第三十二話 発情期に似た夜
人間へ戻った翌日の夜、こはくは落ち着かなかった。
部屋を歩き、座り、また立つ。
「熱ある?」
「分かんない。身体だけ熱い」
体温は少し高い程度だった。
それでも脈が速く、呼吸も普段より浅い。
直人は救急相談へ電話する準備をした。
その時、こはくが服をつかむ。
「直人」
「何?」
「近くにいて」
「いるよ」
「もっと」
こはく自身も困っているように眉を寄せた。
「分かんない。なんか、無性に直人にくっつきたくなる」
「いつもの撫でてほしいのとは違う?」
「違う。もっと近くにいたい。離れると落ち着かない」
言い終わる前に、こはくが直人へ抱きついた。
胸元へ額を押しつけ、両腕を背中へ回す。
「こはく」
「ちょっとだけ」
「苦しい?」
「違う。こうしてると落ち着く」
こはくは離れなかった。
「直人に触ってほしいし、私も触りたい。どうしてこんなになるのか分かんない」
直人は背中へ手を回しかけ、途中で止めた。
猫だった頃、避妊手術前に一度だけ見た発情期の様子が頭に浮かぶ。
今の反応が似ている。
だからこそ、このまま流されてはいけない。
「こはく。今のお前、普段と違う」
「分かってる」
「今したいことが、本当にこはくの気持ちなのか、身体の変化なのか分からない」
「じゃあ私の気持ちじゃない?」
「そうとは言ってない。ただ、今決めなくていい」
こはくはしばらく黙った。
「直人は嫌?」
「嫌じゃない」
「じゃあ」
「したくないわけでもない。でも今はしない」
こはくの目が少し大きくなる。
直人は続けた。
「明日のこはくが、同じ気持ちか分からないから」
長い沈黙のあと、こはくが頷いた。
直人は手を差し出す。
「今日はこれでいよう」
こはくが握った。
しばらくすると呼吸が落ち着き、熱っぽさも引いていった。
翌朝には、こはくの体調は普段どおりに戻っていた。
「昨日みたいに苦しくない」
「うん」
「でも」
こはくは考え込む。
「直人にくっつきたいのは、まだある」
直人は言葉を失った。
「昨日とは違う。今は、自分でそう思ってるって分かる」
身体の異変だけなら、朝になれば終わると思っていた。
そう簡単には片づかなかった。




