第10話 熱地獄
ルーちゃんを追って走っていると、なにやら「むにゅん」と何かを通り抜けたような感覚がした。
パンさんが『境界を越えてダンジョンに入ったのよ』と教えてくれたが……なるほど、たしかにこりゃあ、普通の場所じゃねえわ。
なにせ、境界を越えた瞬間、ぐっと気温が上がったのを感じたからな……。
体感温度で言えば四十度前後くらいはありそうだ。
体力がついたのか、加護のおかげか知らねえが、今のところは大丈夫そうだ。
けど、きちんと対策しねえと熱中症になっちまうかもしれねえなあ。
……ルーちゃんたち、大丈夫かな。
……
…
ダンジョンを進むこと十五分。
今んとこはクソ暑いだけで、特に問題はないな。
ちょいちょい、赤いトカゲやら、赤くてドロっとしたモルモルみたいのやら、なんか虫みたいのやらが現れるが、どういうわけか襲ってこない。
まあ、俺も数々の魔獣と戦ってきてるからな。
おそらく、レベルがグーンと上がっていて、圧倒的な強者オーラみたいのが滲み出ているのかもしれんな。
……ステータス画面は怖くてみれねーから、想像でしか無いけどな。
ダンジョンの特徴としては、洞窟型ダンジョンと言うやつなんだろうが、くっそ暑いのと、あちらこちらからプシュプシュ噴き出す蒸気。
これらが嫌でも『ここは火山系洞窟ダンジョンなのじゃよ』と匂わせてくるんだ。
……まあ、匂わせるもなにも、ダンジョンにマグマがあるってのは聞いてるからな。
ここが火山系ダンジョンなのは変えようがない事実なんだよなあ……。
……
…
ダンジョンアタック開始から一時間が経過した。
パンさんが言うには、ルーちゃんの気配はまだもう少し奥の方らしい……。
「うー……もっとはっきり気配を掴めたら……転移できるのにい……」
「どこぞの戦闘民族みてえなこと言うよな……」
「ダンジョンシステムと……ワールドシステムわけたの、失敗だったわ……」
それはそうかもしれねえ……。
管理神たるパンさんの力を持ってしても、この暑さをスキップできねえってのは、いかがなものか……。
いやさあ、なんでここまでぼやいてるかってさあ、わかるだろう?
ゲームだとさあ、こういうところって美味い素材が手に入ったりするから、割と好きなんだけど……こうして、実際に……入って……行動すると……さあ……。
「……あづい……あづくて死ぬぜえ……」
「うう……ビール飲みたい……きんきんに……冷え倒したやつ……」
「わかりみがあるぜ……」
マジでしんどいんだよ……。
我々ルーちゃん捜索隊は、もうすっかり暑さにやられちまったんだよ……。
これでもさあ、パンさんは女神だしさあ、俺もなんかちょっぴり人の枠からはみ出しつつあるっぽいからさあ……ギリなんとかなってるんだと思うんだよな。
ルーちゃんも……ダンジョンコアだからさ、ある程度は平気だとおもうんだよ。
けど、クロベエたち、大丈夫かな……あいつらだって魔獣だから、普通の動物よりは頑丈だとは思うけどさあ……二頭揃ってモッフモフだから、暑がってるかもしれん……。
くっそ、しっかし暑いなあ……暑いっつうのに、こいつらほんと元気でむっかつくわあ……。
なんかさあ、俺たちにとって不快極まりないこの環境もさあ、ここの魔物にとっちゃあ快適なようでなあ。
入ったばかりの頃は、ビビリ散らかしてなーんもしてこなかったのに、ここに来てちょいちょいとちょっかいをだしに来やがるのよ……。
「今度は赤いトカゲかよ……さっきのよりちょっとデカいな……軽トラくらいはあるぞ……」
「Grrrrrrr……」
ガルルじゃねえんよ……俺たちはね、いそがしいの。そんでね、あっついの!
暑いし、じっとりするし、暑いし、じっとりするし……もうイライラがマッハなんだよ!
