第七話 はじめての靴
翌日、こはくは玄関でスニーカーを履いた。
「やっぱり変」
「何が?」
「足が締まる」
「昨日よりは歩けてる」
「昨日いっぱい練習したから」
猫耳を帽子で隠し、尻尾も目立たない。
直人は最後にもう一度確認してからドアを開けた。
廊下へ出た瞬間、こはくは足を止めた。
「外」
「まだマンションの中だけど」
「家じゃない」
エレベーターにも警戒した。
動き出すと直人の袖をつかみ、到着するまで離さなかった。
一階の自動ドアを抜けると、車の音や人の声、風に混じる料理の匂いが一度に押し寄せた。
こはくは忙しそうに周囲を見る。
「匂い多い」
「全部追わなくていいからな」
「無理」
歩道を進んでいる途中、こはくの視線が急に横へ動いた。
視線の先にいたのは鳩だった。
こはくが一歩、二歩とそちらへ寄る。
その先は車道だった。
「こはく!」
直人が腕をつかむと、こはくは驚いて足を止めた。
そのすぐ近くを自転車が通り過ぎる。
「危ないだろ!」
思ったより強い声になり、こはくは黙り込んだ。
直人は一度息を整えた。
「ごめん。怒鳴りたかったんじゃない。車道は本当に危ない」
「鳩見てた」
「分かってる。でも、追う前に周りを見る」
「うん」
赤信号の前で止まり、青になったら渡る。
こはくは周囲の人を見ながら真似をした。
「みんなこれ覚えてるの?」
「子どもの頃からな」
「私、今覚える」
「そうだな」
靴のせいで歩幅はまだぎこちない。
それでも、こはくは一度も帰りたいとは言わなかった。
横断歩道を渡りきると、得意そうに直人を見る。
「できた」
「うん」
直人はそれ以上褒めなかった。
初めてなら時間がかかって当然で、できたことをいちいち大げさに扱う必要もない。
「次どこ?」
「スーパー」
「魚ある?」
「ある」
こはくの歩く速度が少し上がった。
「走るなよ」
「走ってない」
「今のはほぼ走ってた」
二人で歩きながら、直人は笑った。




