第12話 おにくさん
こいつさ……攻撃パターンにぜってー【頭突き】があるよなあ。
だってさあ……頭を低く下げて威嚇態勢に入ってんだもん。あの、額を覆ってる外骨格みたいので、俺をドスンと吹っ飛ばす気なんだろう?
どう考えても勝てる相手じゃねえ。ここは絶対に逃げるのが得策だ……けど、野生動物と遭遇したときってさ、相手に背を向けた瞬間ゴングが鳴るって言われてんじゃん。
逃げようとした瞬間、背中にミニバンタックルを喰らって、背骨バッキバキになる未来が見えたわ。
こうして睨み合ってる間はある程度時間が稼げるはずだ。相手からしても、俺……いや、クロベエは未知の脅威に見えるだろうからな。迂闊なことはせず、じっと様子をうかがってくれている。
けど……それもそろそろ終わりそうだ。
苛立たしげにさ、後ろ足でザッザカ、ザッザカと、土を蹴ってるんだよ……その間隔が徐々に短くなってきてるんだよ。
……これ、もう完全に『あとちょっとでチャージアタックしまーす』って合図じゃん。
どうにかできないか……スマホでAIに……いやだめだな、スマホ触った瞬間すっ飛んできそうだ。
うーんうーん……なにかないか、漫画、アニメ、ゲーム……その辺からこう、いい感じのネタを……うーん、うーん……
……あ、これだ! 古典的だが……いける!
「クロベエ……俺が背中に乗って合図をしたら……あのでけえ木に向かって走るんだ」
「まかせて!」
「木についたら、そのままジャンプして登る。いいな?」
「わかった!」
あいつは、俺らが動き出した瞬間、地を蹴って弾丸のように向かってくるだろう。
向かう先は、樹齢何百年って感じのめちゃくちゃ立派な巨木。
そこまで、クロベエくんに必死に逃げ切ってもらう。
そして、ギリギリのところで木に登ると……イノシシは頭から突っ込むと。
どこかで見たような、散々語られているような古典的な方法だけど、意外と行けると思うんだよな。
日本なら観光名所になりそうな立派な木だぜ? そんなのに頭から突き刺さったらさ、さすがのアイツだって目を回すはず。
そこに俺とクロベエが降り立ってフルボッコ。あとは美味しくいただきますと。
完璧な作戦じゃね?
「よし、時は来た! いくぞクロベエ、ダッシュだ!」
「うん! うおおおおおおお!」
「ブフォオオオオオオオ!!!」
俺を乗せたクロベエが駆け出した瞬間、イノシシが雄叫びを上げた。
思わず後ろを振り返ると、ドギュンと擬音がつきそうな勢いで、泥を撒き散らかしながらイノシシが飛び出したのが見えた。
うっひゃあ! 予想以上のロケットダッシュかましやがった! 逃げずに立ち向かっていたら、今頃地面のシミになってたわ!
開幕ダッシュの効果もあり、ジワジワと距離が縮まってきている……けど、これでいいんだ。
このまま真っ直ぐ、巨木に向かって誘導して……ここだ!
「今だ、クロの字!」
「おうともさ! ユウのじ!」
軽やかな跳躍でとん、ととんと、クロベエが樹上に登っていく。
太めの枝の上に降り立った瞬間、下の方から鈍い音が鳴り響いた。
ズズーーーーン
「やったぜ!」
俺たちが飛び乗ったのは、樹齢何百年だよってレベルの立派な大木だ。
そう、エルフさんたちが家を建てちゃうような、それはそれは太くて頑丈そうな木なんだよ。
そんな大木にミニバンが……いや、もうちょい盛って4tダンプがぶつかったらどうなると思う? 鼻っ面をぶっ潰して、衝撃でひっくり返ったりするはずだよなあ?
おかしいな……そんな様子がないどころか、なんか嫌な音がするんだが。嫌な振動を感じるのだが。
木が、ユサ……ユッサユサ……と揺れ、メキ……メキピキメキ……と、音が聞こえるんよ……。
クロベエと一緒にそっと下を覗いてみる……あっ……。
「ユウ あいつ ぴんぴんしてない?」
「お前もそう思うか……なんか元気そうだよな、あいつ」
はじめは、イノシシくんが木に突き刺さっているように見えた。ああ、そういうパターンかとほっとしたのもつかの間のこと。
よく見るとイノシシくんは六肢を踏ん張っていて、どうやら力任せに顔を振っているようだった。
それに合わせて幹が揺れ、頭上からハラハラと木の葉が舞い落ち、足元からメキメキピキバキと嫌な音が響いてくる。
どしたん? 顔かゆいん? って違うよねえ!
こいつ、木をへし折ろうとしてやがる!
