第十三話 直人の知らないこはく
休日、こはくと近所へ出た帰りに、道端の猫を見つけた。
こはくはしゃがみ込み、少し離れた場所から声をかける。
「来ないね」
「知らない人だから警戒してるんだろ」
「猫には猫だったの分かるかな」
「俺に聞かれても」
結局、猫は近づかなかった。
そのあと寄ったドラッグストアで、こはくは髪を結ぶゴムを選んだ。
化粧品の棚も気になるらしく、何度も立ち止まる。
「これ使う?」
「使いたいなら」
「直人はどれがいい?」
「俺に聞くの?」
「うん」
「今のままでもいいと思うけど」
言ったあとで、間が空いた。
こはくが確かめるようにこちらを見る。
「今、かわいいってこと?」
「そういう意味で言ったわけじゃ」
「じゃあどういう意味?」
「……似合ってるってこと」
完全に逃げ切れなかった。
店を出たところで、直人は会社の同僚と鉢合わせた。
「三上さん?」
立っていたのは佐伯美咲だった。
「佐伯さん」
美咲の視線がこはくへ移る。
「こんにちは」
「こんにちは」
こはくは普通に挨拶した。
「お知り合い?」
直人が答えるより早く、こはくが言う。
「一緒に住んでます」
「ちょっと待って」
美咲の眉が上がる。
直人は慌てて補足した。
「親戚みたいなものというか、事情があって」
「そうなんですね」
美咲は深く追及しなかった。
少し立ち話をしてから別れた。
歩き始めてから、こはくが聞いた。
「直人、会社だと話し方違う」
「仕事だからな」
「美咲と二人でごはん食べたことある?」
「社食なら」
「仲いい?」
「普通」
こはくは何か考えている。
「どうした?」
「直人、私が知らない直人いる」
「そりゃいるよ」
直人も考えた。
「俺だって、人間になってからのお前は知らないこと増えてる」
「嫌?」
「嫌じゃない。知らないことが増えたら、また知ればいいだろ」
こはくは少し黙り、それから髪を新しいゴムで結び直した。
自分で選んだものが、少しずつ増えている。




