第5話 空洞の代表者
いつの間にか俺たちから距離を取って待っていたバーグ夫婦に声をかける。
「いやいや、お騒がせしちゃって悪かったね。ちょっと妻と揉めちゃってさ」
「ああ、いいってことよ。うちのもよーくグズるからの」
「グズるのはあんたじゃないかい! このとーへんぼく!」
ヒゲもじゃのおっさんと、ロリケモがケツを蹴り合ってる……コンプラ的に大丈夫かこれ……まあ、どっちもいいくらいの御年だからな……セーフっつうことで。
「それでさ、しばらくここで暮らしたいんだが、どっか空いてる場所を借りたいんだよね。こういうのって、誰に聞いたらいいかな」
「ああ、それならマルリさんだね、ここの空洞を仕切ってるのはあの人だからねえ」
「マルリさん、か」
「ああ、いいくらいの婆さんなんだがの、みんななにかしら世話になってきてるから、マルリさんには頭が上がらんのよ」
二人に案内され、マルリさんの家に向かう事に。
うーむ、ちゃんと「さん」付けで呼ばれているあたりからして、マモ爺よりまともそうだよな。
世話になってきてるとか言ってるし、早くも村長候補が見つかったかもしれん。
……まあ、婆さんとか言ってたし、あまりにも高齢だったら別の人にするけども。
しっかし……クッソファンタジーな土地だよなあ、ここって。
ここの住人たちが『空洞』と呼ぶこの洞窟は『大空洞』の中にいくつかある空洞のひとつらしいのだが……めちゃくちゃひろーーーくて、天井がとってもたかーーーーい空間だ。
でっかい岩山の内側がそっくりくり抜かれてるのを想像すると良いかもしれん。
そんなんが、この岩山にいくつかあるって……全部回るの無理っていうか、確実に遭難すると思うわ……。
洞窟の中に住んでいるって聞いたときはさ、薄暗い穴蔵の中に、ゴザとか敷いて、身を寄せ合って暮らしてると思ったんだよ。
ところがどうだ。
クッソ広いし、くっそ天井高いし、薄暗いどころか、明かりもなしに歩けるほどに明るいんだぞ。
パンさんがいうには、この大空洞には特殊なヒカリゴケが生えているのだという。
なんでも、保温を考えるとどうしても天井を開けることができなくて、しょうがないから太陽の代わりができるヒカリゴケを配置したんだってさ。
太陽の代わりというだけあって、その光は植物を育て、人が健康に暮らすために必要な光も補い、そしてリプラシルを照らす太陽の動きと同期し、光量を調節するのだという。
何度でも言うが、ほんと過保護な女神様だよ。
これぞまさしくユリカゴ、ポストアポカリプスな世界にありがちな、アーコロジー……自給都市じゃねえかよ……。
まあ、全然都市じゃねえし、自給もできてるか怪しいけどな。
でも、優しい明かりに照らされた空洞に、石か何かを組んで作られた可愛らしい家がちょこちょこと並んでいるのは、とっても良い……。
始まりの村も、テンプレ的で良かったけど、こっちはRPGの中盤で行く変わり種の町って感じで素敵だわ。
そんで、パンさんが言ってた通り、気温がまた驚くほど高くってな。
防寒着が必要だったのは、あのトンネルめいた通路まで。
そっから先はもう、春の大地以上にぽっかぽかでな、もうすでにみんないつもの服装に着替えちゃってるよ。
なんでこんなにも暖かいのかについては、今しがたバーグが語ってくれたのだが、なんでも大空洞の奥に行くと、めちゃくちゃ熱い赤く燃える泥があって、その熱が各空洞まで伝わり、温めてくれるのだという。
そういや、パンさんが火山地帯だとか言ってたっけ。
赤く燃える泥ってマグマかよ……。
パンさんが平気そうにしてるから大丈夫なんだろうが、なんかちょっとだけ怖いわ……。
「ほれ、あそこを見ろ。ここは燃える泥以外にも、ああいうのがあるんだよ」
バーグに言われてみてみると、地面から蒸気が噴き出していた。
うっわ……熱そうー……いや、実際クッソ熱いんだろうな。猫耳生やした女の子……いや、お姉さんがドスンと鍋をおいて調理をはじめたもの。
なんか見たことあるなこういうの……地熱調理っつうか、なんつうか……あれだわ、温泉街みたいだよな……あっ!
「なあなあ、バーグ。熱い泉ってみたことないか? 熱い泥のやつじゃなくて、水が熱くなってるようなの」
「ああ、あるぞ。味も匂いもおかしな、なににも使えない泉があるわ」
温泉きたー!
これは決まりだわ。
ここの人らと仲良くなって、テコ入れできるようになったら、絶対に温泉を整備して村の売りにしてやるんだ。
となると……立派な温泉宿も建てたいよなあ……けど、始まりの村と何もかも同じようにはいかなそうだね。
この土地はあっちと違って総石造りの家ばかり。
大空洞があるおっきな岩山の周辺はだだっ広い雪原なのだが、徒歩圏内に森は勿論、林と呼べるほどに木がまとまって生えてる場所はない。
全く生えていないわけではないので、木材そのものが調達できないわけではないようだが、少なくとも建材としては使えないわけだ。
なので、自然と石造りの家を建てるようになったのだと思うのだが、流石にドアは石材ではない……というか、ドアですら無い。
薄くてひらひらとした布が垂れ下がっていて、それで視界を遮ってドアの代わりにしているようだ。
ほんで、その材料が面白くって、空洞のあちらこちらに生えている、コケのお化けみたいのを加工して作ってるらしい。
……と、バーグやヒルダ、時々パンさんからの説明を受けながら空洞を歩いていたのだが、どうやら目的地に着いたようだな。
「ここがマルリさんの家だ。あの人は……変わってるがいい人だ。仲良くしてやってくれ」
「そうだね、変わってるけど頭がいい人だからね、きっと力になってくれるさ」
……夫婦揃って『変わってる』って言われるとちょっとビビるんだが?
どう変わってるのか、その辺りを……あ、ちょっとバーグ! 帰っちゃうの? 大丈夫だからって言われても……あ、ちょ……行っちゃったよ。
いやマジで大丈夫だよな?
マモ爺をさらにくどくしたような婆さん出てきたりしねえよな?
あれ以上濃いやつとかマジでゴメンだからな?
「ほらほらユウ。男は度胸、どーんといきなさいよ」
「最近そういうのコンプラがどうのってうるせーんだぞ。ほれ、パンさんこそどうぞ」
「いえいえ、ユウさんが」
「いえいえ、パンさんが」
「もう、ユウもママもグダグダしないの! お話が進まないでしょ! こんにちはー! いますかー!」
どうぞどうぞ……じゃねえわ。
しびれを切らしたルーちゃんが、俺らを押しのけ元気いっぱいに声をかけた……かけてしまった……。
間もなくして足音が近づいてきて……布がさっと開いて……中から小柄な人物が姿を現した。
「誰じゃい、人の家の前でガヤガヤうるさい奴は……うわっ、ほんとに誰じゃい?」
真っ白な髪と耳……そして赤い目をしたケモミミ美少女が布から顔だけだして、ビクビクと軽く怯えた様子でこちらを見ている。
おいおいマジかよクソが。
……マルリちゃん(百三歳)……うちの子にしていいですか?




