第26話 一時帰還
「知ってる天井だ……」
目を覚ますと、そこは温泉宿のロビーだった。
周りを見ると、ドワーフたちがゴロゴロと転がっていて、ゴガー、ゴガーといびきをかいている。
腹に謎の重みを感じたため、顔を起こして見てみれば、そこにはどっかりと女神様の脚が乗ってい……ぐおお……急に足を伸ばすんじゃねえ……顔に足がめり込んでんぞ、おいくそがよ!
はあ……。
一体どうしてこんなことになってんのか思い出せないが、昨日いっぱいいっぱい飲んじゃったんだろうなあってことだけは、なんとなーく察することができるわ。
たく、新築だってのにこんなに散らかしやがって……む、向こうに転がりまくってんのはマサモ酒のタル……だな。
よく見りゃ、あっちにはたらいに入ったプチ氷山があるし、おそらく酔っ払ったパンさんと俺が仲良くマサモ焼酎ロック屋さんを開いたんだろうなあ……。
なるほどなあ……どおりでガスッガスにのどが渇いて、ズッキンズッキン頭がいてえわけだよ。
フラフラと厨房に行き、水を汲んで一気に飲み干す。
ああ、これが甘露か。
アルコールの分解で悲鳴を上げている内臓に水が染み渡っていくようだ。飲んだ後の水ってなんでこんなにも美味えんだろうな!
っと、そうだそうだ。
リプラシルにはパンさんポーションという、酒カスの救世主的チートアイテムがあるんだった……グビグビ……はぁ……!
原材料的にちょっぴりアレに思うところもあるが、効くんだからしゃああるめえ。
昨日の痛飲が無かったかのように体が楽になったわ。
しっかし、こいつら起きねえな? 一体何時まで飲んでたんだよ。
「おら、起きろ!!」
パンさんの脇腹を足で突っつくと、もぞもぞと動きながら、薄目を開けた。
……起きるかな?
「ううん……次はハツを焼いてちょうだい……」
ほんと、色気もクソもない奴だよなあ。
ったく、ベタな夢見てんじゃねえ。
「おーきーろーってば!!」
今度は両手で脇腹をくすぐってやった。
これで起きなかったら大したもんだ。
「ひゃひゃひゃひゃ……上ロースおかわりね……」
なんで笑いながら追加オーダーしてんだよ?
つうか、どういう状態で焼肉してる夢を見てるんだ?
うーん……ここまでやって起きねえとは。
つうかこいつって、お湯が張られた浴槽の底で爆睡するようなやつだったわ。
……うん、こいつは捨てておこう。
ルーちゃんとナーちゃんは……っと、旅館の庭から元気な声が聞こえてくるな。
どうやら外で遊んでるようだ。
庭に出てみると、仲良し姉妹と、仲良しキャッツたちがぐるぐると追いかけっこをして遊んでいた。
「あははは、クロベエ待て待て、待つのです!」
「捕まらないぞー! ナーちゃん、こっちこっちー!」
「ヒカリ! もっとはやく走って! クロベエの尻尾を捕まえて!」
「わかりましたルー様! クロベエ、覚悟しろー!」
ナーちゃんって、しっかりとした口調だけど、実は結構子どもらしいところもあるのよね。
子どもたちとモフモフのユルユルとした追いかけっこ……はあ、ロビーの惨状を見て荒んだ心が癒されていくぜ……。
「おはようルーちゃん、ナーちゃん、クロベエにヒカリもおはようさん!」
「あ、ユウだ! おはよー!」
「おはようございます、父上」
「ユウーおはよー」
「おはようございます! 親父殿!」
実はもうすでに十時なんで、全然早くなかったりすっけどな。
さて、今日はなにをしようかな?
パンさんはなにをやっても暫く起きないだろうからなあ……。
うーん、何もしないのも勿体ねえし、とりあえず子どもたちと一緒におでかけしてくるか。
「ルーちゃんや、ダンジョンを繋ぐ転移門って、もう普通に使えるようになってんだよね」
「うん! ママが設置したあと、ウサ族のみんなと整備もしたから普通に使えるよ!」
そっかそっか。じゃあ、一度あっちに帰って言伝でもしてくるかな。
「よし! ルーちゃん、ナーちゃん、ついでにクロベエたちも! ちょっと一回あっちに行ってこようぜ」
「おお、いよいよみんなが住んでいる土地に行けるのですね」
「ああ、けど今日は家までは行かないよ」
「え? どうして? ナーちゃんのお部屋とか作らないの?」
「ほら、こういう時、仲間はずれにされるといじける奴がいるだろ……」
「あ……そっか、ママ爆睡してるもんね……ぐぬぬ、じゃあしょうがないかあ」
「というわけだから、ナーちゃんと一緒に家に帰るのは次の機会だ。ごめんな、ナーちゃん」
「大丈夫ですよ父上! 家には家族全員、揃って行きたいので、かまいませぬ」
はあ……ほんと良く出来た子だよなあ。
こんないい子が、俺とパンさんから生まれるだなんて……リプラシルの神秘だわ……。
……まあ神の秘術で生まれたわけだから、言いえて妙ではあるな。
ルーちゃんとナーちゃんをそれぞれクロベエとヒカリに乗せ、とっとことっとこダンジョンへ。
俺? 俺は徒歩だよ、徒歩。
なんでって、乗ってたら写真や動画が撮れないだろ!
