第25話 さらば肉の集落
別れの朝――
というわけでして、今日は家に帰る日だっつうのに、パンちゃんからぐったりするような事実を明かされ、まだ9時前だっていうのにすっかりお疲れな俺なのです。
しかし静かな朝だ。
肉が無いとこんなにも静かなんだなと、しみじみ思う。
昨日の朝はまだうるさかったんだ。なにせ、広場に泊まった連中がたくさん居たからね。
酒もないのにさ、朝までだらだら肉食ってんだよ。完徹で肉くうとかヤベエよね。
朝起きたらまだ肉食ってるんだもん、びっくりしすぎて笑っちゃったよ。
そんなやべえ集落とも今日でお別れ。
まあ、また来るけどさ、自分とこの開拓もしてえから、最低でも一ヶ月は間を開けたいわ。
「おーい、お兄ちゃーん」
そろそろ出ようかなと、パンちゃんやクロベエに声をかけていると、パタパタとリットちゃんが駆けてきた。
昨日のうちに『明日帰るわ』と伝えておいたので、見送りに来てくれたらしい。
「ほんとうにありがとう! お母さんもお父さんもすっかり元通りだよ!」
リットちゃんが、ピッカピカの笑顔でお礼を言う。
「うちの家族はユウに頭が上がらねえわ。ありがとうな、ユウ」
「私もリットも、キンタまでお世話になっちゃって。ユウさんって、もしかすると神様なのかもしれないわね」
なんちゃってね、と笑うマーサ。
神様か……ほら、横をみてごらん? バレないと思ってケツを掻いてる女がいるでしょう? 実はアレ……女神なんですわ……。
「はは、神様なんてそんな。俺はひとりで森に来たリットちゃんの頑張りに答えただけですから」
もしもリットちゃんが森に来ていなかったら、俺はラウベーラに遭遇しなかったかもしれないし、マーサの風邪にも気づかなかったかも知れない。
狩人たちの悩みには……ワンチャン気づいたかもしれないけど、ラウベーラを倒してとりあえず終わりって感じで、あっさりめの付き合いで終わっていたかもしんねえ。
出会いってのは、ほんと面白いもんだわ。
キンタ一家との出会いをしみじみと噛み締めていると、また賑やかな連中が増えた。
ザックとダンだ。
「ユウさん! 俺らは絶対にこの弓を作りますから、楽しみにしてて下さい!」
「良い若者を紹介してくれたもんだ。こいつ、噂よりだいぶ良いじゃねえかよ!」
「そんなダンさん……俺なんてまだまだっすよ」
「ははは、何言ってやがる、お前が作る小物はなかなかのもんじゃねえかよ」
なんかめっちゃ仲良くなってる……。
細工が好きなやつは鍛冶師とくっつけとけば、おもろいことするやろくらいに思ってたのに、世代を越えたマブダチみてえになってるじゃんよ。
そういや謝肉祭の時も、かなり遅くまで肩組んで肉を食い交わしてたもんなあ……。
「ザックの閃きと、ダンの経験があればきっとできるさ。そんな二人にもう一つ頼みがある」
「なんすか?」
「これは魔鉄鋼という、特別な鉄で作った矢だよ」
「鏃がでけえ矢にも驚いたが……こいつは矢柄まで鉄でできてんのか」
ザックとダンに渡したのは、矢羽以外、全て魔鉄鋼でできている矢だ。
魔鉄鋼ってさ、クソ頑丈だから重たい印象があるだろ? ところがすげー軽いんだよ。
ヤカン作った時に(あれ、これってめちゃ軽くね?)って気づいてさ、調理器具にちょうどいい素材だなあ……って、全部魔鉄鋼で揃えちゃったわけなのよ。
でもさ、常々と思ってたわけ。
折角のファンタジー金属なんだし、やっぱ武器にしたほうが良いよなって。
でもさ、俺にはスマホランスやスマホアックスがあるじゃん? だからわざわざ作ろうとは思わなかったんだけど、この集落に来て、鍛冶師を見つけ、狩人と出会った。
せっかくだから、こいつらに作らせちまえと。教材として渡してやろうって思ったんだ。
「これは……ずいぶん軽いな……」
「ほんとだ。黒っぽいけど、かなり頑丈そうだ……こんな軽い鉄はじめてみましたよ」
「こいつはヒッグホッグという魔獣……俺が広場で配った肉のやつから採れるんだが、俺もあんまりもってないんだよ」
ストレージから二キロ程度の魔鉄鋼を取り出し、二人に渡す。
実はこの十倍以上は在庫があるのだが、彼らにさせたいのは武器の製造委託ではなく研究だ。
だから、研究に必要な分だけ、ざっくり十本前後を作れる分だけを渡すことにした。
