第二十八話 八年前の神社
翌日、二人は大学の最寄り駅まで電車で向かった。
八年ぶりの駅前は、店の顔ぶれこそ変わっていたが、道は残っていた。
住宅街へ入り、細い路地を曲がる。
「こっち」
こはくが先に右を指した。
「分かるの?」
「匂い、少し」
直人には濡れた土の匂いしか分からない。
角を曲がると、赤い鳥居が見えた。
小さな稲荷神社だった。
境内へ入ったこはくは、左側の軒下を指す。
「ここにいた」
直人にも記憶が戻る。
そこは、傘を傾けて小さな猫を雨から守った場所だった。
二人で境内を見て回る。
由緒書きには、特別な伝承は書かれていない。
狐の石像の前で、こはくが言う。
「これ、怖かった」
「猫だったから?」
「分かんない。でも見られてる感じした」
その時、社殿の奥から、ちりん、と小さな鈴の音がした。
風はほとんどない。
「今の」
「聞いた」
二人で社殿を見る。
何も起きない。
しばらくして、背後から声をかけられた。
「何かお探しですか?」
振り返ると、六十代くらいの女性が立っていた。
直人は事情をぼかしながら、八年前にここで茶白の子猫を拾ったことを話す。
さらに、写真に写った赤い糸を見せた。
女性の表情がわずかに変わった。
「昔、この神社で使っていたものに似ています」
「何に?」
「縁を願う時に結ぶ紐です。人と人だけでなく、家や土地、動物との縁も」
「猫につけるもの?」
「本来は違います」
女性は首を横へ振る。
「かなり前に使わなくなりましたが、古い記録なら残っているかもしれません」
宮司は別の神社と兼務しているらしい。
連絡先を残せば確認してくれるという。
帰り際、女性が聞いた。
「その猫は、今も元気ですか?」
直人は隣のこはくを見る。
「……元気です」
女性は穏やかに笑った。
神社を出たあと、こはくが言う。
「嘘じゃない?」
「嘘じゃないだろ」
「猫の私は今いないよ」
「こはくはいる」
直人はそれだけ答えた。
赤い糸と鈴の音、それに突然の発作まで重なると、偶然で片づけるには気になることが多すぎた。