でっかい猫にちっこい幼女が乗るってシチュエーションって最高じゃん?
そらもう、しっかり押さえておきたいじゃん? 肉眼で見て、スマホで写して、もう心にもストレージにもがっつり記録しておきたいじゃん?
マルリさんを撮るのはアレだから我慢したけど、娘なら許されるじゃん?
そんなわけで、俺はテコテコ歩く二頭と二人から少し離れた位置でカメラマンだ。
うーん、かわいいな。
どうせ、後からパンさんに「どうして置いていったんだ」と、グチグチ言われるんだろうが、そん時にこれを見せりゃあ、怒りも直ぐに収まるってわけよ。
起きなかったのが悪いのだが、だからといって置いてくのもまあ……悪いからな。
これで勘弁してもらおうってわけ。
しっかし、流石にこのあたりまで来ると暑いなあ。
ダンジョンに近づくに連れ、気温がジワジワと上がって……現在気温は……ええと、スマホさんによると、二十八度か……。
入口から浅層周辺は四十度行かないくらいだったから、ギリなんとかなりそうだが、そこから先は対策装備無しでは無理だろうなあ。
生息する魔獣が強いから当分冒険者たちに開放する気はねーけど、その時が来たら、ちょっと救済措置を考える必要があるかもしれんな。
理想としては、それまでに住民たちが自力で魔導具なり、魔装備なりを生み出して対策できるようになってることなんだが……。
強くなるのが先か、発展するのが先かみたいになってるとこあっからな。
いざって時は、ナーちゃんの加護を使うのもやぶさかではないが、それは最終手段だよなあ……。
なんて事を考えつつ、テコトコ歩いているとあっという間にダンジョンの入口が見えてきた……けど、なんか前と違うな?
ああ、奥に扉がついたんだな。
おそらく、パンさんが安全面を考慮してつけたんだろうな。
最近じゃドワーフたちもダンジョンには入らないみたいだし、扉がありゃあ、集落を荒らしに来てた魔獣も出てこれねえだろうしな。
たまにこういう気が利いたことをするよな、あの女神様は。
ムニュンとダンジョンとの境界を越えた感覚がした。
扉は奥に続く通路にピタリとハマるようにつけられている。
どういう仕組なのかはわからないが、空洞を暖めるための熱だけは通り抜けているようなのだが、前ほど凶悪な熱波は感じられない。
きっと、ここ開けた瞬間にブワッと乾いた熱い風が噴き出して、気温が十度くらい一気に上がるんだろうな……怖いから触らんとこ……。
さて、転移門はどこにあるのだろうか。
いくらパンさんがポンコツでも、扉の向こう側に転移門を置くようなことはしないはず……。
あれ、あんな道あったっけか?
