度の裏付けはあるのだろうがにわかには信じがたい。
ん、ということは。
「もしや【ルンペルシュティルツヒェン】も同じようなケースなのか……?」
「流石は殿下、その通りです! 妖精と人間が約束事によって対等な立場になった時、人間が妖精を使うことが可能になるようなのです! さらに【ルンペルシュティルツヒェン】によればそれには名前というのが重要な役割を持っており……」
「あ、しまった」
火に油を注いでしまったか。
+++++
語り続けること数分。
熱意よりも先に体力が尽きた。
話すだけで尽きる体力の無さを嘆くべきか、体力が尽きてもなお話し続けようとした熱意に慄くべきか。判断に迷うところだが、とりあえず私は後者だ。
ちなみに【ルンペルシュティルツヒェン】はコボルトだけが使う魔法の約束だ。【チェンジリング】と同じく、これもお伽噺としても親しまれているが。
腐金妖精とも呼ばれるコボルトだが、彼らはあらゆるものを金に変える力を持つ。人間がその力を欲すれば、魔法【ルンペルシュティルツヒェン】を使って約束をするのだ。
コボルトの本名を期日までに当てられなければ、子供を捧げる約束を。
コボルトに限らず、妖精というのは本名を知られると命にかかわるらしい。
マルセル曰く、妖精にとって本名は魔法の力の源。それを知られ支配されることは、妖精としての死を意味するのだとか。
「妖精の魔法を人間が使う、か。なかなか興味深い話だ」
「はぁ、はふ、はぃい……」
「うんまだ喋らなくて良いぞマルセル。とりあえず紅茶でも飲んで落ち着きなさい」
「ありが……はひ、んぐ」
顔を青ざめさせながらも語ろうとするその姿勢には、感服するがね。
というか王子自ら淹れたお茶を一気飲みしたな。気付いてないのだろうが、豪胆すぎる。
「ふはぁ……えっと、それで。ぼくは殿下の期待に沿えましたか?」
「ん、そうだね。【チェンジリング】がただの人間にも解けるというのは面白い話だな。詠唱自体を、人間が知っている必要さえないんだろう?」
「はい、妖精であることを確信して、『本性を現せ』と聞かせれば問題ありません。後は妖精が魔法を誘導してくれますから」
「実験でもして確かめたいところだが、そうはいかないか」
人間に最も親しいブラウニーですら、気に入った人間以外には姿を見せないからな。彼らが本気で姿を隠せば、シャンゼリンですら発見できなくなるだろう。
それにしても、妖精を使う、か。
『わたし』風に言うならば、妖精使いという感じだろうか。ゲームのジョブにでもありそうな語呂だが、この世界ではまずありえないだろう。
妖精が人間に懐くことは決してない。
妖精にとって人間は、少し知恵を付けただけの獣だ。気に入り可愛がることはあっても、使われることはないだろう。
「妖精使い、ね。まあ男の子としてはちょっと心くすぐる響きだが」
「殿下その話詳しくお願いできますか。妖精使い……実に興味深い言葉じゃないですか!」
あ、迂闊。
これはもう、半日潰れたな。




