第十九話 私、まだ猫なの?
前日の手つなぎが、翌朝になっても妙に残っていた。
こはくは朝食のあと、スマートフォンで「恋人 手をつなぐ」と検索したらしい。
「美咲にも聞いた」
「何を?」
「好きな人と手つなぐって」
直人はコーヒーへ視線を落とした。
「人混みではぐれないためにもつなぐだろ」
「昨日、私とはぐれそうだった?」
「そういう可能性も」
こはくの顔が少し曇る。
「直人、またそうやって違う理由にする」
「何が」
「昨日の男の人も」
直人は言い返しかけた。
「お前、元は俺の猫だったんだから、そりゃ気になるだろ」
口にした瞬間、まずいと思った。
こはくは黙り込み、しばらくしてから小さな声で聞いた。
「私、まだ猫なの?」
直人はすぐには答えられなかった。
「猫だったの嫌じゃないよ」
こはくは続ける。
「魚好きなのも、撫でてもらうの好きなのも、直人の近くで寝るのも、猫だった時から」
「うん」
「でも、何でも猫だからって言われたら、今の私が決めてることなくなる」
直人は視線を上げた。
「一人で帰ったのも、美咲と友達になったのも、知らない人断ったのも、私がした」
「分かってる」
「じゃあ直人を好きなのも、猫だからってなる?」
その問いだけは、簡単に返せなかった。
「……ごめん」
直人は正直に言う。
「俺も、猫だったからって言えば楽なんだと思う」
「楽?」
「昨日嫌だったことも、手つないだことも、全部『飼い猫だから気になる』で済ませられる」
こはくは黙っている。
「でも、たぶんそれだけじゃない」
「何?」
「分からない」
格好の悪い答えだった。
それでも誤魔化したくなかった。
「これからは、お前が今選んだことまで猫の習慣で片づけない」
こはくは少しして頷いた。
「じゃあ聞く」
「何を?」
「私が他の人好きになったら、直人どう思う?」
直人は逃げずに考えた。
「……嫌だと思う」
「何で?」
「そこはまだ分からない。でも、嫌なのは本当」
こはくはそれ以上追及しなかった。
答えが出なかったことより、直人が初めて自分の感情をごまかさなかったことのほうが、二人の間には残った。




