24/35
第二十四章 耳がない朝
翌朝、直人は洗面所から呼ぶ声で目を覚ました。
「直人!」
何事かと走ると、こはくが鏡の前に立っている。
「耳」
髪の間にあった猫耳が、完全になくなっていた。
人間の耳は残っている。
「痛い?」
「痛くない」
「熱は?」
「ない」
尻尾はまだある。
直人は反射的に、「帽子いらなくなる」「外出やすくなる」と便利な点を並べかけ、こはくの表情を見て止めた。
「どうした?」
「私、かわいくなくなった?」
「何でそうなる」
「耳なくなったから」
「耳で決まらないだろ」
こはくはようやく安心したように鏡を見る。
その日は帽子なしで外へ出た。
昼には写真が届く。
《普通に歩けた》
やがて、もう一件届く。
《かわいい?》
直人は画面を見つめてから、《かわいい》と返した。
夜、こはくはリビングで頭を触りながら言った。
「楽だった。でもちょっと寂しい」
「俺も少し」
「直人も?」
「八年見てたから」
こはくは尻尾を見る。
「これもなくなるかな」
「分からない」
しばらくして、こはくが直人の隣へ座った。
「耳なくても撫でて」
「耳のために撫でてたわけじゃないよ」
「じゃあして」
直人は髪へ手を置いた。
尻尾がゆっくり揺れる。
その夜までは、耳がなくなったことを、ただ一つ変化が増えただけだと思っていた。




