第十話 おかえりを言う人
こはくが人間になって一週間が過ぎた。
朝の支度にも少しずつ慣れ、留守番中のメッセージも最初ほど多くはない。
電子レンジも使えるようになり、洗濯物の畳み方まで覚え始めていた。
その日、直人は仕事が長引いた。
帰宅したのは十九時五十分だった。
「ただいま」
「おかえり」
返事がすぐに返ってくる。
リビングへ入ると、食卓に料理が並んでいた。
「これ、どうした?」
「作った」
「一人で?」
「うん」
直人の顔が強張る。
「火使った?」
「使った」
「まだ一人ではやるなって」
「でも前に見てた」
直人は言いかけて止まり、まずこはくの手を確かめた。
火傷らしいものは見当たらない。
「怪我してない?」
「してない」
「そっか」
料理は簡単な野菜炒めだった。
少し焦げている。
「帰ってきたら食べられるようにしたかった」
こはくが言った。
直人は椅子へ座った。
「ありがとう。でも、次は先に相談して」
「危ないから?」
「そう。俺が嫌だからじゃない」
「分かった」
二人で食卓を囲んだ。
味は少し濃かったが、食べられないほどではない。
食後、こはくが何気なく聞いた。
「直人、明日も帰ってくる?」
「帰ってくるよ」
「絶対?」
「仕事で遅くなることはあるけど、ここが家なんだから帰ってくる」
こはくはそれを聞いて、小さく頷いた。
直人は食器を片づけながら考えた。
以前の部屋にも、猫のこはくはいた。
けれど今は、玄関を開ければ「おかえり」と言う人がいる。
同じ家なのに、帰ってくる意味が少し変わっていた。