どうする、どうする? でもな、こんなに立派な大木だぞ? 折れるわけが――
ミシミシミシミシ……ミキミキミキミキ……。
折れるなこりゃ!
「やべえぞクロベエ! 木が折れそうだ!」
「うううう とぶぞ ユウ!」
「それしかねえか……よし、飛んでくれクロベエ!」
「にゃう!」
クロベエにまたがり、ぐっと首輪を掴む。それを確認したようにクロベエは短く鳴き、幹を蹴って隣の木に、また飛んで隣の木にと、木々を乗り移りながら地上へと向かって降りていく。
そして、ちょうど地上にたどり着いたところで「ズズーン」と木が倒れる音が背後に聞こえた。
おそるおそる音の方を振り返ると、倒れた巨木と、それの下敷きになっているイノシシさんの姿が見えた。
おっと……まさかの自爆か?
さては、俺が密かに得ていたスキル【ご都合主義】が発動して、いい具合にことが済んだのかもしれねえな。
なんて、思えたのは数秒だけだった。
「おいおいマジかよ……なんてもんに俺たちは手を出しちまったんだ……」
倒れた大木の下敷きになっていたイノシシが、メキメキと木を破壊しながら起き上がり、まるで何事もなかったかのように顔をブルブルと震わせている。
あいつ頑丈すぎねえ?
作戦は見事に失敗……か。
こうなったら、ここで迎え撃つしかねえか。
クロベエはやれるだろうか? ウルッグ相手にあれだけやれたんだ、魔獣化した今なら、結構いい勝負ができるかも……いや、待て。イノシシの防御力は無視できねえ。
巨木に勝るあの装甲を、クロベエの爪や牙が抜けるとは到底思えない。
そうだ……このナイフなら行けるんじゃないか? パンちゃんから賜ったこのナイフ、謎に良く切れるじゃねえか。
そうだな、これならワンチャン行けっかもしんねえ。
……ここまでクロベエに頑張ってもらったんだ、こっから先は俺がやる!
あいつが来たら、ナイフをこう。そうすると、頭突きがこうきて、俺の腕がアカン方向に曲がって……お腹にドンだ!
「よし詰んだ! これ無理だわ! クロベエ、全力で逃げよう!」
「それがいいよ! あんなのぜったい勝てない!」
今のうちにと、一目散に逃げ出したのだが、まあ……そうなるよな……。
後ろからさ、ズッドゴドドドドって、ものすげえ音が聞こえんの。
それがね、だんだん近づいてきているの。
「がんばれ! 超がんばれ!」
「がんばってる けど きっついなあ!」
相手のほうがスペックたけえのに、アイツには地の利もあるわけじゃん?
すると、あっという間に距離が縮まるってわけ!
このままじゃ俺のケツがあぶねえっていうか、さっきから牙がかすってる気がする!
「くろべえ、ほんとがんばれ!」
「わ! しっぽ! しっぽになんかあたった!」
どうにか距離を離せねえかと、キュッと握って軽く潰したラッツを顔めがけて投げつける。ひとつ、ふたつ、みっつ……と投げたところで『プギィ』と鳴き声が聞こえた。
「うっしゃ! 顔面に当ててやったぜ!」
「ユウ よくやった!」
後ろを見ると、片目をつぶったイノシシが、わずかにふらつきながら走っていた。
流石のイノシシも走る速度を落としたようで、徐々に俺たちとの距離が開いていく。
ようし、いいぞいいぞ! このままいけばなんとか逃げ切れそうだ! いけ! クロベエ! 俺たちは風にな――
「あっ」
――クロベエが小さくうめいた瞬間、ふわりと身体が浮いて俺の身体が投げ出された。
「ぐふ! ああ、くそいってえ……どうしたクロベエ……つまづいたんか? なあおい……あっ……」
軽く痛む腕を擦りながら起き上がると、クロベエがぐるぐると目を回しながら、凄い体勢でひっくり返っていた。
ああ……見事なスリップ痕があるわ……なるほど、あそこの泥を踏んで顔からいったと……この森、謎に泥スポットが多いよな……。
「……あーびっくりしたあ」
「おおクロベエ良かった……わっぷ、泥飛ばすなって」
クロベエがむくりと起き上がり、ぶるぶると顔を振って泥を飛ばす。
「たくよお……ますます泥まみれになっちまったじゃねえか……痛いところはねえか?」
「へっちゃらだよお……顔はちょっとだけいたいけどなー」
のんきな声を上げやがって。
けど良かった。ケガもなければ体力もまだ残ってそうだ。
今のうちにまたクロベエに乗って逃げ……
フシュー…… フシュ……
この音……まさか……。
ゆっくりと振り返って……後悔したわ。
完全にブチギレたイノシシさんが、俺に向かって頭を下げ、猛烈な勢いで跳んだのが見えた。
あっ……これ完全におわったわ……。