「これを使って、さっき渡した矢を作ってみて欲しい」
「こいつは……鉄みてえだが、同じようには叩けなそうだよなあ」
「長めに火入れをしたほうがいいかもっすね」
「わかってんなあ、ザック! 俺もそう思ってたんだよ」
流石は生産職だ、もうすでに俺のことなんて頭から消えてやがるぜ。
ふふ、でもそれでいいのさ。俺の見送りよりも、集落の将来のためにがんばってくれ。
「ユウさーん、もうちょっと居たら良いじゃないですか! もっと色々聞きたかったのにー」
可愛いことを言うのはシゲミチだ。
こいつ、謝肉祭の時もずーっと何かを聞きたそうにちょろちょろしてたけど、狩人の連中にビビって最後まで来なかったんだよなあ……。
わかるよ……俺も陰寄りの者だからさ、ああいう場で、知り合いみっけても声を掛けらんねえってこと……何度もあったよ。
そんなシゲミチくんにも宿題があるんだ。
心して聞いてくれ。
「よう、シゲミチ。わりいな、そろそろ家の様子を見ねえとまずいんだよ」
「誰も居ないところにひとりで住んでるんでしたっけ……やっぱユウさんすごいな」
素直でかわいい子だわ……これで女子だったら、ヒロイン候補だったかもしんねえ。
そんなシゲミチくんにはごほうびじゃ。
「えっとな、まずはこれをやろう」
夜なべして錬成…もとい、クラフトしたB6サイズのノートを何冊かと、色鉛筆を渡す。
多少オーバーテクノロジーだと思うけど、今さらそんなことを気にしてもしょうが無い。
何を聞かれても、こいつらはその場のノリで雑に押し切れるからな。
「こ、これは……?」
「こっちはわかるだろ? 前にやったのよりデカいが、字を書き込むノートってやつだ」
「ノート……前のも書きやすくて凄かったのに、こっちは大きくていっぱい書けそうですね……」
「そんで、こっちは色鉛筆つってな、赤や黄……ってわかるか?」
「わかりますよ。花や果実の色ですよね……わ、そういうことですか……」
色の概念あって良かった……っていうか、勝手に納得してくれたな。
「コレすごいですね……木の中に色がついた炭がありますよ。どうやって作るんだろう……ははぁ……木を削って使うのか凄いな……」
「おっと、色鉛筆を調べるのは後だ。まずは、それを何に使うか聞いてほしい」
「あ、すいません……つい……」
えへへと頭をかくシゲミチくん……くっそ、別に可愛らしい顔してるわけじゃねえんだよ。普通の青年顔なんだよ……なのに雰囲気が可愛いのは卑怯だろ。
「色鉛筆を使えば、色々なものを前よりそっくりに描けるだろ」
「そうですね、花の形が同じでも色が違うのとかもありますし、助かりますよ」
「俺が言いたいのはまさにそれでな、それを使って薬になる植物、毒がある植物をノートに描いてほしいんだ」
「薬と毒……俺が知らないものも、オバアから聞けば……ああ、そういうことですか。オバアの知恵を、みんなが知れるようにしたい、そういうことですね」
「え? あ、うん、そうだ!」
うん。だいたいそう。シゲミチくんには図鑑を作ってほしいなって思っただけなんだけど、巡り巡れば、集落の連中、みんなが共有できる情報になるもんな。
……うん、始めからそうだったことにしよう。
「えっと……薬と毒以外は描いちゃ……ダメ、ですか?」
くっ……シゲミチてめえ、わざとやってんじゃねえだろうな? 小首かしげんじゃねえよ……!
「そ、そうだな……シゲミチが気になるものがあったらどんどん書き留めてくれたらいいよ。虫でも石でも、なんでもだ。そうして書き溜めると、それが図鑑になるからな」
「ずかん?」
「そう、例えば、花の名前がわからない時、花図鑑を開けば、花の絵と名前、特徴等がわかるだろ? さっきシゲミチが言ったとおり、皆に知恵を分け与えるのが図鑑なんだ」
「なるほど……薬にできる物を知ってる人が増えれば、皆で集められますし、絵がついていれば、字が読めない者でもわかりますよね……図鑑、なんて素晴らしいんだ!」
シゲミチくんは、俺が言いたかったことを全部いって、やる気に燃えている。
いや……良いことなんだよ? ああ、バグの枷から解き放たれたなあって思ったし。
でも……それ、俺が言いたかったなあ。




