第5話
「俺は……何で生まれてきたんだ? お前は何で生きているんだ?」
悍ましい姿の男は衛に問いかけてきた。
「そ、そんなこと俺は知らない! そんなこと考えたこともない!」
衛は叫んだ。しかし、声は言葉として発せられてなかった。
だが、目の前の男には衛の感情や言葉が伝わっていた。
「お前は幸せか? 幸せだったことはあるのか? いつも口にするのは不平不満。その中で辛いことばかり毎日繰り返し思い出すのだろう? そして思い出しては“何も良いことはなかった”や“世の中は俺を憎んでいる”とそう思っていただろう?」
―(つづく)―
「そ、そんなことはない! お、お前に俺のいったい何が分かるんだよ! いい加減なことを言うな!」
「俺は毎日の様にそう思いながら生きていた。毎日繰り返し、生まれてきた意味がない、生きている価値がないと思っていた。誰も俺を愛してない。親でさえ俺を愛していない。だから、みんな死ねばいいと感じていた、お前もそうだろう?」
「うるさい! 俺に話しかけるな! 何処かへ行ってくれ! もう消えてくれ!」
衛は両手で耳を塞ぎ頭を左右に激しく振って、目の前の男の声を頭の中から必死に追い出そうとした。
「どうして、俺が今存在できているのか知っているか?」
「そんなこと知らない! 知りたくない! もうやめてくれ!」
「それはな――お前の恐怖心からだよ。俺に対するお前の恐怖心が……」
「も、もうやめてくれ……頼む……」
「否、お前たちがあの”マサミ”という都市伝説を俄に信じてしまったことによる恐怖心からだ。目に見えない恐怖、存在しないものが実は存在していると知ってしまった恐怖……それこそが真に恐怖心を形作るのだ」
「うるさい! うるさい! うるさい! うるさい!」
「お前は今後重い決断に迫られるだろう……俺のようにな……」
衛は突然何か光に引き上げられるような感覚で重苦しい闇から抜け出した。
瞼を開けるとそこは見慣れた自分の部屋であった。
肌に不快感を与えるほどのじっとりと纏わりつく湿った生ぬるい汗。
心身共に倦怠感があり直ぐにはその場から起き上がれなかった。だが、あの悪夢から抜け出せた安堵感だけは唯一の救いであった。
今はこのままゆっくりと眠りたい。このひとつだけの欲求を強く欲している。自分の体温で温かくなった床材の温もりが背中に伝わる。衛はその温もりにしがみついた。今生きていることを感じさせてくれるその温もりに。今はそのささやかな温もりがどうしょうもなく心地良かった。