「言葉が通じねえお前に慈悲はねえ! 素材になれやオルァ!!」
スマホランスをお見舞いしてストレージに収納……っと。
もうこの流れを何度繰り返したことか……。
だいぶめんどくせえしダルいけど、これでもまだマシなんだろうなあ。
ここもさ、結構な数の住人がいるみたいで、魔物の気配がめっちゃするのよ。
遠くの方からチラチラ様子をうかがっている、溶岩のゴーレムみたいのもいるし、雀サイズのフェニックスみたいのも、チラチラ飛んでるし、マグマの海から顔を覗かせる赤い人魚のお姉ちゃんみたいのも居るんだ。
けど、こいつらを含めたほとんどの奴らがさ、俺らが行くとさささーっと逃げてくわけ。
浅層にいたやつらは、純粋にビビリちらかしてたんだと思うけど、ここの奴らは多分、知能が高いんだろうね。
なんとなーく、パンさんの正体を察して(関わるとやべえ奴らだ)って、避けてくれてるんじゃねえかなって思う。
おかげで、まあまあサクサクめに進めては居るんだが、あっついのはどうしようもねえ。
せめてルーちゃんがいるところまで最短ルートでいけりゃなあ。
「って、くそがよ。行き止まりかよお……」
「あー……つら……あれ? ねねね、みてよユウ! 宝箱よ!」
「マジかよ宝箱なんてあんのか」
「余ったマナで自動生成されたんじゃないかしら? ほらほら開けてみなさいよ」
「おおそうだな……いや、開けるのは後にしよう」
「なんでよ?」
「こんな暑いところで開けるの嫌じゃね?」
「……たしかに」
つうわけで、お楽しみは先送りにし、宝箱はストレージにつっこんでおいた。
わりいね、ここのコアちゃん。お宝はいただいていくよ!
……
…
そして、突入から二時間が経過した。
この間、パンさんから聞いたいい報告が、ここが一階層しか無い単純なダンジョンであること。
そして、悪い報告が、その分アホほど広いってことだった。
奥に進むに従って、なだらかに下ってく感じの作りでなあ、進めば進むほど気温が上がってくのはそれらしいが、リアルで味わいたくなかったわ……。
たぶん……もう、人が耐えられる限界温度を越えてんじゃねえかなこれ……。
「あづい……あづいよお……ぱんさんや……氷をだしておくれ……」
「はい……ユウさん……こおりですよお……うわあんみるみる溶けていくよお」
「うわあ……ロックアイスがぐんぐんちいさくなっていくねえ……やっべえなこれえ」
……あまりの暑さにもう何もかんがえられなくなってきた……。
何度なんだこれ……サウナみたいな感じすっから、感覚的に八十度くらいだと思うんだけど……あまりにも熱すぎる……
「ぱんさあん……いまなんどだあい」
「ううん? 百七十二度ねえ……あついわけだわ……」
「マジかよ……予想以上じゃねえか……人がいていい場所じゃねえ……つかスマホ壊れないよな……」
うう……クロベエたち大丈夫かなあ? あいつ、暑いの嫌いだから心配だわ。
……
…
そして、さらに三十分後――
パンさんと二人、デロデロになりながら奥へ奥へ。
気温は既に二百度を越えていて、こんな環境でも動ける自分の体に、ちょっぴり不安になり始めている。
まあ、こうなってなければ、活動できなかったのだから、今はありがたがっておくか……って、あれえ!
「うおおおん! パンさん、みろよあれえ!」
「おおん……? ああああ! 扉、扉じゃない! そうよ、その中よ! 中にルーちゃんが居るわ!」
うおおおお! ゴールだ、ゴールだよ!
なんか急に元気が出てきましたわ!
なんかアホ程でけえトカゲが門番してっけど、トカゲはもう見飽きてんだよ!
たぶんよお……フロアマスターなんだろうと思うけどよお、そんなら、モル丸さんくらいのインパクトで勝負しやがれってんだ!
「うおるぁっしゃあ! カチコミじゃあ! スマホのさびにしたるわあ!」
「ユウさんや、やっておしまーい!」
スマホランスをかかげ、さあぶん殴るぞと、駆け出した瞬間……クソデカトカゲが土下座をした……。
えぇ……あ! 逃げた! スライディング土下座から、流れるように飛行しやがった!