今いるのは、一応は火のダンジョン内なのだが、そのエントランスとも言えそうな、横長の空間で、前に扉が、後ろに空洞への道があり、左右にもちょっとした小道が見える。
前に来た時は余裕がなくて気付かなかったのかもしれないが……もしかするとあのどちらかが転移部屋に続いているのかも知れないな。
「ルーちゃん、ナーちゃん。転移部屋ってどこにあるんだい?」
「こっちだよー!」
「こっちです、父上ー!」
待ってましたとばかりに、嬉しそうな顔をした二人が先導し、向かって右側の通路を進んでいく。
歩きやすいように整地されている辺りからして、やっぱこの通路は新たにパンさんが掘ったんだな。
娘たちに手を引かれ、奥へ奥へと進むと、少しだけ視界がひらけた。
体育館くらいの広い空洞の真ん中に、ぽつんと塩のダンジョンで見たような小屋が建っている。
あれ……なんか既視感があるな……なんだっけ……ああ。
公衆トイレっぽいんだわ。
微妙に神秘的な雰囲気がしなくもない建造物ではあるんだけどさ、金を余らせた自治体が道の駅の名物として建てたようなさ……。
珍しい場所を集めて百景をつくる番組に投稿されそうな感じだよこれ……。
……パンさんに言ったら滅茶苦茶怒られそうだからだまっとこ。
「おじゃましまーす……おー、ちゃんと見慣れた転移陣と謎装置が置いてあるわ」
「あ、これね、今は私たちだけにしか反応しないようになってるんだよ」
「勝手に使われないよう、母上が設定したのですよ」
ふーん? 別にそんなことしなくても、ドワーフたちは来なさそうだけど……って、あっちか……。
きっと、ウサ族の誰かが見張りをしてくれてるのだろうけども、それでもタルットのアホをはじめとした、不良妖怪どもがやらかしそうだもんなー。
コッソリ転移してきたタルットが、うっかりダンジョン側にいっちまって――
『あちち! 焼けてまう! これじゃタルットやなくてタルトやないかい! ってやかましいわ』
――なんて、体をはったボケをするのは、ちょっと見てみたいけど、それ以上にめんどくせーことになりそうだからな。
ロックかけとくのは正解だわ。
……まあ、あいつらの場合はそれ以前に転移門のブラックリストに入ってそうだけどな。
「なるほどな、それなら安心だな。教えてくれてありがとう」
と、二人を撫でまわす。
クロベエが撫でて欲しそうな顔をしていたのでついでに……ヒカリお前もか……なでなで……なでなで……。
と、撫でて和んでる場合じゃなかったわ。
あちらへ行ってこないとな。
石板に手を置き、転移門を起動する。
「みんな居るよな? 行くぞー」
ぎゅっと手を押し込むと装置が起動して辺りが光りに包まれた。
間もなくしてスゥっと光が消え去り、先ほどと同じような、無駄に広い部屋が目に入る。
視覚情報的には何も変わらないため、毎度のことながらいまいち転移した感が無いのだが……今回ばかりは体感できたな。
カラッとして暑い空気が、スゥっと引いて柔らかな春の香りに包まれたからな。
ううむ……この、暑くも寒くもない、丁度いい感じ……なんだかすっげえ懐かしく感じるわ。
小屋から外に出ると、どうやらここは通常の転移門の逆側のようだった。
む、何やら制服のようなものを着たウサ族が数人ちょろちょろしているな。
あれは……リリィシスターズか。
いや、他にも何人かウサ族が居るな。
ダンジョンアタックをする奴が増えたから、リリィが雇ったんだろうな。
その辺の采配は自由にさせているから、想定内だ。
近くを通りかかったウサ族を呼び止め、三人と二頭分の昼食をオーダーし、冒険者ギルドまで届けるようにお願いした。
こういっちゃなんだが、ほんと便利になったよなあ……。
ほんの数ヶ月前までは、ぜーんぶ自分たちでやらなきゃなかったんだぜ?
それが、こうして誰かにお願いできるようになったんだもの。
それもこれも、クロベエのおかげだわ。
ウサ族との出会いが無かったら、謎の超進化をしていなかったら、何かを始めようと思っても、人員問題にぶち当たって頭を抱えて、なかなか進められないでいただろうからな。
別に、始まりの村の連中がダメだってわけじゃないんだ。
ここって村から一泊二日の距離じゃんか。
そんな距離を通勤させるわけには行かねえし、かと言ってここにはまだダンジョンと俺の家と宿屋くらいしかねえわけじゃん。
そんなところに引っ越してくれっていうのは申し訳ないし、そもそもあっちの人員を減らすようなことはしたくねえからな。
俺が村の発展を妨げちまったら、本末転倒だよ。
その点、ウサ族はいいんだよ。
あいつらの集落はダンジョンにあるから、ゲートをくぐれば直ぐに帰れちまうからな。
普通に通勤できるし、ダンジョンの集落はそこまで発展を急いでるわけでもないし。
言い方が悪いが、ウサ族は増えやすく育ちやすい種族らしいので、集落の発展も考えようってなる頃には、人口がいいくらいに増えてるだろうからな。
つうか、今の時点でもじわじわ人口が増えてるらしいんだよな……。
なんか、見ないうちに子どもが生まれてて、名付けをねだられて、次会ったら、もう走り回って喋りまくってたりしてさ……ほんと増えるのと育つのが速いんだよ……。
まあ、ウサ族さんはとっても便利……もとい、素敵な魔族さんなので、今後も空洞やら、まだ見ぬ集落やらに派遣することになると思うんで、いっぱい増えてくれるのは助かるんだよなあ。
……リプラシルの覇権を握るのはウサ族だったりしてな。
いやいや、ないない。
しかし、知らんうちにここらも結構整備されてるなあ。
整地をしてくれたのか、なにか建てられそうなスペースが増えてるし、ドワーフたちがこっちに来るようになったら、宿を増やしたり、交易所を作ったりしようかな。
そうすりゃ、この大陸中央部も、だいぶ賑やかになりそうだね。




