第二十七話 雨の日の記憶
その日の夕方から雨が降った。
直人が帰宅すると、こはくは窓を少し開け、外を見ていた。
「体調どう?」
「今日、それ三回目」
「数えてるの?」
「三回まで」
「厳しいな」
顔色は悪くない。
尻尾も普通に動いている。
直人が窓を閉めようとすると、こはくが止めた。
「もう少しだけ」
「雨入るぞ」
「思い出しそう」
「何を?」
こはくは外を見たまま言う。
「直人に会った日」
直人も八年前の雨を思い出す。
大学から帰る途中、小さな稲荷神社の軒下で、濡れた子猫を見つけた日だった。
「最初、俺から逃げたよな」
「怖かった」
「引っかかれた」
「それも怖かったから」
「右手、結構血出た」
「今ならごめんって言える」
今さらの謝罪がおかしくて、直人は笑った。
こはくは雨の匂いを嗅ぐように顔を上げる。
「直人が来る前、鈴みたいな音聞いた気がする」
「神社の?」
「たぶん」
「誰かいた?」
「分かんない」
さらに、自分の首元へ手をやる。
「あと、赤い糸」
「何?」
こはくは、拾われた日の夜に撮った昔の写真を見せた。
タオルに包まれた子猫の首元に、細い赤い糸のようなものが写っている。
「こんなのついてた?」
直人は覚えていない。
「私、最初からついてた気がする」
「誰かにつけられた?」
「分かんない」
二人で地図を開き、八年前に通っていた大学や工事中だった道、細い路地を手掛かりに探していく。
やがて、小さな稲荷神社が見つかった。
写真には赤い鳥居と、古い狐の石像が写っている。
こはくが画面へ顔を寄せる。
「ここ」
「分かる?」
「たぶん。狐、覚えてる」
直人も場所には見覚えがあった。
「行ってみる?」
「行きたい」
「体調が今のままなら、明日」
こはくは頷く。
雨はまだ降っていた。
昨夜の発作と、八年前の神社がどこかでつながっている気がした。