ちくしょう、トカゲのくせに飛びやがって、卑怯じゃねえか!
つうか、フロアマスターが逃げてんじゃねえよ、この臆病者が!
まあいいわ。
さっさとルーちゃん連れて帰らせてもらうからな!
こんな暑いところに居られるかってんだ!
パンさんを見ると、力強く『ウン』と頷いた。
よおし、ここは二人仲良く扉を開けてやろうぜ、パンさん!
「たのーもう!!!」
「たのもーう!!!」
バアンと扉を開けてやったら……そこには見慣れた顔、ルーちゃんとクロベエ、そしてヒカリの姿があった。
「ルーちゃん! クロベエ! ヒカリィ!」
「あなたたち! 無事でよかったわ!」
「あれ? 二人も来たのー? というか、凄い汗だねー? ずいぶんとフラフラになってるみたいだけど、なにかあったの?」
ドロドロでヘロヘロの我々を見て首をかしげるルーちゃん。
何かあったって言われても、暑くて死にそうだとしか……いや待て。
ルーちゃんはともかくだ……どうしてクロベエやヒカリが平気そうにぴんぴんしてるんだ?
ルーちゃんはコアだから……まあ、そうなのかもなって思えるが、単なるモフモフの二頭まで平気そうなのはなんでなん?
「なあ、パンさん……なんでルーちゃん達平気そうなんだ?」
「わ、わからないわ……だってここはダンジョンよ? 私の加護でも守りきれないほど暑いのよ? なんで平気なのかしら?」
そういや、こいつ寒さを防ぐ結界みたいのはってたっけ……ワンチャン忘れてて、雑に誤魔化している可能性もあるが、今もしんどそうにしてるあたり、ガチで効いてねえんだろうな。
てことは、マジで謎だと……ルーちゃんが平気そうなのも、ありえないことだと……。
「ルーちゃん……暑くないのかい?」
「うん、別に? ……あ、そっか、そうだったね!」
俺の質問に首をかしげていたルーちゃんだったが、なにかを思い出したのか、俺たちの手を引いて奥へと誘った。
「ねね、ユウ、ママ。この石をね、触ってみて?」
見るからに熱そうな……真っ赤に焼けた水晶のような鉱石が壁から生えている。
……上にお肉乗っけたら、ジュウジュウいい音立てそうなんだが……大丈夫?
ルーちゃんを信用しねえわけじゃないけど、先に触るのは……なんかやだな。
「これは……ずいぶんと熱そうね……女神の私ですらこれを触るのは怖――」
パンさんが、恐る恐る手をかざしたその瞬間を見逃す俺じゃない。
そのままグイっと手を押してやり、赤く灼けた石に押し付けてやった。
なーに、ルーちゃんがやれといってるんだ、やけどするようなことにはならねえだろ……。
「ちょーーーーーー! ちょっと! な、なにすんのよ馬鹿! あついじゃな……あれ……」
うん? どしたん? なんだかいつも以上に間抜けな顔をしているぞ?
「なるほど……そういうこと……」
「え、なになに? どうしたの?」
見た感じ平気そうだけど……なにか納得したように頷いてるな……うっわ、逆に触るの怖くなってきたんですけど……。
「良いからさっさと触りなさいって」
「ぎゃーーーー心の準備がーーーーーってあれえ?」
ぎゅっと腕をつかまれ、石に手を当てさせられた……んだけど。
……おおお!
「暑くない!」
先ほどまでの暑さは何処へやら。
むしろどこか涼しさすら感じるんだが?
「ルーちゃんや、この不思議な石はなんだい?」
「そうよ、この石ってなんなの? ママにわかるようにおしえてちょうだい?」
ルーちゃんは、とってもとっても困った顔をして、大きなため息をついた。
「はあ……なに言ってるの……? ユウはしょうがないけど、ママがなんでわかんないの! ほら、この子、ここのダンジョンの子だよ?」
「ダンジョンの……子?」
「そうだよ、ダンジョンコアだよ!」
「「あっ……」」
そういやここってコアルームだったっけ……そうかあ、この見た目クソ熱そうなクリスタルちゃんが……ここのダンジョンコアだったのかあ。




